年収1000万円の障害者雇用を実現したい。発達障害バー店主が目指す社会
「発達障害」と医師に診断されている人は、国内に48万人以上いるとされています(厚生労働省2016年度の調査より)。その特性は人によりさまざまですが、発達障害傾向のある人は、はたらいたり生活したりする上で悩みを抱えていることも少なくありません。
そんな発達障害の当事者が抱える困難や生きづらさを語り合うことのできる場が、東京にあります。それが「発達障害バー The BRATs」です。同店は「発達障害の人たちがふらっと立ち寄れるバー」をコンセプトに、2018年にオープン。現在は1カ月に1〜2回オープンするイベント形式で営業を行っています。
The BRATsのマスターであり、発達障害の当事者でもある光武克さんに、お店を開いた背景、そしてこれからの展望を伺いました。
障害についてカジュアルに語れる場が欲しかった
──光武さんはどうして「発達障害バー The BRATs」をつくろうと思ったのでしょうか?
きっかけは、ぼく自身が発達障害の診断を病院で受けたことです。遅刻しやすかったり注意が散漫になりがちだったりと、自分の特性については学生時代からうっすらと自覚していたのですが、ずっと騙し騙し生活を続けてきました。
けれど、20代後半を迎えたころ、仕事でミスを重ねたり、結婚生活を送る上で妻とのコミュニケーションがうまくいかなかったり……といったことが増えてきて、これは専門家に一度相談したほうがいいだろうと判断したんです。その結果、発達障害の中でもADHD(注意欠如・多動症)傾向が非常に高いと診断され、医師のすすめのもと、同じ障害や困難を抱えている人たちが集まる当事者会に参加してみることになりました。でも、実際に行ってみたところ、当事者会の雰囲気に「自分が求めていた場所ではないかもしれないな」と感じまして。
──それはどうしてでしょう?
もちろんすべての当事者会や互助会がそうではないと思うのですが、ぼくが参加した2010年代前半は、就労されていない方の割合がとても多かったんです。「発達障害グレーゾーン」という言葉もまだ浸透しておらず、発達障害の特性がありながらはたらいている人たちが集まるコミュニティが少なくて。ぼくとしては、そういった特性がありながらもはたらくためにどうすればいいか、という相談がしたくて当事者会に参加した部分が大きかったんですよね。
──ご自身が求めるような場ではなかったと。
同じ発達障害だとしても、社会生活上で感じる困難や悩みって、個人の特性やライフステージによってもまったく変わってくるはずなんです。だったら、ぼく自身そういう場がほしいと感じたように、はたらいている人にある程度ターゲットを絞って集まれる場所があったらいいんじゃないかと思いました。当事者会よりもカジュアルな雰囲気で、当事者同士がお酒を飲みつつ仕事の愚痴を言ったり生活のことを相談したりできたらいいなと。そこで、「発達障害の人たちがふらっと足を運びやすい飲食店」というコンセプトでバーを立ち上げました。
──飲食店勤務のご経験はあったのでしょうか?
それが、まったくなかったんです。このあたりがADHDらしいなと自分でも思います(笑)。ただ、お店のオープンのタイミングでちょうど離婚したこともあり「失敗したら自己破産すればいいや」と割り切ってはじめられたのは大きかったかもしれません。
もともとは渋谷で始めたお店ですが、コロナ禍で一度閉じることになり、1年ほど前から月数回のイベント形式でオープンしています。
「発達障害者はこんな性格」というイメージだけが独り歩きしてしまわないために
──バーのお客さんはやはり、発達障害の当事者の方が中心なのでしょうか?
ほとんどそうですね。今はお店が就職相談の場として機能している側面もあるので、発達障害のある方の雇用を検討している企業の人事担当者などがいらっしゃることもあります。
──お店にいらっしゃるお客さま同士は、どのような会話をされているのでしょうか?
やはり自身の特性について話されている方が多いですね。お酒を飲んで話が盛り上がってくると、飲み物をこぼされる方が多いんです。ぼく自身もそうですが、注意欠陥の傾向が強い人にとっては「あるある」なんですよ。そういう時は「注意欠陥をお一つありがとうございます!」と、ドリンクのご注文をいただいたように声かけをしています(笑)。するとみなさん笑ってくださいますし、リラックスした空間でお話を楽しめるのかなと思います。
それから、発達障害当事者だからこそのライフハックを、お客さま同士が共有し合っていることは多いですね。先日は自閉スペクトラム症傾向(対人関係が苦手、あるいは強いこだわりを持つ方が多い)をお持ちの方が、「怒られていても『自分は悪くない』と感じていたらすぐに顔に出てしまう」という悩みを相談されていて。でもその方がユニークなのは、「そういう時は痛そうな顔をするようにしているんです」とおっしゃっていたんです。
──痛そうな顔、ですか。
謝罪や反省の気持ちがないのにそういった表情をするのはなかなか難しい。けれど「痛そうな顔」なら自閉スペクトラム症傾向のある自分でもイメージしやすいんだとその方はおっしゃっていて、いい表現だなと思いました。たしかに、そういう顔をしている相手を責めようと思う方はめったにいませんよね(笑)。
──光武さんが当初考えていたように、発達障害のある方同士がカジュアルに自分の困りごとや生活の知恵を語り合えるコミュニティとして、お店が機能しているんですね。
そうであればいいなと思っています。ぼく自身も昨日、家の電気代を払い忘れていたせいで電気が止まってしまい、急遽ホテルに泊まったりと、いまだにやらかしてしまうことも多いんです(笑)。でも、今こうして笑い混じりにお話ししているように、障害からくる特性の実態って、実際にはそこまで仰々しいものではないこともあると思うんです。
それにも関わらず「◯◯症の方はこういう性格」といった情報だけが独り歩きしてしまい、実際に当事者が感じている困りごとから大きく乖離したイメージが世間で広まっているな、と感じることはあります。だからこそ、当事者の困難を、分かりやすい言葉に翻訳して伝えていくことも発達障害バーの役割だと思っています。
「障害者雇用だから」とキャリアをあきらめてきた人をサポートしたい
──お店が就職相談のタッチポイントとしても機能しているとおっしゃられていました。実際に、お店でどういったことをされているんでしょうか?
ぼくは今あるベンチャー企業で、障害者雇用やダイバーシティ経営に関するコンサルタントとしても勤務しているんです。コンサルタント契約を結んでいる企業の障害者雇用に関する戦略立案から実行に至るまでを代行させてもらうことができるので、発達障害のある方の雇用を検討している企業と、そういった企業への入社を検討している方とのマッチング支援もお店で行っています。
精神疾患などを含む、いわゆる福祉手帳をお持ちの方の1年後の企業定着率は50%を切っているという厚労省のデータがあるんです。つまり、半分以上は1年以内に離職してしまう。けれど、定期的に面談を組むなど、必要なサポートを行っている企業の定着率を見ると、85%を超えています。適切なフォローアップさえ行えば定着率は格段にアップするんです。そのようなサポートを積極的にしている企業に入社したいという方も多いので、お客さまからの就労・転職相談をお受けしています。
──発達障害のある方の場合、就職・転職に関してどのような悩みや希望を持っていらっしゃるケースが多いですか?
あくまで一例ですが、ADHDの方の場合は決まった時間に出社して勤務を開始することが難しいので、フルフレックスや裁量労働制に近い環境ではたらきたいと希望されるケースが多いですね。その方の特性や困りごとなどを資料化して企業の方に提示し、必要なサポートを両者とともに考えることによって、企業にとっても負担が少ない形でマッチングが実現できると考えています。
どの部分にいちばん困難を感じているのか、というのはヒアリングや面談を重ねてこそわかっていくことなので、対話の機会は特に大切にしています。
──お店で受けた相談を起点に、実際に就労に結びついたケースなどもすでにあるのでしょうか?
少しずつですが実現してきています。つい先日、発達障害特性を持っているお客さまで、大手企業に研究職として入社なさった方がいらっしゃいます。もちろん待遇や給与面なども通常の中途採用の基準と同等で、正社員としての雇用が実現しました。その企業にとっても初の発達障害者の採用と伺っています。
現在、障害者雇用枠で就職・転職される方は年収やキャリアをある程度あきらめなければいけないケースが多いと感じます。障害の特性や必要なサポート、適切なマネジメントについて知らないと、企業側も「障害者の方には単純作業しか任せられない」と思ってしまいがちです。けれど、適切なサポートさえあれば、評価基準を変えなくとも、障害のない人々と同じ、またはそれ以上の能力を発揮することのできる人たちはたくさんいる。どのようなサポートを行うべきなのか、私が企業と求職者の間に立ち、そのことを伝えていきたいですね。
──お店として、今後はどのような展望を描いていますか?
ぼく個人としては、障害者雇用で年収1000万円が稼げるプレーヤーをどんどん生み出していきたい。このお店を一つの起点にして、就労の事例を徐々に増やしていきたいですね。
それから、現在は就労相談や仕事上での悩みを語り合う場になっていますが、実際には発達障害の悩みって、ライフサイクル全般においてあるものだと思うんです。なので、ゆくゆくは障害のある方にも使いやすい教育システムの開発など、就労に限らずライフサイクル全般をサポートできるような事業に挑戦していきたいですね。
(文:生湯葉シホ 写真:宮本七生)
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