話題のカリスマ小学校教師。理想は「昼寝していても授業が進む」
子どもの「やる気」を引き出すユニークな教育方法でカリスマ教師と称される東京学芸大学附属世田谷小学校の名物教諭・沼田晶弘(ぬまた あきひろ)さん。
音楽に合わせて掃除をする「ダンシング掃除」や好きな都道府県を選び土地の良さをPRする「勝手に観光大使」など独特な教育方法はたびたびSNSやニュースなどで話題になってきました。
意外にも、先生になるまで教育への想いは「全然なかった」という沼田先生。なぜカリスマ教師と呼ばれるまでになったのか、若手時代から現在に至るまでのお話を聞きました。
先生の考え方や独自の教育方法は、人間関係に悩むビジネスパーソンの皆さんにもきっと参考になるはず。
ぬまっち流・子どもが「やりたくなる仕掛け」
──沼田先生は独自の子どもの「やる気を引き出す」教育方法から、カリスマ教師と呼ばれています。具体的に、どういった教育法を実践されているのでしょうか。
学校は「勉強」をさせる場所だと思われていますが、人間、自分の好きなことや、やりたいことをしたいとき、そもそも「勉強をしている」なんて思わないですよね。
たとえば、料理が好きな人は、誰かに何か言われなくても自分でレシピを調べてつくりますよね。それを「料理の勉強をしている」なんて言わない。
掛け算だって、本人がやりたいと思えば、それは勉強ではなくなるじゃないですか。
一般的な学校教育では、良い教材と授業を提供するために力が注がれていますが、僕の場合は子どもたちの「やりたくなるタイミング」と「やりたくなる仕掛け」を意識しています。
結局、勉強をするのは僕じゃない。僕がどんなに上手い授業をしようが、最終的には子どもがやるかやらないか。だから、彼らが勉強するのであれば、僕は昼寝していたっていいはずなんです(笑)。
僕のことを成功者のように言っていただくこともあるのですが、結果を出しているのは僕ではなく、生徒なんです。
──「やりたくなる仕掛け」には、具体的にどのようなものがあるのですか?
たとえば、漢字テストの採点。クラスの中でも成績の良い2~3人を選び「採点プロジェクトチーム」を発足しました。
仕事を任せると「すごいことをやっている」とやる気になる生徒が多いので、僕が採点するより、よほど丁寧です(笑)。
他人の漢字を一生懸命見ているから、自然と採点者の成績も上がるんですよね。プロジェクトチームのメンバーが楽しそうに採点しているから「僕も、私も、採点する側になってみたい」と、そのチームに入るためにクラス全体が勉強するようになる。
──子どもたちに目くばりをして、みんなが自立できる仕組みをつくる。沼田先生のされていることは、まるでコミュニティマネージャみたいですよね。
確かに。「ぬまっちのクラスは田舎のスナックみたいだよね」と言われたことがあります(笑)。田舎のスナックは、お客さんが自分でお酒を取りに行ったり、洗い物をしたりして、ママが忙しく動き回らなくても成立している。
学びの場ってそういうことじゃないかなと思うんです。
もし僕が1カ月くらい旅行へ行っても、子どもたちだけで授業が進んでいたら、それは最高の状態じゃないですか。
今の教育システムは先生側が子どもたちに一方的にサービスしすぎていて、それが子どもたちの学ぼうとする気持ちを奪ってしまっているのではないかとも思うんです。
理想に燃える熱血教師、ではなかった?
──アメリカ留学後、塾講師を経て、現在の東京学芸大学附属世田谷小学校で教鞭をとられていますよね。どのようなきっかけで小学校の先生になったのですか?
僕はとりあえずやってみて考えることが多くて、結構行き当たりばったりなんですよね。アメリカの大学院への留学も、日本の企業に内定は決まっていたのですが、なんとなく行くことになって。安くゴルフできそうだし、まあいいか、と。
日本に帰国してからも、絶対に先生になりたかったというわけではなく、塾ならばすぐに仕事ができるので、とりあえず塾講師になったというのが本当のところです。
塾講師もバイトでしたが上手くいっていたので、このままでも良いかなと思っていたくらい。でも塾講師は授業が夜なので、飲み会にいけない(笑)。学校の先生になろうと思ったのは、そんな理由でした。
実は当時、子どもも苦手で。じゃあなんで、小学校の先生になったのかと言うと、東京学芸大学の学部生時代に他の学生は小中高の免許を持っていたけれど、僕は不真面目だったから。小学校の免許しか持っていなかったんですよ(笑)。
──理想の教育の実現に燃える熱血先生というイメージがあったので、意外でした。
そういうイメージで見られますよね。そんな情熱があったら、大学生のときに教員採用試験を受けていますし、正直全然なかったですね。
今でも「日本の教育を変えるんだ」なんて思ってないですし。ただ自分の目の前にいる子どもたちや関わる人たちが上手くいくように考えているだけです。
自分のやっていることを世に広めたい、みんなにやってほしい、という気持ちはありません。同じ教育者の中でも賛同してくれる人もいれば、陰で悪口を言っている人がいるのも知っています。
でも、僕はあまり気にしていなくて。
自分たちのクラスが楽しければいいじゃん。担任の仕事ってまずはそこでしょ、と思っているから。
失敗をしてもいいからがんばれ、とは言わない。
──順風満帆のように聞こえますが、落ち込むことはないんですか?
ありますよ。今でも「生徒に対して、あの言い方は、間違っていたかもな」とか、落ち込むことはたくさんあります。
だけど、次の日には「どうすれば解決できるか」を考えるようになっていますね。起きてしまったことは仕方ないじゃないですか。
ただ、失敗の振り返りは大事です。PDCAという考え方がありますが、問題があったときのC(チェック)の段階で、 “フェイクC”をする人ってたくさんいて。自分が失敗しているのに自分の一番痛い部分には触れずに人のせいにしてしまう。
そうではなく、どうやって改善していくか、なぜ失敗したのかを考えて、自分に足りない力や自分に向いていないことが理解する“リアルC”をすることが重要なんです。
それができれば自ずと失敗が糧になっていくはずです。
──生徒にもそのように“失敗の仕方”を教えているのでしょうか。
そうですね。ただ、子どもたちに「失敗してもいいからがんばりなさい」とは言いません。「失敗するな」と伝えます。
運動会で「勝っても負けてもがんばりましょう」なんて言いますが、それでは僕だったらがんばれない。だから、うちのクラスは運動会でも勝つためにどうすれば良いかを必死で考えます。失敗するまでは成功するために全力を尽くす。
全力でがんばった結果として失敗したら、そのときに「仕方ない。次にどう活かせるかが勝負だ」と伝えてあげるんです。そうすると、どんどん挑戦するようになりますよ。
もちろん厳しく言うときは言いますけどね。失敗したのにケラケラ笑っていたり、「いや、それは……」とか言い訳をしたら、怒ります。でも、一生懸命挑戦して失敗したことに対して怒ると、なかなか挑戦できなくなるじゃないですか。
それはビジネスの場でも同じじゃないですか? 失敗したときのことは上に立つ人間が考えればいいこと。現場の人には成功できるように全力でやってほしいですよね。
あと、上の人間が失敗して見せることも、ときには大切です。僕もよく黒板の字を間違えます(笑)。「先生、字間違えてるよ」と言われて、「どう書くんだっけ?」みたいな。
まあ、3割は本気なんですけど、7割は芝居です。わざと間違えて指摘させると学習効果が高いんです。「誰が気付くか待っていたんだよ」なんて言うと、ネタにもなりますしね。
──沼田先生は今後のキャリアイメージをどのように描いていますか?
学校の先生って、芸能界と同じで経験年数の長い人が役職も上がっていくケースが多いんですよね。僕は32歳で教員デビューして、僕より年下でも年次が上という方がたくさんいます。だから僕は出世の道は考えていません。
それよりも僕は「先生を育てる先生」をしてみたいですね。先生は大変だと言われますけど、能力と工夫次第でいくらでも変えられることがあると思うんです。
学校はもっと楽に、楽しくできるはずです。ですので、僕の教育法に共感してくれる方に対して、教えるプロとして、おもしろい先生を育てていきたいです。なので、そういう仕事があればオファーをお待ちしています(笑)。
(インタビュー・文/阿部 裕華 編集/高山 諒+ヒャクマンボルト 撮影/小池 大介)
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