世界が注目。「とんこつスープ」を燃料に走る”高千穂あまてらす鉄道”とは?

2024年11月14日

宮崎県高千穂町の絶景を走る観光列車、グランド・スーパーカート。その排ガスは、とんこつスープのにおいがすると話題になっています。それもそのはず、この列車には環境に配慮したバイオディーゼル燃料が使われており、原料はとんこつラーメンの残り汁なのだそうです。

とんこつスープ効果もあり、2021年度は年間4万人だった来場者が、2023年には11万人を超えるほどの盛り上がり。このユニークな観光列車の人気の裏には約20年前に台風の影響で廃線してしまった高千穂鉄道復活への願いが隠れていました。

そんなグランド・スーパーカートを運行する、高千穂あまてらす鉄道株式会社 運輸総務課長 西浦大樹さんに話を伺いました。

来場者が3倍に!大自然に漂う“とんこつスープ”の香り

──グランド・スーパーカートに乗って高千穂鉄橋から見渡す景色は圧巻です。美しい自然の中に漂うとんこつスープの香り、面白いですね。

日本一の高さを誇る鉄橋からの眺めは、グランド・スーパーカートの最大の魅力です。お客さまには、開放感のある車両に乗って四季を楽しんでもらっています。車両は遊園地の遊具などをつくるメーカーに特注でつくってもらった唯一無二のもの。2両編成の60人乗りで、往復およそ5キロの線路を30分で運行しています。

バイオディーゼル燃料は福岡県の運送会社 西田商運が開発したもので、とんこつラーメンのスープの残りを加工して生産しています。2022年よりグランド・スーパーカートの燃料を、軽油からバイオディーゼル燃料に切り替えました。

排ガスの独特なにおいに気がついたお客さまから「近くに中華屋さんがあるの?」と聞かれたことがあります。バイオディーゼル燃料について伝えると、皆さん面白がってくれますね。脱炭素の取り組みとして大きな反響をいただいています。

──バイオディーゼル燃料の導入によってどのような変化がありましたか?

来場者数が3倍に増えました。導入前は4万人だったところ、導入後の2022年度は7万3千人、2023年度は11万7千人と、ありがたいことにどんどんステップアップしています。2024年度はさらに増える見込みです。

国内のお客さまはもちろんですが、バイオディーゼル燃料の導入が海外メディアに取り上げられ、SDGsに関心の強い海外での認知が進んだことで、海外から訪れる人も増えているようです。

あとは、SNSなどで当社の取り組みを知り「とんこつスープみたいな排ガスのにおいってどんなだろう?」と気になる方も多いようですね。

──観光列車にバイオディーゼル燃料。初めての取り組みに戸惑いや苦労はありましたか?

社内では当初、未知のものに対する不安の声が大きかったですね。通常は燃料として使わないものを使うことで、どのような副作用が出るのだろうと。実際にバイオディーゼル燃料に切り替えてから、いろいろなトラブルがありました。

たとえば、バイオディーゼル燃料は温度が急激に下がると、液体内の成分が固まるんです。そうなると燃料として使用できません。それを社内の誰も知らなくて……。高千穂町は冬場マイナス5℃まで気温が下がるので、運行中に燃料が固まりエンジンが停止したことがありました。

さらに、グランド・スーパーカートの車両は特注なので、壊れると修理に時間がかかります。そこで、車両点検のスパンを短く設定したり、壊れやすい部品や納品に時間がかかる部品は、予備で手配したりしています。お客さまに安全に楽しんでもらえるよう、試行錯誤の毎日です。

高千穂鉄道復活への情熱とバイオディーゼル燃料が結びついた

──運行上のトラブルを乗り越えながら、グランド・スーパーカートの運行を続ける原動力はなんですか?

高千穂鉄道を復活させたいと願う情熱です。もともと高千穂鉄道は国鉄JR九州によって運営されていた1935年より、公共交通機関として多くの人々の生活を支えていました。ところが2005年9月6日、台風14号の猛威によって五ヶ瀬川が増水し、線路が流されてしまったんです。

しかし、線路の復旧には26億円という莫大な金額が必要で……。復旧はかなうことなく、高千穂鉄道は廃線。こうした経緯から、環境に配慮した方法で鉄道を運営できないかと模索していました。

そんなとき、テレビで流れたのが、とんこつスープからできたバイオディーゼル燃料のニュースです。社長の髙山が「これだ!」って。

とんこつスープからできたバイオディーゼル燃料

──バイオディーゼル燃料が、高千穂鉄道復活の足がけになると考えたんですね。

そうなんです。全社一丸となって復活を目指しています。

うちの社長はノンフィクション作家でもあり、感性を大切にしていて。「五感で感じたことは記憶に残る。グランド・スーパーカートでの体験がお客さまの心に刻まれるようなことをしよう。そしていつか高千穂鉄道を復活させよう」といつも話しています。

専務の齊藤は、もともと高千穂鉄道で運転士をしていたのですが、廃線によって退職を余儀なくされました。高千穂鉄道の復興運動に尽力し、別の鉄道会社で勤務した後、観光列車として蘇った高千穂あまてらす鉄道に戻ってきました。現在も、高千穂鉄道の全線復活を目指して日々活動しています。

実は、前職で鉄道関係の仕事をしていたのは齊藤と私だけなんですよ。「小さなころから高千穂鉄道が好きだった」「大好きな地元を盛り上げたい」そんな想いで集まった社員たちです。

「車両の中が公民館みたい」高千穂鉄道が愛され続ける理由

──地元の方々からの高千穂鉄道復活を望む声も多いそうですね。それほどまでに高千穂鉄道が愛される理由は何ですか?

高千穂鉄道の車両自体が、沿線に住む人々の憩いの場になっていたからだと思います。乗客や運転士がその日の体調を互いに気遣ったり、世間話をしたり。「公民館のようだった」と齊藤は話しています。

──公民館!素敵ですね。

そうですよね。ほかの大きな路線では見られない光景だと思います。そんな大切なコミュニティがなくなって、寂しさや恋しさを感じている人がたくさんいるんです。

当時の高千穂鉄道を知っているお客さまが、高千穂鉄道復活を夢見て、グランド・スーパーカートに乗ってくれることもありますよ。おじいちゃんおばあちゃんが帰省してきたお子さんやお孫さんと一緒に、景色を楽しむ姿もよく見かけます。

地元の学生も社会科見学で来てくれるようにもなりました。高千穂町の豊かな自然を残すために、バイオディーゼル燃料を使って環境保全に努めていると伝えています。

高千穂鉄道が公共交通機関として愛されていた時代を知らない世代に向けて、この鉄道が活躍した歴史も伝えていきたいと思っています。2023年には高千穂鉄道の歴史と魅力を伝える「高千穂鉄道記念資料館」を開館しました。国鉄時代の写真やジオラマを展示しています。

──そんな高千穂あまてらす鉄道の今後の展望を聞かせてください。

2年以内にグランド・スーパーカートの線路を、高千穂駅の1つ先の深角駅(ふかすみえき)まで延ばすことを目指しています。ゆくゆくはかつての終着駅、延岡駅まで行きたいですね。

──エネルギーの地産地消も目指しているのだとか。

バイオディーゼルを生成するプラントを自社で保有したいと考えています。壮大な目標ではありますが、近隣の自治体の廃油を集めて自社で燃料を生成し、その燃料を地域で消費できればうれしいよね、と。当社が高千穂町を盛り上げる存在でありたいですね。

高千穂町には美しい自然があふれています。ぜひ、グランド・スーパーカートに乗って、綺麗な空、四季折々の景色の変化を楽しんでください!

(文:徳山チカ 編集:いしかわゆき 写真提供:高千穂あまてらす鉄道株式会社)

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ライター / 編集者徳山チカ
1991年大阪府生まれ。2児の母。ウェディングプランナー、住宅営業、スパイスカレー屋のパートを経て、フリーランスライターに。主にキャリアや生き方にまつわる記事の取材、執筆、編集を行う。音楽ライブ、ラジオ、スパイスカレー、ハイボールが心のオアシス。

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