一杯2,000円のラーメン屋がスペインで超人気のワケ。店主は32歳で金もコネもないまま起業。

スペインで「ラーメン・シモジ」など3店舗のラーメン店を経営する下地由維樹さんは、32歳のころにほぼ未経験で飲食店を始めました。起業した理由は「はたらきたくないから」。
現在は、週2日それぞれ3時間ほどお店に立ち、それ以外は旅行や漫画、Netflix鑑賞を楽しんでいるといいます。
海外での起業、飲食店の経営は一見すると苦労や我慢が多そうですが、下地さんはつねに自分の時間を楽しんでいる様子。下地さんの半生をたどると、ありたい姿に近づくためのヒントが見えてきました。
「ラーメン店なんてできるわけない」と言われて安心した
──現在スペインでラーメン店を経営されている下地さんですが、なぜスペインで起業されたのでしょうか?
もともとスペインにこだわりがあったわけではないんです。ただ、高校生のころから「世界は広い。ずっと日本にとどまっているのはもったいない。いつかは海外に住みたい」と思っていました。

だから、高校卒業後は父が経営する会社に入社するも、「海外に住む」に近づきたかったぼくは、貯金をしては数カ月の休みを取って世界をめぐっていました。その中で、23歳で訪れたのがスペインのバルセロナでした。日本人が経営するアパレル店に偶然立ち寄って、そのオーナーと意気投合。帰国後に「ビザを出すからうちではたらかないか」と、連絡をもらったことで、バルセロナではたらくことになりました。思いがけず「海外に住む」がかなったんですよ。
ただ、アパレル店に勤めて10年が経つころ、そろそろ自分で何かやろうと考えたのですが、特にやりたいこともなく……。唯一あったのは「はたらきたくない」の気持ちだけ(笑)。それで、「起業するしかないな」って。
──はたらきたくないのに起業ですか?
「やりたいことだけやれる」生活が理想だったんです。自分の人生で一番大切なのは自分の幸せ。それを突き詰めると、好きなときに好きなことができること、行きたいところに自由に行けることでした。
それらを実現するにはお金と時間が必要で、自分がほしいものを手に入れるにはどうすればいいかを逆算してみた結果、起業するに至りました。
──起業にもあらゆる選択肢がありますが、なぜラーメン店だったのでしょうか?
スペインで何をすれば“勝てる”かを考えて決めました。当時、ヨーロッパでラーメンブームが起こり始めていて、ぼくが目をつけたスペイン北部の街・ビルバオには日本人が経営するラーメン店がまだなかったんです。
コネも経験もなかったので、周囲からはネガティブな反応が多かったのですが、当の本人は、「ここでラーメン屋をやればいけるっしょ!」と思っていました(笑)。
──周りの反対が多いことで、不安になりませんでしたか?
いや、逆に安心しましたね。「良かった!この人たちとぼくは違う感覚なんだ」って。ぼくに賛同する意見ばかりだと、かえって不安になります。
どんなジャンルにおいても、周囲の反対意見ばかりに耳を傾けすぎず、誰も考えていないこと、やっていないことを行動に移しさえすれば成功すると思っています。行動したら、あとは成功するまでやればいいだけのことなので。
というわけで、「ラーメン店をやる」ことは決まったので、ラーメン店の経営について学ぶために日本へ戻って、1日200杯を売り上げる人気ラーメン店で9カ月間バイトをして経験を積み、開業に踏み切りました。短く思われるかもしれませんが、ラーメン店経営のノウハウを習得するには十分でした。
1カ月で超人気店に。忙しすぎてムカついた
──行動さえすれば成功する。その言葉のとおり、2022年4月にスペインで開店した「ラーメン・シモジ」は大人気店になりました。スペイン人の好みに合わせたメニュー開発などは行なったのでしょうか?
いいえ、まったく(笑)。特にこだわったポイントはないです。強いていえば、その場その場でどうすれば周りが喜んでくれるのか、探し当てる想像力に長けているのかもしれません。
「ラーメン・シモジ」で人気の鯛ラーメンも、「鯛のラーメンって聞いたことないし、おもしろいかもな」と、なんとなくやってみたらお客さまに喜んでもらえたという感じで。
ラーメンブームの後押しもあり、開店初日からそれなりにお客さまが来てくださっていましたが、開店1カ月目に地元の新聞紙に取り上げられてからは桁違いの忙しさになりました。

接客から調理まで一人でこなすのは本当に大変でした。鳴り止まない予約の電話も全部断ったほど。「忙しすぎるから無理!」って。スペインにはゆっくり食事を楽しむ文化が根付いているので、中には1時間もお店に滞在する方もいて。店の回転率が悪いことにも苦労しました。
──その中で1日何杯のラーメンが売れていたのですか?
ランチとディナー合わせて60杯ほどです。1杯2,000円なので、売り上げとしては1日およそ25万円。ぼくの収入はスペインではたらき始めたころの3.5倍になりましたが、全然うれしくなかった。朝起きて、昼の仕込みをして、営業して、夜の仕込みをして、また営業して、片付けて……気付けば深夜2時。こんなのやってられないと。
──自由な時間を手に入れたくて起業したのに、と?
そうなんですよ。超ムカついていましたね(笑)。そこから、この状態を打破するために、スタッフ採用に踏み出しました。スタッフが増えたことで、対応できるお客さまの人数も増え、週3日の定休日をつくっても売り上げは順調に伸びていきましたね。ぼくは休む時間を確保できるようになった一方で、現在はお店も3店舗にまで増えました。
オーナーが週2日しかはたらかなくてもうまくいく理由
──スタッフが増え状況が好転したのですね。どのような基準で採用したのですか?
採用基準は特にありませんよ。スペイン語を話せなくても別に良いし。今まで求人に応募してくれた人は全員採用したんじゃないかな。強いて言えば、日本人に会えることを喜んでくれるお客さまも多くて、自分たちの言語面のハードルもないことから、日本人を中心に採用していましたね。

新しく入るスタッフについて、性別以外は何も把握していないと言うと「もっとちゃんと面接してください!」と店長に怒られることもありますが。ぼくに振り回されながらみんなよくがんばってくれて、スタッフにはいつも感謝しています。「はたらきやすい」とまで言ってくれていて。
──かっちりとしたルールがなくても、お店がうまくいくのはなぜか教えてください。
ぼくはいつも「はたらきたくない」とは言ってはいますが、お店に出ると誰よりも仕事ができる自負があります。これはオーナーとして重要なポイントだと思っていて。
ラーメン店でのアルバイトで培った経験をもとに「こうすれば効率が上がる」「こうすればお客さまが喜ぶ」とぼくが即座に示すことで、スタッフの気持ちが引き締まる。やりたいことをするためには、その場の知識と経験はしっかり積んで、伝えられる状態になっているからこそ、ぼくがお店に365日立たなくても経営が成り立つんだと感じています。
あとは、ぼくだけでなくスタッフも自由に行動できる環境なのも大きいと思います。みんな休みたいときに休めるし、お給料も良いほうかなと。お客さまが喜んでいて、売上が上がっている。結果さえ出ていれば、オーナーのぼくがガミガミ言うことはありません。だから基本的にすべてみんなに任せています。最近はそんなスタッフたちの成長を見るのが面白くて、ぼくのマイブームは「お店ではたらく」なんですよ。

──忙しいお店での仕事があれほど嫌だったのに、今ははたらくことがマイブームなんですか?
そうなんですよ。ぼくがみんなに任せて休んでばかりいるので、店長たちから「月に1回はお店に出てきてほしい」と言われて。「漫画も読みたいしNetflixも観たいからちょっと考えさせてくれ」と数カ月引っ張りました(笑)。
ところがある日、シフトを埋めるためにお店に出ざるを得ない状況になって。いざはたらいてみると、スタッフの成長を感じたりお客さまと触れ合ったりと、久しぶりの仕事が予想外に楽しかったんですよね。
今は1日3時間、週2日程度お店に出ています。まあ、最近読みたい漫画がたくさんあるので「お店ではたらくブーム」がいつまで続くか分かりませんが……。
はたらきたくない男。次にしたいのはライブハウスづくり?

──今後、新たにやりたいことはありますか?
ラーメンとは全然関係ないんですけど、ライブハウスを造りたいんです。もともと音楽が好きなのですが、好きなだけでやったことはない。だから、自分でライブハウスを造って、そこでライブをしたら面白そうだなぁと思って。
ただ、この計画には膨大な資金が必要なので、2025年には「ラーメン・シモジ」の4店舗目を出して事業拡大していく予定です。
──下地さんのように、やりたいことだけするには何から始めれば良いでしょうか?
まずは自分にとっての成功や幸せが何かを把握することです。何が成功か、幸せかと聞かれても、答えられない人って意外といませんか?もし今の環境が「やりたくないこと」だらけでつらいと感じるなら、なぜそれをやりたくないのか、本当はどうありたいのかを自分で理解しないと。
そして、ありたい姿が見つかったら、そこから大雑把でも良いから逆算する。ありたい姿が見つからないなら、あらゆる環境に飛び込んでみる。広い世界でいろいろな経験をしながら、「こんなことで自分は落ち込むんだ」「こんなふうに幸せを感じるんだ」と知ることで、自分なりの成功や幸せが見えてきます。
あとは行動あるのみです。時間は有限なので一歩を踏み出すのは早ければ早いほど良い。今やるべきことに徹底的に打ち込んでいれば、「やりたいことだけする」理想の姿に近づくとぼくは思っています。人生やったもん勝ちですよ!

(文:徳山チカ 編集:おのまり、いしかわゆき 写真提供:下地由維樹さん)

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