フタ止めシール廃止の舞台裏 「カップヌードル」のブランドマネージャーが語る、“周囲を巻き込むために大切なこと”
去る6月3日11時30分、カップヌードルの公式Twitterアカウントが「さようなら、全てのフタ止めシール。」とツイートし、大きな話題を呼びました。
さようなら、全てのフタ止めシール。#西暦2021年6月4日11時発表 pic.twitter.com/sJyN3h6yXF
— カップヌードル (@cupnoodle_jp) June 3, 2021
そこに添えられていたのは、「#西暦2021年6月4日11時発表」というハッシュタグ。その日のその時間、同アカウントはカップヌードルのフタ止めシールの廃止と、新たに開け口を2つに増やした新形状のフタを発表しました。
このフタ止めシールですが、これを廃止することで、年間33トンものプラスチックゴミを削減できるのだそう。今回のリニューアルはサスティナビリティを念頭に置いた、カップヌードルの新たな改革の1つというわけです。
では、なぜ今こうした改革が必要だったのでしょうか。その舞台裏を、日清食品株式会社 マーケティング部のブランドマネージャー 白澤 勉さんにお聞きしました。
何を守り、何を変えるのか?
「カップヌードルは、今年の9月に発売50周年を迎えるロングセラーブランドです。この長い年月の中で社会の在り方も大きく変わり、我々としても時代の変化に対応しながら進化していかなければという想いがありました。当然、廃プラスチック問題もその一つで、フタ止めシールの廃止は大きな決断でしたが、この先もサスティナブルなブランドを目指すうえで必要不可欠なことだったと思います」(白澤さん)
この言葉の通り、日清食品では2年前から「カップヌードル DO IT NOW!」をスタート。これはカップヌードルを通して食の安全・安心、環境、防災、健康など、人と地球の未来を取り巻くあらゆる課題に取り組んでいくプロジェクトです。
同社ではこのプロジェクトの一環として、2019年12月からカップヌードルブランドに環境配慮型容器である「バイオマスECOカップ」を採用し、順次切り替えを進めるなど、廃プラスチック問題にも積極的に取り組んできました。
今回のフタ止めシール廃止も、その延長線上にある決断の一つ。しかし、これほど長く消費者に愛され続けてきた商品のリニューアルとなれば、社内でも相当な反対意見があったのでは――?
「フタ止めシールを廃止すること自体は、廃プラスチックの意義に対する理解もあり、わりと自然に受け止められました。また、このシールは製造工程の最後にフィルムの上から貼り付けているだけなので、その工程をカットすることも決して難しくはありません。
ただ、これまであったものを無くすことで、お客様の利便性を下げてはいけません。いかにユーザビリティを損なわずに、環境に配慮したリニューアルを行なうか。その点については議論と検証を十分に重ねました」
単に留めやすく開きにくい形状を考案するだけなら、さまざまなパターンが考えられるでしょう。しかし、密封性など商品としての品質や、生産ラインへの適応といった諸事情を踏まえる必要があることから、仕様の変更はそう簡単ではありません。
「カップヌードルは発売から50年の間、パッケージデザインをほとんど変更していません。フタの形状も、それ自体をアイコンとしてブランディングに活用してきたことから、“変えてはいけない”ものの1つだとも言えます。
守るべきものと時代に合わせて変更すべきものの境目をどう考えるか。非常に判断の難しいテーマです」
結果的にカップヌードルが選んだのは、開け口を2つに増やした「Wタブ」形式。2つのタブを耳に見立て、フタの裏側に猫の顔が描かれている遊び心もファンの関心を引きました。
週に一度行なわれる社長との定例会議
「最初にこの形状を考案した際には、そう簡単にOKは出ないだろうと腹を括っていたんです。しかし、『サスティナブルなブランドとしてカップヌードルを向こう50年守っていくためには、絶対に必要な変更である』という主張を、経営陣は意外なほどあっさりと認めてもらうことができました。こうしたトップの柔軟性こそが、日清食品の原動力になっているのだと、改めて実感させられました」
ちなみに日清食品では、社長との定例会議が毎週実施されているそうです。
「マーケティング部は週に一度、社長と定例のミーティングを開催しています。現在は、在宅勤務体制ですのでオンラインで実施しているのですが、マーケティング部に所属するすべての社員が自由に参加できます。
社長と直接対峙して提案や議論を行なうため、若手社員にとっては大きなプレッシャーかもしれませんが、どういう流れで商品ができあがっていくのか、社長やブランドマネージャーがどういうところにこだわっているのか、具体的な意思決定のプロセスを目の当たりにするわけですから、クリエイティビティとスピード感を高めるのに重要な機会になると思います」
社長も含め自由闊達な議論が行われるので、アイデアの発散にも一役買っているというこの定例会議。
「社長からもいろんなアイデアが飛び出しますし、意思決定のスピードが早まるのはありがたいです。それに、ほかのグループとの議論を聞いていると、新たなヒントを得るきっかけにもなるんです」
企業規模を踏まえれば、特筆すべき風通しの良さ。これは日清食品のマーケティング力を支える重要な施策といえるでしょう。
周囲を巻き込むために大切なこと
SNSでの告知も奏功し、予想以上の大反響に繋がった今回のリニューアル。これは白澤さん自身にとっても、あらためてカップヌードルのブランド力を体感する貴重な体験であったといいます。
「話題づくりの一環としてSNSを活用しているわけですが、それでも一食品メーカーの投稿を、どれほどの人が気に留めてくれるのかわからない。ですから、まさかこれほどの反響があるとは……と、率直に驚いています。カップヌードルというブランドが持つ影響力の大きさを再認識させられました」
まさか実現するとは・・・https://t.co/fC9WjiN6Bt https://t.co/KUr5xm8vVG pic.twitter.com/YwtNjfm8xV
— カップヌードル (@cupnoodle_jp) June 4, 2021
カップヌードルのTwitterアカウントでは、ユニークなツイートでユーザーとコミュニケーションを図っている。この投稿は6万RT(2021年7月現在)を超えるまでの反響に。
消費者の反応、メディアの反応……。今回のリニューアルは白澤さん自身にも多くの気付きを与えました。そして何よりの再発見は、変化に対する柔軟さを持った自社の風土です。
「一つの物事を実現しようとすると、必ず反対意見が出てきますし、その内容によってはネガティブな気持ちになることもあります。
今回のフタ止めシール廃止についても、『そこまでやる必要があるの?』という声が社内にはありました。それでも、結果的に多くの関係者にサポートしてもらったことで仕様変更を実現することができたのは、向かっている方向が間違っていないという確信を、チームのメンバー全員が最後までぶれずに持ち続けられたからだと思います」
フタ止めシールを廃止することで、排出するプラスチックゴミの量を減らすことができる。それは間違いなく環境問題に寄与する施策であり、ひいてはカップヌードルというブランドを向こう50年存続させる、大切な原動力になるとの思いが白澤さんにはありました。
「発想すること自体は誰にでもできますから、『あのアイデア、面白かったよね』で終わらせないためには、いかに周囲を巻き込んでいくかが大切です。今回の取り組みにしても、地球にとっても会社にとっても良いことだと、最後まで信じて疑いませんでした」
そうした想いが伝わったからこそ、経営陣や関係者の賛同を得ることができたのです。
カップヌードルを100年ブランドにするために
長らくマーケティングに携わってきた白澤さん。この仕事の醍醐味は、自分が手掛けた仕事の反応が、消費者からダイレクトに返ってくることにあると語ります。そしてだからこそ、自分たちの仕掛けがときに世の中をざわつかせ、ときにくすりと笑わせることに、強い意欲を持っているのだとも。
「食品は人々にとってもっとも身近な商材の一つです。しかし、そうした最寄品の中でも、即席麺は有事の際の非常食にもなり得るなど、さまざまな角度からお客さまを支えていくことができる稀有な商材です。
カップヌードルというメガブランドに携わっているからには、このブランド力をいい意味で利用して、多くの人に楽しんでもらえることを考えたいですね」
カップヌードルが発売されたのは、1971年9月18日のこと。カップ麺という新しい食文化を創造して丸50年、白澤さんの目はすでに次を見据えています。
「次の目標は、カップヌードルを100年ブランドに育てていくことです。食品ですから、おいしいことや安心・安全なのは当たり前。そのうえで、お客さまの生活に楽しい体験をお届けするためにはどうすればいいか。それこそが愛され続けるブランドになるためのカギだと思っています。」
ブランドとしての伝統と、食品としての安全性を守りながら、カップヌードルが次のどんなことを仕掛けて見せるのか。期待は尽きません。
(文:友清哲 写真提供:日清食品)
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