都心をはなれ、自然の中で生きていく。「ゲストハウスオーナー」の仕事と暮らしとは?
コロナ禍を経て、いよいよ多様化に拍車がかかってきた私たちのはたらき方。この機会に、かつてあきらめた憧れの職業をもう一度検討してみたという人も多いかもしれません。
たとえば、ゲストハウスのオーナーという仕事。旅が好きな人なら、一度は夢見たことがあるのではないでしょうか。
そこで浮かんでくるのは、「都会から遠い場所なら、生活費が安いんじゃない?」「本当にお客さんを呼べるのかな?」という疑問。実際のところ、大自然の中でゲストハウスを運営するというのは、どんな生活なのでしょうか。
日本列島北端の大地、北海道。その広い大地の東部にある清里町で、「清里イーハトーヴユースホステル」を約30年にわたって営む石田陽子さんに聞いてみました。
「知床」まで車で1時間!清里町のゲストハウス
──まずは、「清里イーハトーヴユースホステル」について。どんなお宿なのでしょう?
ここは、1992 年にオープンした定員24名の小さなホステルで、北海道東部にある「女満別空港」から車で約1時間の場所にあります。
ホステルの周りには広大な麦畑とじゃがいも畑が広がっていて、正面玄関からは雄大な斜里岳が、背後にはオホーツク海が望めます。我が家も、このホステルのお隣にあるんですよ。
──清里町は、世界自然遺産「知床」からも近いですよね。
知床までは車で1時間くらいです。そのほかにも摩周湖、網走、阿寒湖といった道東観光の拠点になっていますね。登山シーズンになると、羅臼岳や斜里岳、雌阿寒岳を目指すハイカーがたくさんお越しになりますよ。
──もしかして、動物も多かったり?
我が家にはパグがいて、ホステルにお客様が到着されると「誰か来たよ!」と吠えて教えてくれます。そして、ホステルには夏限定でヤギがいます。
野生動物もいっぱい!シカ、ウサギ、エゾリス、シマエナガ……みんなかわいい子たちです。キタキツネは特に多くて、毎日うちの玄関でウンチして、何かを主張しています。たまにクマの足跡が見つかって、調査隊が来たりもしていますね。
ホステルオーナーの毎日のスケジュール
──ゲストハウスのオーナーは、どんなスケジュールではたらいているのですか?
北海道の場合は、1〜3月が冬のオンシーズン、4〜10月が夏のオンシーズン、11〜12月がオフシーズンになります。オンシーズンなら、こんな感じです。
・6:00 出勤 朝食の準備
・7:00 宿泊客の朝食スタート
・9:00 送迎
・10:00清掃
・12:00休憩、送迎、チェックインの準備
・16:00チェックイン開始
・17:00レストランや温泉への送迎 だんらん
・23:00消灯 帰宅
うちは朝食のみのご提供なので、夕食は近くのおいしいレストランに送迎しています。
──どんなお客さまが多いのでしょう?
多くは、知床観光を目的にいらっしゃいます。知床の拠点はウトロという場所なのですが、そのあたりのホテルは相場が少々高いこともあり、清里町を旅の拠点にする方がたくさんお見えになります。
──コロナ禍の前は、世界各国からお客さんが?
はい。学生さんとは「どんな勉強しているの?」、社会人とは「どんなお仕事している?」なんて、たくさんおしゃべりしていました。国内外を問わず、全然知らない世界の方とお話しできることが楽しいですね。
京都の水泳ガール、北海道ひとり旅で人生が変わる
──石田さんは、どのようにしてユースホステルのオーナーになったのでしょうか?
生まれは京都で、水泳に青春時代を捧げました。高校を卒業した後、「水泳とは違うこともしてみたい」と家族に相談したら、叔父が北海道のユースホステルのオーナーと友達だと言うんです。「ほな、ちょっと行ってみよかな」と、プールから上がって北海道へ。
京都から出るのも初めてなら、一人旅も初めて。関西弁以外の方言を聞くのも新鮮だし、何よりこんなに広い世界があったんや!って、心が震えました。
──当時はどのくらい北海道に?
2週間、そのホステルでアルバイトをしました。仕事の内容は今とほぼ同じで、朝食の支度、お掃除、お客さんの接客、夕食の支度。住み込みのお手伝いさんとしてはたらきました。ここで、今の仕事に直結する基礎を習った気がします。
アルバイト仲間もできて、「北海道サイコーやったな!」と思いながら京都の家に帰りました。そして、これまで親しんできた水泳の世界であるスイミングスクールに就職し、インストラクターとしてはたらき始めたんですよ。
──プールに帰ってきたのですね(笑)。
はい。でも、日に日に閉塞感が募っていきました。肉体的にも負担が大きくて、ずっとこのままでいいのかな…と悩む日々でした。そんなある日、当時一緒にホステルではたらいていた仲間から「北海道の清里っていうところでユースホステルを作るんだけど、手伝いに来てくれない?」と連絡をもらったんです。
もうこんなチャンスはないと思って「行く!!!」って即決しました。清里がどこかもわからないけれど、チャレンジしたかった。21歳の時でした。
──夢を追う形での突然の退職、ご両親の反対は?
それが、実は私の姉がインドに嫁いでまして。京都の母に「北海道行くわ」といったら「北海道か……インドと違って言葉も通じるしなぁ。ええよ、いっといで」って(笑)。
そして、私は北海道に移住して2年後、「ホステルを建てる」と連絡をくれた仲間と結婚しました。それがいまの主人です。当時は料理も苦手だったし、心配も不安もあったけど、北海道での生活に踏み切ってよかったと思いますね。
大自然の中でのビジネス メリット・デメリットは
──30年間、この立地でホステルを営まれてみて、生活のメリット・デメリットについてどう感じますか?
メリットはやっぱり、美しい環境で生活できるということ。ご近所付き合いも濃厚で、秋になると近くの農家さんから野菜をいっぱいいただきます。北海道の味覚には困ったことがありません。幸せですね。
── 一方、デメリットの方は?
大きく3つあります。1つは、どこに行くにも遠いこと……。スーパーも、コンビニも、郵便局も、あらゆるものが遠い。新聞は配達されないし、食材も一気にガバッと買うのがお決まりです。
デメリットの2つ目は、オンシーズン中はずっと休みがないこと。うちの場合、最も忙しいのは7〜9月。そして1月からはオホーツク海の流氷などの冬のアクティビティを楽しむお客さんがいらっしゃいます。休みがないのは、やっぱり体力的にキツイときもありますね。とくに2児の子育てを並行していたころは大変で、子どもの通学とお客さまの出発の時刻が重なったりして、もう毎日大騒ぎでした。
デメリットの3つ目は、雪の多さ。いつも70cmくらいの雪が積もって、「寒いよ〜!」って泣きながら除雪するのが日常。たまに1〜2m以上の雪がドカンと降ることもあって、あまりにもひどい時は近所の農家さんに救出されたりしています。
──いま伺っただけでも、大変そうなお話がたくさん……。
あっ、でもオフシーズンは長めのお休みをとるんです。毎年、11月になると海外旅行を楽しみにしていました。
今はコロナ禍で難しくなってしまいましたが、泊まりにきた旅人が、旅のみやげ話をたくさん聞かせてくれるんですよ。「今度スペインにおいでよ!」とか「台湾に来たら連絡ちょうだいね、案内するからね」なんて誘ってくれたりもします。「どこそこのこれが美味しい」「あれが楽しい」って教えてもらえるから、行きたいところは今もいっぱいあります。
──なるほど、オンシーズンのときに集中してはたらく感じなんですね。
そうです。最も忙しい夏のオンシーズンは新緑とともにやってきます。すばらしい季節がはじまるうれしさでウキウキする一方で、「さあこれから忙しくなるぞ!」と。そして、春から秋までを大忙しで駆け抜けて、オフシーズンを迎えると、「みんな来年も来てくれるかなあ」ってちょっと心配になったりする。いつもそんな一年です。
サービスのアイデアはお客さんが教えてくれる
──都心から離れていることで、集客に苦労されることはありませんか?
不安は常にあります。だから、「一度来てくれたお客さまが、もう一度来てくださるように」という点をいつも意識しています。
うちのホステルでは、豪華なディナー、ゆったりくつろげる温泉……といった食事や施設はないので、そのかわり、お客さまに「体験」してもらえるサービスをたくさん用意しているんです。
──体験、というと?
ホステル運営だけじゃやっぱりお客さまも減ってくるので、「知床ツーリスト」という旅行会社も立ち上げていて、ガイド業を行っているんです。
たとえば、斜里岳登山、サイクリング、知床五湖ツアー、スノーシューツアーをご案内したり。自分たちが「いい!」と思ったものを体験していただけるように、アイデアをいつも考えています。楽しいですよ。冬の熱気球フリーフライトも、その1つです。
──真冬に、気球ですか!?
熱気球で有名な近所の町で、主人が技術を学んで、資格をとって。もう20年くらい、冬になると気球に乗って空の散歩を楽しんだり、流氷を眺めたりするツアーをやっています。
──確かにこの広大な大自然ならではの体験ですね。
飛ばすといえば、3年前にお客さまにドローンを見せてもらって、「わあ、めっちゃ面白そうやなあ!」ってその日のうちに私も買って、飛ばす練習をしました。
お客さまの出発前に上空から撮影して、お写真をあげると、「こんなところに泊まってたんだ!」「いい記念やね〜」って喜んでいただけることも多くて、ますます夢中に。熱気球に乗っているお客さんの姿を撮ったりもできて重宝しています。
──お客さまがサービスの種を教えてくれることもあるんですね。
本当にその通りで、旅好きのお客さまたちから「このカメラがいい」「あのレンズがいい」ということもたくさん聞いて、私も一眼レフをゲットして、写真の特訓をはじめました。というのも、この場所は星もすごくきれいだから、ぜひみんなに見てもらいたかったんです。
今年の夏くらいから人も一緒に撮れるようになって、お客さまと一緒に撮って、プレゼントしたりしていますよ。
──いろんなことにハマって、それをサービスに仕立てているのですね。
そうなんです。たとえば、フィンランド式サウナにハマった主人がサウナ小屋を立てて、お客さまと一緒にロウリュを楽しんでいたり。今年の冬は焚き火ブームに乗って、宿前の広場で焚き火を始めました。みんなで焼きマシュマロを食べたり、花火をしたり、音楽を流したり、星を見たりしています。
夏の楽しみアイドルスタッフたちと暮らす
──これまでの30年間の大自然でのホステル運営で、思いもよらないことはありましたか?
たくさんありますが、一番はヤギです。10年前、お庭の除草のためにヤギをレンタルしたんですけど、まったくはたらかないんですよ(笑)。でもかわいいから、翌年もレンタルで夏に借りました。そしたら、太っているヤギが来たんです。
ずいぶんまるまるとしたヤギだなぁと思っていたら、ある日、赤ちゃんヤギが増えていました。
──えっ、出産……!?
意外とある話みたいで、それでヤギ一家と暮らすことになって。小ヤギってすごく可愛いのです。そこからヤギたちを溺愛して、毎年レンタルするようになりました。
難産だったヤギの出産を手伝ったこともあります。自分で産ませたから、それもまた可愛さひとしおで……。あいかわらず除草はしてくれないんですが(笑)、お客さまに大人気です。
ゲストハウスオーナーのお金のハナシ
──少しずつ大自然の中のゲストハウスを営む暮らしが見えてきたところで、最後に、気になるお金のハナシを。地方のゲストハウスって、どのくらいの収益を上げられるものなのでしょうか?
私たちの場合はユースホステルという性質上、安価で泊まれることが1つの売りで、宿泊費は大体4,000円台です。また、コロナ禍もあって、オンシーズンでも密にならないように宿泊人数を絞り、多いときで1日20人くらいのご利用になっています。
物価は都心に比べれば安いので、生活費はそれほどかかりませんが、もし建物が賃貸だったり、借金があったりすると少し苦しいかもしれません。「儲かるかどうか」というお金の面だけで見れば、「儲からない」というのが答えです。
──それでもゲストハウスのオーナーを辞めない理由は?
自然とともに生きていると、「今日は天気がいいから夕日がきれいやなあ」、「旬の野菜がおいしいなあ」「ヤギがかわいいなあ」って毎日、いつも感動しているんです。そのドキドキが、そのままお客さまへのサービスのアイデアになっていく。
お客さまに、「今日はすごくいい星空になりそうですよ」「ちょっとこれ、食べてみませんか」なんてご案内できるのが楽しいんです。あまり儲けは出ないんだけど、自分たちが楽しいこと、幸せだと思うこと、その暮らしを少しずつ積み重ねて、形にして、プレゼントできる。そういうところがとても楽しい仕事だと思いますね!
(文:矢口あやは 写真提供:清里イーハトーヴユースホステル)
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