取引先や同僚の「退職のご挨拶」はどう返すのが正解?代筆屋に聞いてみた
仕事を手取り足取り教えてもらった社内の先輩や、毎週顔を合わせていた取引先から届く「退職のご挨拶」。メールの返信に感謝の気持ちや寂しさ、応援の気持ちを込めたいのに、テンプレートっぽい言葉しか思いつかない。そんなもどかしい経験はありませんか。
特別な相手の新たな門出を祝うための「気の利いた返信」は、どのように書けば良いのでしょうか。謝罪文から復縁の手紙まで、さまざまな手紙の文章を考案する「代筆屋」の中島泰成さんに「退職挨拶に対する気の利いたお返事」の書き方について、お話を伺いました。
相手を気持ちよく送り出すための3つのポイント
――普段、中島さんはどういった代筆の依頼を受けることが多いですか?
一番多いのは、恋人や夫婦が復縁するための手紙を代筆することです。でも謝罪文の構成から商品のキャッチコピー、セールスレターの考案など、ビジネス関連の依頼もありますよ。「初めての営業アポを取りたいので、取引先に送るメールの内容を考えてほしい」という依頼が意外と多いです。
――今回のテーマである「退職挨拶に対する返信」を代筆したことはありますか?
実は初めてになります(笑)。ただ、文章を考える上で意識すべきところは共通するのかな、と思っていて。門出を祝う気持ちが素直に伝わるテキストを作るコツを、今回はご紹介します。
返信文に盛り込むべき点は3つあります。まず、素直に相手がいなくなることで寂しくなる気持ちを、冒頭で伝えること。一言あるだけでも返信文の印象はかなり変わってきます。
「〇〇さん、寂しくなります」
次に、相手とのエピソードを盛り込むこと。仕事の悩みに乗ってもらったことなどでしょうか。休憩中の、ちょっとした雑談の内容に触れるのも良いと思います。相手との思い出が入っているだけで、「社交辞令的なメール」の一段上の印象になりますよ。
「〇〇さんが言ってくれた〇〇〇〇と言う言葉は忘れません」
「〇〇さんにランチへ連れて行ってもらった日のことを思い出します」
――確かに「覚えていてくれたんだ」と、受け取った相手はうれしくなりますよね。では、3つ目のポイントとは?
これまでの感謝とエールを、謙虚な姿勢で伝えることです。相手との関係性にもよりますが、社内の近しい先輩などにメッセージを送る場合なら、こういった書き方で締めるのはいかがでしょうか?
「〇年間、本当にありがとうございました。
未熟な私にとって〇〇さんは支えでした。
〇〇さんなら、新しい職場でも今まで以上に活躍される姿が目に浮かびます。
今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
熱のこもり過ぎに要注意!「去る者は追わず」が重要
――中島さんがおっしゃっていたポイントを押さえるだけで、温かみのある返信が書けそうです。では、退職者へのメッセージを書く上で避けるべきことはありますか?
「相手との関係性」を考え、適度な距離感を保つことです。あまり接する機会のない目上の人に対し、フランクな返信をしてしまう人は少ないと思います。でも、関係値の深い人へ距離感を誤った文章を書いてしまう人は、結構いらっしゃるんですよ。
――具体的には、どういった文章が多いのでしょう?
とにかく自分の想いを書きなぐってしまい、長文になるケースなどでしょうか。復縁の手紙やラブレターなどにもよく見られます。私も依頼主の立場に感情移入しすぎて、つい熱い文章を書いてしまうこともあります(笑)。
でも、あまりに熱を込めすぎると、受け取る相手によっては「重い」印象を受けてしまいますよね。どれだけお世話になった相手でも、返答に困るボリュームのメールは避けるべきだと思います。
一つの目安として、受け取った退職挨拶と同程度の文量で返すことがおすすめです。短文のご挨拶なら同じくらいの短文で。逆に相手が長文でご挨拶を送ってくれた場合は、短すぎないように注意しましょう。
――中島さんは手紙の熱量を、どのように調整しているんですか?
考案した文章を数日寝かせて、読み返します。書いてから少し離席したり、深呼吸をしたりするだけでも、だいぶ俯瞰できるようになると思いますよ。ひとまず冷静になることが重要なんです。
――感情的になっているときほど「余計な一言」も付け加えてしまいそうです。避けるべきフレーズはありますか?
「寂しい」以上に相手を引き留めるような文章です。「辞めないでほしい」などは転職を決意した相手を困惑させてしまいますよね。また「あなたがいないことで仕事がこれから大変になる」といったフレーズもNGです。
たとえ事実だろうとも、相手が申し訳なさを感じてしまうような表現は避けるべき。潔く送り出すのがベストだと思います。また、本人が退職理由や転職先について明かしていない場合は、詳細を聞いたり、言及したりすることも避けるべきです。
重要なのは「相手の気持ち」を考えること
――相手の転職先が近い業界である場合、転職後もビジネスパートナーとしての関係が続くチャンスがあると思います。次の仕事の取引を提案するのはいかがでしょうか?
「チャンスを逃すのでは」とつい焦ってしまうことはありますよね。私自身も20代のころは「仕事になりそう」と思ったら、つい「転職先でも一緒にお仕事したいです!」みたいなことを書いてしまっていました。でも、少なくとも退職挨拶の返信では、あまり書かないほうがベターだと思います。
転職する相手の立場になってみると、覚えることが多過ぎて、新しい取り引きを始めるどころじゃない場合もありますよね。新天地に対し、少なからず不安も感じているはず。相手が一番求めている言葉はエールだと思うんです。
まずはこれまでの感謝を素直に伝えたほうが、相手の心には残ります。そしてお仕事の話は、いったんは相手が落ち着くのを待ってから…が無難ではないでしょうか。
――「相手が何を考えていて、どんな言葉をかけてほしいのか」を考えることが重要なのですね。
相手への思いが強いほど暴走してしまいがちですが、あくまで「自分本意にならないこと」が重要です。そして当然ながら、自分で言われて嫌なことは避けるべき。
私は代筆文を考える時、送り先である相手の顔を浮かべながら書くことを意識しています。面と向かって会話をするような感覚で「これを直接伝えたらどんな顔をするだろう?」「相手の立場ならどんな気持ちになるだろう?」と考えるんです。
――よく「気の利いたメッセージが思いつかない」と悩む人は多いです。苦手意識を抱えてしまう人の原因は何だと思いますか?
自分に自信がなく、真面目で、嫌われたくないという気持ちが強いのでは、と思います。実際、代筆屋である私に問い合わせる人の多くは、そういった傾向にあるんです。でも「うまく書こう」「かっこいい文章を書こう」とする必要は一切ありません。
文章の上手い・下手に関係なく、丁寧に書いた文章には相手の人柄や感情が見え隠れします。僕自身、依頼者とのメールでのやり取りをもとに代筆文のニュアンスを検討するのですが、文面の言葉遣いから相手のキャラクターを推察できることはよくあるんです。
一冊の小説から始まった「代筆屋」への道のり
――中島さんは代筆屋を始める前から、文章にまつわるお仕事をされていたんですか?
文章を書くことはもともと好きでしたが、仕事にはしていませんでした。新卒から10年ほどは、行政書士としてはたらいていたんです。
同じことを繰り返す毎日に疑問を感じていたころ、辻仁成さんの小説『代筆屋』を偶然本屋さんで見つけて。立ち読みをして感動し、そのまま購入して駐車場で読み、泣いてしまいました。次の日には代筆屋のホームページを立ち上げたのを覚えています。
――では、代筆にまつわる知識はどうやって身につけたのでしょう?
師匠も上司もいないなか、独学です。図書館で『手紙の書き方』などを調べながら、徐々に経験を積んでいきました。途中で挫折しそうになって辞めたくなったことも何度かありました。でも自ら選んだ道でもあるし、何より「書くこと」が好きだった。おかげさまで15年も続いています。
――依頼内容をもとに手紙を代筆するとき、どういったことを心がけていますか?
先述したように「受け手の気持ち」を考えること。そして、あくまで「依頼者の代筆をしている」ということを忘れないようにしています。
実は「こんなに素晴らしい手紙は私には書けない」という言葉は、褒め言葉のようでいて、代筆屋としては失格なんです。逆にたくさんのメールのやり取りを重ねた上で納品し、「プロに頼んだのに、こんな文章しか書けないのか」と言われるときが正解のこともあります。自分の作品を執筆するのではなく「依頼者が書く手紙」を考案することが、代筆屋の役目ですから。
その上で、納品後に「中島さんに依頼して良かった」と泣いて喜ばれるときは、仕事のやりがいを感じますね。
――最後に、中島さんの考える「文章でコミュニケーションをとること」の魅力について教えてください。
電話や対面でのコミュニケーションと異なるのは、ゆっくりと相手のことを考えながら想いをしたためることができることです。文章が届いた相手もまた、自分の都合の良いタイミングで文章を読むことができる。落ち着いて相手の顔を浮かべながら、返信文を考えることができるのも魅力ですよね。
そして、手紙やメール文は記録として残ることが強みだと思います。言葉を送った時は心を動かせなかったとしても、何年か経った後に読み返すことで、相手の感情を動かすこともありますから。
その一方「残るから」と変に気負う必要もないのも事実。だって、手紙の書き方に正解はありませんから。大事なのは「気の利いたフレーズを使えるか」以上に「相手を思いやる気持ちがこもった文章であるか」だと思います。あくまで今回お伝えした内容は、書くときに「詰まった時のヒント」と捉えてもらい、文章でのやり取りを楽しんでもらいたいです。
(文:高木望)
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