なぜ「いい声」は信頼される?仕事と密接に関わる「声」の正体

2023年4月7日

人と話していて、「いい声だなあ」と思わず聞き入ってしまったことはありませんか?プライベートに限らずビジネスシーンにおいても、私たちは相手の声から、「この人のプレゼンには説得力がある」「この人になら叱られていても威圧感がない」とさまざまな印象を感じ取っています。“声”が人に与える影響力は、想像以上に大きいものと言えそうです。

今回は、これまでに3万例を超える音声の分析を行い、音や声と脳の関係を研究調査してきた「声・脳・教育研究所」の山﨑広子さんに、気になる“声”の正体や人に与える影響、そしてビジネスシーンにおける「いい声」について、お話を伺いました。

声は、その人の情報が詰まった「履歴書」のようなもの

──山﨑さんは、どんなきっかけで「声」の研究を始められたんですか?

失声症という、声を出す器官に異常がないにも関わらず急に声が出なくなってしまう症状があるのですが、私は中学生くらいのときからそれを繰り返していました。病院に行っても声楽の先生やボイストレーナーの方を頼っても、結局、根本的な原因は分かりませんでした。なんとかしたいと思い、自分でも勉強を始めることにしたんです。

解剖学から音声生理学、音響心理学、認知心理学などを横断的に学んでいくうちに、声というあまりにも日常的なものが、非常に複雑なしくみを持っていることのおもしろさに魅了され、研究をするようになりました。

私たちが普段耳にしている「声」って、どこから出ていると思いますか?

──声帯……でしょうか?

声帯から直接出ている音は、厳密には声ではないんです。声帯が振動したときに鳴る音を「喉頭原音」と呼ぶのですが、これはブザーのような小さい音なんですね。この原音が、声帯より上の空間、咽頭や口腔などで共鳴することによって、ようやく「声」が作られるんです。 

──原音が喉の空間で響き合うことにより「声」になっているんですね。

はい。そして、「声」の印象は受け手の脳内で作られるのです。他人の声、つまり振動の波を耳が受け取り、脳に電気信号として送り届けることで「声」として認識する。その際に脳は過去の経験から情報を補完しているんです。

私たちは人の声から「いい声だな」「ガラガラ声だな」といった印象を感じたりしますが、そこには音の周波数や個人の経験則、社会的な環境など、さまざまな要素が関わっているんですよ。

一般社団法人「声・脳・教育研究所」代表 山﨑広子さん

──複雑なしくみで私たちは普段、声を認識しているんですね。

しかも声には、その人の情報がすべて含まれているといっても過言ではありません。

たとえば、身長が高い人は比較的声帯が長く、低い人は比較的声帯が短いのですが、声帯が長い人ほど声は低くなる傾向があります。楽器でいうと、コントラバスのほうがバイオリンよりも音域が低いのと同じですね。ですから、地声を聞くと、その人の大体の身長や顔の骨格がわかります。

さらに、先天的なものだけでなく、その人の生活環境や生活習慣も声をつくる要因です。声の大小は幼少期からの家庭環境に根ざしていることが多いですし、声には性格も表れますが、これも生育歴と関わっています。また、タバコやアルコールによって声帯の状態が悪くなったガラガラ声は生活習慣によるものとしてわかりやすいですね。

このように、声はいわばその人の「履歴書」のようなものなんです。

山﨑広子『声のサイエンス あの人の声は、なぜ心を揺さぶるのか』 (NHK出版)より

ビジネスシーンにおいて「頼りになる」と思われる声は?

──声の受け取り方にはさまざまな要素が関わっているというお話がありましたが、声から感じる印象は人によってバラバラなのでしょうか?

ある声を聞いてどんな印象を感じるかは、基本的には一人ひとり違います。ただ、社会全体として好まれやすい声、仕事をする上で求められる声などにはある程度、共通する要素もあると思います。 

──ビジネスシーンにおいて好まれる声や、「頼りになる」と思われやすい声の傾向はありますか?

よく言われるのは、低くて落ち着いた声ですね。デューク大学とカリフォルニア大学がかつて行った調査では、企業においてCEOの声が低ければ低いほど年収が高く、会社規模も大きく、より長い間トップの座を守れる傾向がある、という結果が出たことが話題になりました。

たしかに、「甲高い声は不安になる」という方は多いと思います。甲高い音には高い周波数が含まれているのですが、高い周波数の音を聞くと、脳の本能領域でストレス物質が生まれます。それが続くと、私たちはなんだか落ち着かないな、嫌だな、と無意識に感じてしまうんです。

逆に、低い周波数帯を多く含む声は人の精神を落ち着かせ、リラックスさせることがわかっています。もちろん高い声が悪いというわけではありません。ある程度高さのある明るい声は、人を元気づけたり覚醒させたりする効果も持っています。

──山﨑さんはこれまで、さまざまな経営者や政治家の声の分析をされていますよね。特に印象に残っている声の人物はいますか?

オバマ元大統領はすごくいい声だったと思います。説得力があって、明るさと落ち着きも感じさせる声でしたね。それから、ゴルバチョフ元大統領も印象的な声でした。実は彼は、普段の喋り声はかなり低く、温かい雰囲気の声なんです。それが、演説になると要所要所で声を張り、芯のある声を出していました。見事な声の使い手だったなと思います。

声を変えた例でいうと、マーガレット・サッチャーはもともとかなり甲高い声の持ち主だったのですが、よりリーダーシップをとれる人物だと聴衆に感じさせるために、意識して少し低い声を出すようになったといわれています。

山﨑さんは著書の中で多くの著名人の声の分析を行っている

「作り声」は、相手を緊張させてしまう

──説得力のある声や芯の強さを感じさせる声を身につけるためには、そのためのトレーニングなどを受ければいいのでしょうか?

いえ、それはあまりおすすめしません。無理なトレーニングをした「作り声」は、人の心を打たないんです。ミラーリングとも呼ばれますが、私たちは人の話を聞いているとき、無意識に相手の声が持っているものに共感し、同調してしまうものです。その声があからさまな作り声の場合、無理をしているのが聞き手にも伝わってしまうんです。

──たとえば、電話で話すときに普段より高めの声になってしまうというような、シチュエーションによる変化も「作り声」なんでしょうか?

その場その場で違った声が出るのは自然なことなので、気にしなくていいですよ。ただ、人と話すときに常に緊張状態にあったり、「地ではない声を出さなくちゃ」とプレッシャーを感じたりしている人は、無意識に作り声になってしまうこともあります。

特に女性はどうしても声を高めに作ってしまう傾向があって、日本人女性の声は先進国の中で最も高いといわれています。日本では、女性が低く落ち着いた声で喋ると、「かわいくない」などと平気で言われてしまう環境がまだまだあるんですよね。ですから、そういった環境で話すことに慣れすぎると、とってつけたような声を出すことがあたりまえになってしまう場合もあります。これは本人というより、社会がどういう声を求めているかの問題ですね。

──たしかに、生活の中で自分の「自然な声」がわからなくなってしまうこともあるように思います。

私はみなさん一人ひとりが、自分の出しやすい、自分がいちばん魅力的だと感じる声を見つけてその声で喋れるようになれば、特別なトレーニングはいらないと思っています。自分の個性が活きている声で言いたいことを言えばいいんですよ。それが聞き手にも説得力を感じさせると思います。

──自分にとって出しやすい声、自分が魅力的だと感じる声は、どうやって見つければいいのでしょうか?

すごく単純なんですが、自分の声をとにかく聞いてみてください。友達と喋っているときや打ち合わせをしているときなど、いろんなシーンの声を「録音して客観的に聞いてみる」のが重要です。なぜ録音する必要があるかというと、自分が喋っているときに聞いている声と、実際に他者の耳に届いている声は異なるからです。

録音した自分の声を初めて聞いた方は、9割が「嫌な声」と感じます。でも、それを10回、20回と繰り返すと慣れてきますし、その中で「ここだけは良い声だな」とか「自分らしいな」と感じる部分をどこかに見つけられるはずです。

人は「この声が好きだ」と感じたとき、脳の中から神経伝達物質が出るのですが、それが出ないことには心は動かないんですよ。逆に言えば、自分が主体的に「いい」と感じられる声を見つけられたら、人に与える印象も必ず良くなっていきます。

誰でも簡単に自分の本来の声を出しやすくするためのエクササイズ

──お話をお聞きしていて、「いい声」という絶対的なものがあるわけではなく、それぞれの個性に合わせた理想の声に近づいていくことのほうが大切だとわかってきました。

先ほどお話ししたように、もちろんある程度多くの人が「いい声」と感じる声の傾向はありますけどね。ただ、本当は個性的ないい声をしているのに、同調圧力によって周囲に合わせすぎてしまい、自分本来の声を出せていない人はまだまだいると思います。中には、そのストレスが喉をぎゅっと詰めたような発声につながっている人も多いと感じます。

ストレスがかかっているとき、人間は舌の付け根につい力が入ってしまうのですが、そうするといわゆる「喉詰め声」になってしまうんです。常に喉詰め声で喋っていると段々と喉の奥の力が抜けにくくなってしまい、相手を緊張させてしまうんですよ。

ひとつ、喉をリラックスさせ、自分本来の声を出しやすくするためのエクササイズを紹介しますね。体の力を抜いて「かっ、かっ、かっ、かっ、こっ、こっ、こっ、こっ」というフレーズを5回くらい声に出してみてください。

──「かっ、かっ、かっ、かっ、こっ、こっ、こっ、こっ」。これだけで良いんですか?

はい。「か」と「こ」を発音するとき、私たちの口は軟口蓋と舌の付け根をぱっと合わせて離す動作をしているので、これを何度か繰り返すことで、軟口蓋が柔軟になり、舌の付け根の力も抜けるようになってきます。話す前にこのエクササイズをすると、緊張も落ち着きますし声が出しやすくなるんですよ。 

ここを柔軟に鍛えておくと滑舌もよくなりますし、喉の力を抜いているときのほうがその人らしい、いい声が出ているのがわかると思います。高齢の方は誤飲や誤嚥の予防効果もありますので、ぜひおうちで試してみてください。

喉を軽く指で押さえ、力が入っていないかを確認しながら行うのがポイント

──自分の声に自信を持てたならば、自然と相手にもその印象が伝わりそうですね。 

そうですね。自分の「よいもの」が出ている声は自信に繋がりますし、それは相手にも静かに伝わるものです。「声なんてどうでもいい。内容が大事」と考えていると、焦って早口になったり、逆に傲慢な喋り方になったりします。そうした声は、ビジネスシーンでは決してプラスにははたらかないでしょうね。

人はそれぞれ、これまでの人生で苦しんできたことや一生懸命取り組んだこと、誰かを思う気持ちなどを持っているものですが、無理に隠そうとしない限り、声にはそれが率直に出るものだと思っています。弱みが出ていたとしても、自分自身を開くことができる人の声はやはり人の心を動かすものですよ。

(文:生湯葉シホ)

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ライター生湯葉シホ
東京都在住。Webメディアや雑誌を中心に、エッセイやインタビュー記事の執筆をおこなう。2022年、『別冊文藝春秋』に初めての小説「わたしです、聞こえています」掲載。『大手小町』にて隔週でエッセイを連載中。

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