日本に残り2社……「純国産つまようじ」はどうやってつくられる?地場産業守る、職人の仕事術

2023年1月10日

私たちが普段使っている「つまようじ」。実はその多くが外国産で、今、「国産つまようじ」の製造が存続の危機に陥っているのをご存じでしょうか?

菊水産業は、大阪府河内長野市にある、創業60年以上の国産つまようじメーカーです。つまようじは河内長野市の“地場産業”の一つで、かつては95%以上の国産つまようじを同市が生産していました。

しかし、外国産の安いつまようじが流通するにつれ、地場産業は衰退。現在、国産木材でつまようじをつくるのは、菊水産業と県外にもう1社のみとなりました。

日本の老舗メーカーによる国産つまようじは、いったい、どのような工程を経てつくられるのでしょうか。また、国内のつまようじ産業が衰退する中、なぜ菊水産業は、たった2社になるまで生き残ることができたのでしょうか?その理由に迫ります。

百貨店や飲食店、フランスの和菓子店にも

菊水産業の4代目として社長を務めるのが、末延秋恵さん。2021年8月末に三代目の叔父の後を継いで以来、会社を守るため、必死に道を切り拓こうとしています。

末延さんが担当する菊水産業のTwitterアカウントは「お菊ちゃん」の愛称で親しまれ、毎回の投稿には、5万人以上のフォロワーをはじめとする菊水産業のファンからのコメントが多数寄せられています。

無数のつまようじの中から目視で不良品を見つける光景に、大勢の人から「職人技」「すごすぎる」との声が寄せられた。

菊水産業の製造部門では、「白樺ようじ」と「黒文字ようじ」の2種類をつくっています。白樺ようじは私たちが日常でよく目にする、細くて先の尖ったつまようじ。黒文字ようじは、和菓子などに添える、黒い樹皮を残した高級つまようじです。

白樺ようじの製造工程は、

(1)白樺を伐採して皮を取り除き、丸太状に切る
(2)それを煮て柔らかくする
(3)大根のかつら剥きをするように、2.2〜2.3mmの厚さの「単板」にする

(4)単板を乾燥させたら、30cmの棒状に切る
(5)5等分し、つまようじの長さ(6cm)にする
(6)先を尖らせ持ち手に溝をつける

というものです。末延さんによると、現在は(1)〜(4)までを北海道の協力会社で行い、菊水産業は、創業時から受け継がれる2つの機械で、(5)のカットと(6)の仕上げ加工をしています。

北海道産の白樺を使った「白樺ようじ」。菊水産業の事業は、自社商品を製造する「製造部門」、飲食店に卸しをする「卸売部門」、職人が制作したつまようじやキッチン用品、名入れ商品などを他社ブランド名で販売する「OEM部門」に分かれていて、実際には国産品から海外産まで多岐に渡る

ほとんどの工程に機械を使う白樺ようじに対して、黒文字ようじは最終的に「1本1本手で削る」(末延さん)といいます。オールジャパンメイドであることから、フランスの和菓子店からも注文が入る希少品です。

純国産クロモジを使った「黒文字ようじ」。河内長野にはもともとクロモジが多く自生しており、黒文字ようじの生産地として発展してきた

「白樺ようじは毎日のように生産しますが、手作業が発生する黒文字ようじはそうもいきません。注文が入ったら、都度手で削ってつくっています」

黒文字ようじをつくる工程は、クロモジの「伐採」「分割」「成形割」「三方削り」の4つ。そのうち「成形割」までは菊水産業の機械で行いますが、「三方削り」は、末延さん自身が手作業で行っています。

「納期が迫っている時などに、途中までほかの社員に手伝ってもらうことはありますが、先を尖らせる工程だけは絶対私がやる!と決めてます。先々代の祖父が一番こだわっていた部分なので、自分でやらないと気が済まないんです」と末延さんは笑います。

クロモジの枝を縦に分割し、形を整え(成形割)、切り出しナイフで先端を尖らせる(三方削り)

地域の人びとが内職で協力

菊水産業のスタッフは、代表の末延さんと2人の社員、3人のパートの計6人。つまようじをはじめ商品を包装するのはパートさんと、そして地域の「内職さん」です。

「つまようじを容器や袋に詰めてくれる内職さんが、40人ほどいてるんです。近所のおじいさん・おばあさんたちが自宅でされているんですけど、毎日たくさんやる方もいれば、数カ月に1回ぐらいの方もいて、皆さんいろいろですよ」

彼らはつまようじの容器詰めのほかにも、竹串や割り箸、巻きすの包装なども手掛けます。

「お金のためというより、『ただテレビ観てるだけだったら、なにか手を動かしたい』とか、『認知症防止のためにやりたい』という方が多いですね。40代の男性社員が軽トラに資材を積んで、毎日のように内職さんのお宅に伺うんですけど、『誰もおらへんから電球替えてくれへんか?』など小さな用事を頼まれたり、お話し相手になったり、そのお礼に畑で採れた野菜やジュースをもらったり……」

末延さんは、このように製造工程の一部を地域の人びとが内職で担うことは、「地場産業にはよくあること」と話します。地場産業とは、その地域の特産品を生産することです。

「この周辺は一人暮らしのお年寄りの方がものすごく多くて、空き家率も高いんです。内職なので出来高制ですけど、仕事をしたいとお問い合わせも来たりします。していただけたら、ちょくちょく様子を見に行けるし、こうして、地域に貢献できたらと思っています」

男性社員によるコミュニケーションが奏功しているのか、内職さんの中には昔から継続している方もおり、最高齢は95歳だといいます。

コロナで売上半減も、アイディア商品が大ヒット

末延さんは幼いころ、両親が教師で忙しく、祖父母と多くの時間を過ごしました。祖父は菊水産業の2代目。作業場は、末延さんが祖父を手伝ったり遊んだりした思い出の場所でした。

高校卒業後は、「大好きな祖父母の介護をしたい」という思いから介護福祉士に。結婚して2人の子どもが生まれ、一旦介護の仕事に戻りましたが、職場が遠方だったため子育てとの両立が難しく、在宅でできるシステム開発の会社に入りました。それから数年後、夫と別居。子どもたちを育てるために少しでも収入を上げようと、在宅のWebデザイナーに転身してはたらいていました。

ある日、三代目の叔父が「後継ぎがいないから、あと5〜6年で会社をたたむ」と話しているのを耳にした末延さん。

「おじいちゃんの会社が潰れるなんて嫌や。それなら、私が後を継ごう」

まったくの異業種で知識もありませんでしたが、当時両親と同居しており、家族が応援してくれたことも、末延さんの決断を後押ししました。

「離婚してシングルマザーにならなければ、『後を継ぐ』という発想にも至らなかったと思います。私の中で、大きなターニングポイントでした」

2014年に菊水産業の社員になった末延さん。知識ははたらきながら身につけ、大阪府の開催する事業支援セミナーで商品づくりのプロセスも学んだ

入社してからは国産黒文字ようじの商品開発、白樺ようじの認知度を上げる活動、ネット販売の立ち上げなどを精力的に行いました。ところが2020年、コロナ禍に突入。菊水産業の取引先は、コロナで大打撃を受けた、飲食店や百貨店・和菓子店がほとんどでした。「売上は、ひどい時で5割ほど減った」と末延さんは振り返ります。

なんとか打破策を、と考えていた4月ごろ、末延さんはTwitterで、気になる写真を見つけます。それは、感染防止対策としてエレベーターのボタンをつまようじで押す、ある中国での光景でした。
「うちはつまようじ製造が本業やから、何かできるかも」

末延さんは直感でそう感じ、湿気を含んで機械に通りづらくなった白樺材を活かした「つまようじ屋の非接触棒」を開発。パッケージはWebデザインのスキルを活かして、末延さん自らがデザインしました。

ECサイトと公式サイトに掲載し、プレスリリースも配信した直後 。友人から「Twitterで話題になってるよ!」との連絡が入ります。末延さんが慌ててスマートフォンを開くと、プレスリリースの記事が拡散されていたのです。

「毎日いろんなところから電話がかかってきて、取材も数え切れないほど受けました。『SNSでこんなすごいことが起きるんや』と、びっくりしましたね。SNSを本格的にやり始めたのは、この商品がきっかけです」

実は、菊水産業ではそれまで、SNSをほとんど活用していませんでした。Twitterのアカウント自体は2016年に開設したものの、「全然運用できていなかった」といいます。

「SNSって、一見遊んでいるように見えるじゃないですか。しかも、SNS経由でどれだけ売れたかの数字も見えにくい。だからほかの社員は、私がSNSを始めたとき『それって何になるん……?』と快く思っていなかったと、先日告白されてはじめて知りました(笑)」

国産つまようじを知らない人にも興味をもってもらうため、「つま子ちゃん」というキャラクターも自作した

菊水産業の商品は、自社でつくったつまようじを他社のパッケージに包んで販売するOEMや卸しが圧倒的に多く、当時は、最終的につまようじを使ったお客さんの感想を聞いたり、コミュニケーションを取ったりする機会はありませんでした。

けれど、末延さんがTwitterにつまようじの製造過程などを投稿するうちに、一般ユーザー向けのネット販売の売上が徐々に増加。社員たちも「SNSを見て買ってくれる人がこんなにいるんだね」と、見守るようになったといいます。

そこで、「つまようじ屋の非接触棒」が大ヒットしたのです。非接触棒は、『めざましどようび』や『news every』などの全国のテレビ局のほか、『NHK WORLD』で世界160カ国にも放送され、AmazonやYahoo!ショッピングから約7,000個以上の注文が入りました。

2021年9月、末延さんは菊水産業の4代目代表取締役に就任。「大好きだった祖父の会社を守る」その一心で、走り出した矢先のこと──。

火事で全焼からの再建

その日は休日でしたが、たまたま会社に用があった末延さん。10月は稲刈りの時期で、菊水産業の周りの畑では、至るところで稲刈り後の「わら焼き」が行われていました。

「今日はやけに火柱が高いな……」

そう思いながら近づくと、火は、菊水産業の倉庫の外側から立ち上っていました。わら焼きの火が飛び火したのです。

懸命な消火活動が行われたものの、事務所・作業場・倉庫は全焼し、3時間後に鎮火しました。唯一無事だったのは、機械の置いてある工場のみ。この火事で、出荷のために保管していた商品や材料、パッケージのすべてが燃えてしまいました。

それでも、「人にニュースにされるぐらいなら、自分が誰よりも先に言おう」と、SNSに火災が起きたことを投稿。ツイートは瞬く間に拡散され、コメント欄では、大勢のユーザーと、大手家具メーカーやホームセンター、電機メーカーなどの公式アカウントが支援を名乗り出ました。

「支援したいからクラウドファウンディングを始めてほしい」との声も届きました。「最初は気が進まなかった」という末延さんですが、300万円の支援を目標に、クラウドファウンディングを実施しようと決めます。

「クラウドファウンディングって、最近は本来の『開発』以外の使われ方をしていることが多いし、ただのネット販売のようになってる気がして、あまりいい印象がなかったんです。でも、フォロワーさんからカップラーメンやお菓子、毛布や懐中電灯のような支援物資などもたくさん届いて。『銀行口座を教えてほしい』という声も多くいただいたため、やってみようと思いました」

クラウドファウンディングは、スタートから3日目で達成率194%に。最終的には目標額の300万円に対して、1,200万円以上が集まりました。

「火災保険も、コロナ禍で支払いがしんどくなって契約を見直したばかりだったので、100%は出なかったんです。だからものすごく助かりました」

支援金は、主に焼け残った工場の改修工事資材の仕入れに充てたという末延さん。現在も、車で5分の距離にある祖父の家を作業場兼事務所にして、工場で国産つまようじをつくり続けています。

「友達」の縁で手にした、パリ行きのチケット

2022年9月12日、末延さんは、フランスのシャルル・ド・ゴール空港に降り立ちました。“インテリア業界のパリコレ”とも呼ばれるデザイン展「メゾン・エ・オブジェ」に合わせて開催される、『パリ・デザイン・ウィーク」に出展するためです。

菊水産業は現在フランスの和菓子店に黒文字ようじを卸していますが、今回の出展はそれとは別。菊水産業の事業プロデュースやデザインを受け持つデザイナー・堀内康広氏が手がける、「LOCAL CRAFT JAPAN(ローカルクラフトジャパン)」が出展するので「一緒に出展しないか?」と声を掛けたのです。

菊水産業は、LOCAL CRAFT JAPANが展示する「ギャラリーヴィヴィエンヌ」の一角で、黒文字ようじや国産の竹を使ったキッチンツールを展示販売。世界中のバイヤーが訪れる中、末延さんは、スペイン人の夫婦が黒文字ようじを4セット購入する場面も目にしました。「日本の手しごとが評価された展示会になった」と末延さんは思いました。

実はこうした「友達」の輪が、末延さんの周りには途切れません。

「うちの社員2人は、10数年来の友人なんです。みんなで山登りや夏フェスに行ったり、スノボを一緒にしたりするような、昔からの友達。だから誰も『部長!』とか『社長!』なんて呼び合わないし、私は“あきちゃん”って呼ばれています。『友達とはたらくなんて絶対に無理』というタイプ人もいるけれど、私は今のところ、気心が知れていて、性格も分かっている子たちとはたらくほうが断然いいなって」

火災の後すぐに仕事を再開できたのも、友人であり、システム開発会社・株式会社ワサビの社長でもある大久保祐史氏が、パソコンやデスク・椅子などを迅速に提供してくれたからでした。こうしたつながりは、仕事の取引を通じて生まれたわけではなく、「友達の友達とか、そんなんです」と末延さんは笑います。

「仕事相手」と「友達」を分け隔てないスタンスは、SNS上でも変わりません。火事の時、Twitterで支援を名乗り出たたくさんの公式アカウントはすべて、末延さんがTwitter上で友達として仲良くしていた「中の人」たちでした。

「ほんまに、いろいろな人に助けられて今があると思ってます。私は一人じゃなにもできないので、周りの人がいて成り立っている。社内でも『自分が一番えらい』とは1ミリも思っていません。むしろ私よりも、パートさんたちのほうが社歴が長いので、分からないことはなんでも聞くし、できないことは『助けて』って正直に言います。反対に、私にしかできないことは進んでやる。みんな対等に、一緒に頑張りたいなと思っています」

出会う人たちと、フランクな姿勢で交流の輪を築いてきた末延さん。国産つまようじの事業をこれから、「夢のある仕事にせなあかん」と力強く語ります。

「昔は河内長野に25〜26社あった国産つまようじ会社も、地元で製造している所は今は残り1社になりました。つまようじの製造って、めちゃくちゃコストも手間もかかるから、みんな別の生きる道を探したんだと思います。うちも正直、国産つまようじの製造だけでは経営が成り立ちません。それでも、細々とでも続けてきたからこそ、今も残ることができているんです」

末延さんが「使命」と語るのは、国産つまようじ産業を存続させること。

「そのためにはまず、国産つまようじの認知度を上げなければいけません。そのために、メディアに出ることはもちろん、興味を持ってもらえそうなことはどんな角度からでも試します。いずれは『地場産業ってかっこいい!地場産業の仕事に就きたい!』と思ってもらえる職業にするのが、私の夢です」

(文・原 由希奈 写真提供:菊水産業株式会社)

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ライター原 由希奈
1986年生まれ、札幌市在住の取材ライター。
北海道武蔵女子短期大学英文科卒、在学中に英国Solihull Collegeへ留学。
はたらき方や教育、テクノロジー、絵本など、興味のあることは幅広い。2児の母。
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