14歳で顔面麻痺「こんな顔で生きられない」「人生終わったな」と絶望した私が、モデルを目指す理由

2026年1月8日

はたらく情報メディア『スタジオパーソル』では、「はたらくを、もっと自分らしく。」するために、さまざまなコンテンツをお届けしています。

14歳で突然の病に倒れ、現在も顔面麻痺などの障害のある生活をするしぶきさん(26歳)は、SNS総フォロワー数5.7万人のインフルエンサー。現在は双子の育児をしながら、ファッションや美容をありのままに楽しむ生き方を発信しています。

「今の夢は“障害のあるモデル”として世界で活躍すること」と語るしぶきさんですが、学生時代は人生に絶望して引きこもったこともあるといいます。そんな彼女に、顔面麻痺を受け入れ、理想のキャリアを描くまでをお聞きしました。

「人生終わった」美容とおしゃれが大好きな14歳を襲った脳出血

──しぶきさんは現在、インフルエンサーとしてどのような活動をしているのですか?

TikTok・Instagram・YouTubeを中心に、障害のある私の生き方をオープンに発信しています。メイク・美容・ファッション・育児をテーマにすることが多いですね。

障害を抱える当事者として、好きなことを楽しむ生き方を世界に届けたくて。中学生で障害者になり、そのつらさをどう乗り越えたかなど、過去に経験した葛藤もありのままに語っています。

──14歳のころ脳出血で倒れ、顔面麻痺はその後遺症だとお聞きしました。

ある日、中学校の教室で突然視界がゆがみ、その直後に倒れてしまったんです。右半身がしびれた後に意識を失いました。意識回復後もICUで過ごし、気管切開や脳の手術をして数週間は寝たきりで。地獄のような入院生活でした。

それからリハビリ専門の病院に移ったものの、脳の同じ箇所で再出血が起きてしまったんです。その症状は非常に重く、脳に障害が残る「水頭症」になりかけたり、心臓が停止したりと危険な状態が続きました。

なんとか一命を取り留めましたが、いくつもの障害が後遺症として残りました。顔面麻痺以外にも、右半身麻痺・支えがないと歩けない体幹障害・食べたり喋ったりがしづらい開口障害・難聴・むせやすさ・目の乾燥などの症状を今も抱えています。

左目にラップを貼っている理由をよく聞かれますが、これは乾燥を防ぐためなんですよ。顔面麻痺によってまばたきができない左目を守っています。

──脳出血で倒れる前はどのような学生生活を送っていましたか?

明るくて人一倍元気な女の子でした。部活・恋愛・勉強・学校行事、すべてに全力投球で、まさに「青春!」といった感じ(笑)。制服のスカートを短くして、学生ならではのおしゃれも楽しんでいました。

もともとファッションに興味があったのは、幼少期にいろいろな服を着せてくれた母の影響が大きいのかもしれません。小学6年生のときには、母が応募した地元のファッションショーで準グランプリを取ったこともあります。

それをきっかけに「モデルになりたい!」と夢見るようになりました。中学生になってからは、より現実的に将来について考えるようになりましたが、おしゃれへの情熱が冷めることはなかったですね。

中学卒業後は美容の専門学校に行って、将来はファッション関係の仕事をしたいと考えていました。

──その矢先の脳出血だったのですね。顔面麻痺が残った顔をはじめて見たときの気持ちを教えてください。

鏡を見て頭が真っ白になりましたね。「こんな顔でどうやって生きていけばいいの?人生終わったな」と。

恋愛もできないだろうし、友達とも今までのようには遊べない。これからの人生で当たり前にあると思っていたことが一気に遠のいた感覚です。頭の中は真っ白になり、ただただ涙が止まりませんでした。

思春期の私にとって顔面麻痺を受け入れるのは過酷なことでした。人に顔を見られるのが怖くてたまらなかったです。開口障害によって口がうまく開かないので、食事をきれいに食べることも難しく、外食するのも億劫でしたね。倒れる前とは真逆の、ふさぎこんだ生活を送るようになりました。

引きこもりがちの生活が一転。オープンな発信で総フォロワー数5.7万人に

──そんなしぶきさんがSNSで発信しようと思ったきっかけを教えてください。

大学生のころに、講演家の鴨頭嘉人(かもがしらよしひと)さんのYouTubeを観たんです。障害を抱えながら前向きに生きるためのヒントを探していた時期でした。

「いろいろあるから面白い。障害物にぶつかっても自分の捉え方次第。どう味わうかだ」という鴨頭さんの言葉が心に刺さりました。それがありのままの自分を受け入れられた瞬間だったと思います。

「私も何かやってみよう」と思い、すぐにYouTubeを始めました。周りに動画制作をしている人がいなかったので、一人であれこれ調べて、編集アプリをダウンロードするところからスタートしました。

──ご自身の障害を受け入れて最初に始めたのがYouTube。勇気がありますね。

今思うとそうですね……。でも当時は不安よりもワクワクのほうが大きかったです。自分の経験を話すことで誰かの背中を押せたらと思いました。容姿に絶望した経験がある私だからこそ、障害に悩む人や、見た目に自信がない人に届けられるメッセージがあると気付いたんです。

「人の手を借りるばかりだったけれど、やっと自分にも誰かの力になれることが見つかった!」とうれしかったんですよね。

はじめて公開したのは、愛用アイテムとメイクのプロセスを紹介する動画でした。その後、顔面麻痺やリハビリについて説明する動画などもどんどんアップしていきました。

──発信活動を始めて、周囲の反応はいかがでしたか?

身近な人たちはみんな応援してくれましたね。特に両親は、私が前向きになったことをとても喜んでくれて。障害を抱えてから引きこもりがちだったので、ありのままの姿を発信する姿に安心したようでした。

視聴者の皆さんからも「勇気をもらいました」「応援しています」と温かいコメントをいただきました。顔面麻痺のある同年代の方から「私も自分なりのファッションやメイクを楽しみます」とメッセージが届いたのは本当にうれしかったですね。

もちろんアンチコメントもありますよ。「怖い」「気持ち悪い」などの言葉は今も届きます。

──心ない言葉に傷つくことはありませんか?

SNSを始めたときから、アンチがあるのは当たり前と思っていたのであまり落ちこみませんでした。私の容姿を見て驚く人もいるだろうし、人それぞれに考え方は違う。

私がメッセージを届けたい人たちに想いが届いているのであれば、世の中の全員に理解されなくてもかまいません。

顔面麻痺がある私がモデルとして届けたいこと

──信念を持って発信し続ける姿が印象的ですが、現在の活動以外にもやってみたいことがあるとお聞きしました。

ファッションショーや雑誌で活躍するモデルになりたいです!大きすぎる夢だと言われることもありますが、いつかは海外にも進出したいです。

今は、大きな夢をかなえる一歩としてTikTokのライブ配信に力を入れているところ。TikTokには「ランウェイイベント」というファッション系の公式イベントがあるのですが、配信や応援数の結果によって、日本各地で行われるショーのランウェイ出演権を獲得できるんです。

──モデルを目指す理由は、小学生のころ夢だったことと関係があるのでしょうか?

子どものころは、かわいい洋服やキラキラした世界への憧れだけでモデルになりたいと思っていましたが、今はそれだけではありません。

病気で倒れたとき、私は命を落としてもおかしくありませんでした。だからこそ「せっかく今生きているのだから、憧れを憧れで終わらせない人生を歩もう」と決めたんです。

モデルって見た目が重視される世界じゃないですか。普通なら、顔面麻痺があるからあきらめようと思うかもしれません。だからこそ、私はあえて挑戦したいんです。顔を隠して生きていた私がモデルになることで、今もし何かの壁にぶつかっている人がいたら、「堂々と生きていいんだ」「私もやりたいことをやってみよう」と思ってもらえたら幸せですね。

病気・障害・容姿の悩みは世界共通。海外でも活躍できるモデルになりたいのは、前向きに生きるためのメッセージを世界中に届けたいからです。

──障害を抱えながらモデルを目指す挑戦の中で、特に大切にしていることはなんですか?

体型管理やポージングの勉強はもちろんしていますが、それ以上に大切なのは「どう生きているか」を発信することですね。顔面麻痺があること、容姿に絶望した過去を持つこと、双子の母であること。すべてが私の個性で、そんな私がモデルになることに意味があるので。

かっこよくポーズをきめた写真だけではなく、障害を抱えて生きる日常の苦労や育児のドタバタもありのままに発信しています。

──簡単ではないチャレンジ、不安や焦りを感じることはありませんか?

イベントへの出演が決まらなくてがっかりすることもあれば、不安定な収入に不安になることだってたまにはあります。それでも、SNSの発信で誰かの役に立っている実感があるので、モデルを目指す道を前向きに進めるんです。

障害とともに生きるようになってから、「なくしたものを数えないで、今あるものに目を向けて感謝しよう」と強く思うようになりました。

──最後に、スタジオパーソルの読者である「はたらく」モヤモヤを抱える若者へ、「はたらく」をもっと自分らしく、楽しくするために、何かアドバイスをいただけますか?

キャリアの中で何かを失って落ちこむことがあっても、それを悪い出来事として終わらせないでほしいです。

私は顔面麻痺をチャームポイントにしてモデルの仕事に挑戦しようとしています。これは過去に起こったマイナスの出来事を強みに変える選択。コンプレックスも使い方を変えれば強みになるし、誰かを助けることができます。

思っていたのとは違うかたちでも、夢への道やキャリアは切り開けると私は信じています。つらい過去にふたをせず、見方を変えてみてください。自分の新しい価値が見つかるかもしれませんよ。

(「スタジオパーソル」編集部/文:徳山チカ 編集:いしかわゆき、おのまり 写真提供:しぶきさん)

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ライター / 編集者徳山チカ
1991年大阪府生まれ。2児の母。ウェディングプランナー、住宅営業、スパイスカレー屋のパートを経て、フリーランスライターに。主にキャリアや生き方にまつわる記事の取材、執筆、編集を行う。音楽ライブ、ラジオ、スパイスカレー、ハイボールが心のオアシス。

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