好きな時に出勤、休みの連絡は禁止。シフトなしの工場の従業員はなぜサボらないのか?

2023年5月23日

大阪に本社を置く株式会社パプアニューギニア海産は、エビフライなどの冷凍食品を製造するメーカー。シフト制により人員を管理するのが一般的な工場経営ですが、同社はシフト制を撤廃。パート従業員は好きな時に好きなだけはたらけるという「フリースケジュール制度」を採用しています。そのほか、やりたくない作業をやってはいけない仕組み「嫌い表」など、独自のはたらき方を実践しています。

このような制度が生まれたのは、従業員のストレスを軽減するためなのだと代表の武藤北斗さんは話します。同社の目指す、従業員が心地よくはたらける組織づくりについて、お話を伺いました。

「元気な時は狩に行く。原始時代と一緒です」

パートといえば、事前に決められたシフト通りに出勤するのが当たり前。しかし、そんな常識を打ち破る「フリースケジュール制度」を導入している会社があります。それが、株式会社パプアニューギニア海産です。好きな日、好きな時間に好きなだけはたらく。休みの連絡は「しなくてもいい」ではなく、「禁止」。

一見とてもうまくいくようには思えないこのシステムを、同社は9年間継続しています。これまで、従業員が出勤しなくて困ったことはなかったのでしょうか?

時間を自由にしてから誰も出勤しなかった日は一度もないんです。フリースケジュールがなんで成り立つかというと、はたらけばはたらくほど稼げる時給制のシステムだからです。誰だって1カ月に稼ぎたい金額はあると思うんです。来なければ困っちゃうんだから、来ないわけがないんですよ

フリースケジュールを導入したことで、むしろ従業員の勤務時間は増えたのだそう。さらに従業員の離職率は下がり、平均勤続年数は向上。ベテラン従業員が増えたことで生産効率もアップし、企業の利益は右肩上がり。武藤さんいわく「良いことずくめの制度」なのだそうです。武藤さんがこのユニークな制度を取り入れたのは、従業員のストレスを軽減するのが狙い。

「シフトを組んでその通りに出勤していると、どうしても無理やりはたらかされてる気持ちになってしまうんですよね。パートを選んでいる人というのはそもそも、子育てなどほかにやらないといけないことがある人が多い。それなのにいつも決められた日時に来なきゃいけないとか、休む時に連絡しなきゃいけないっていうのは、ものすごいストレスになるはずなんです。

でも、フリースケジュールならば、そのストレスから解放されます。体調がよくて時間もあれば、人ははたらこうって気持ちになると思うんです。原始時代のはたらき方だってそうだったはずなんですよ。食べ物がなくならないように、元気な時は狩りに行く。元気がなければ休む。その感覚と一緒なんじゃないですかね

今でこそ自由にはたらける制度を導入していますが、元々武藤さんは今と真逆の考えだったそうです。

創業当時はきちんとシフトを組んでましたし、監視カメラを付け、ある程度のプレッシャーを与えながら組織を統制していました。それが工場経営の仕事だと思ってたんですよね。でも、そのやり方では人は辞めちゃうし、職場の雰囲気は良いものではありませんでした。組織が疲弊すれば、生産性も下がり、利益も出にくい。結局、威圧的な経営というのは、上に立つ人がラクをしたいだけなんですよ。

そこから、従業員が自分の生活を大事にできて、争いがない組織を目指すというのは、経営の目線から見ても当然やるべきことなんだって気がついたんです

「好きなことをやる」よりも「嫌いなことをやらない」が大事

パプアニューギニア海産には、ほかにもユニークなルールがあります。それは「嫌いな仕事をしてはいけない」というもの。工場の主要な作業をリスト化した通称「嫌い表」を毎月配り、従業員は自分が嫌いだったやりたくない作業にバツ印を記入します。そしてその月はバツ印を付けた作業には「一切手をつけてはいけない」のだそう。

元々、この制度は好きな作業にマル、嫌いな作業にバツをつける形でスタートしたそうです。従業員がそれぞれ好きな作業をすることができるならば、はたらくモチベーションが上がるのではないか。そう考えていた武藤さんの期待は、見事に裏切られました。

好きな作業にマルをつけていたら、その人が作業を率先してやらないといけない雰囲気になってしまって。従業員の間で『マルを付けたのになんでもっとやらないの?』と嫌な雰囲気になってしまったこともあったんです。そこで、嫌いな作業だけに印を付ける制度に変更したら、これがうまくいったんです。

その経験から、好きな作業をするより、嫌いな作業をしないほうが重要だって気付いたんですよ。それは個別の作業だけでなく、仕事選びにおいても通じることなんだと思います。ぼくだってエビフライを作ることが好きかと聞かれたら、そうでもないですし(笑)」

工場内に貼り出された嫌い表

「好きな仕事をする」ことの素晴らしさばかりが語られがちな昨今の風潮の中で、「嫌なことをしない」という武藤さんの考え方は少し心を軽くしてくれます。大事なのは好きなことを追求するよりも、自信を持ってはたらくこと。それこそが、はたらく人のモチベーションをつくるのだといいます。

「ほとんどの人は好きな仕事ができているわけではない。それなのに『好きを仕事に』と言われたら苦しいですよね。好きじゃないことを仕事にしてもいいんだよってぼくは思います。それに、どんな仕事でも続けていくと、上達したり、こだわりが出てきたりしておもしろくなっていくと思うんです。

たとえば、パプアニューギニア海産はエビフライを作る時に使う水に、徳島県から取り寄せた湧水を使っているんです。やらなきゃいけないことではなく、自分だけのこだわりに近い感じなのですが、そこに妥協はしません。すると自信を持って仕事をすることができる。それがぼくの仕事のモチベーションになっています」

食品メーカーは大口取引先に対して値引きをするのが一般的。しかしパプアニューギニア海産はすべての取引先に卸値を統一している。「セールをすると生産者の利益率が下がってしまう。エビを獲っているパプアニューギニアの人たちの生活を守るために、お店都合のセールはしないと決めています」

結果よりも過程が大事。意見を言いやすい組織をつくるために必要な「対話」

フリースケジュール、嫌い表といったユニークな制度を下支えしているのは、意見を言いやすい環境づくりなのだと、武藤さんは続けます。

パプアニューギニア海産では、正社員やパートといった契約に関わらず、従業員と武藤さんが一対一で話をする時間をもうけており、仕事の進め方や企業の制度のことなどを議論しているのだそうです。

もちろん、従業員から聞いた意見をすべて取り入れることはできません。しかし、すべての意見に答えを返すということを、武藤さんは徹底しています。

大事なのは自分の意見が採用されるかどうかよりも、どういうふうに聞いて考えてくれたかなんです。すると、もし提案が採用されなかったとしても納得してくれるんですよ。反対に意見が採用されたとしても、その理由や決断までの過程がわからないままだと、『じゃあ、なんで今までやらなかったの?』ともやもやが残ってしまう。

なので聞きっぱなしにはせず、必ずその理由を丁寧に説明します。ぼくがそういう姿勢でいると、みんな思ってることをどんどん言ってくれるんです

大事なのは結果ではなく、過程。そう考えるのは、こうした対話を重ねていくことが、従業員一人ひとりの自信を養うからなのだそうです。

自分の意見があっても上司に却下される。するとだんだん意見を言えなくなり、考えるのをやめてしまう。これでは従業員の自信は失われていき、職場環境も悪化していきます。

でも、採用されようがされまいが、上司に提言した時点で、自分でできることはやってるわけじゃないですか。ぼくは結果よりもその過程が大事だと思うんです。そう考え、対話を続けるようにしています

はたらきやすい環境をつくるために重要なのは「変化し続けること」

はたらき方改革が叫ばれ、はたらき方の多様化が進む中で、パプアニューギニア海産の「争わない組織づくり」への取り組みは多くの企業やメディアから注目を集めています。

現在、武藤さんは講演会を行うほか、ブログやポッドキャストを通じて自社のノウハウを積極的に発信しています。継続的な発信が功を奏し、実際にパプアニューギニア海産以外にもフリースケジュールを導入する企業が出てきたのだそう。

導入した企業が現れたことで、やろうと思えばどこでもできるんだって確信しました。そもそも『子どもが熱を出したので休みたい』と言われたのに『それでも来い』なんて言う経営者っていないですよね。結果的に当日欠勤をOKしてるんですから、それって半分くらいはフリースケジュール制度だと思うんですよ。そこの差は『気持ちよく休めるかどうか』だけなんです。

この制度を広めていくことで、はたらきやすい組織を増やすことに貢献できたらと思っています

とはいえ、個人も企業も、大きな変革にはなかなか踏み出せないのではないでしょうか。そう投げかけてみると、「まずは小さくチャレンジしてみては」と武藤さんは続けます。現状に満足していないのならば、変化しなければいけない。そのためのハードルを下げることが変化に向けた第一歩になるのだと言います。

うちも最初はうまくいくか分からず、2週間限定で始めたんですよ。そうしたら思いのほか上手くいった。自分が絶対だと思ってたことが、絶対じゃないんだと気づかされましたね。経営ってそんなことの連続なんですよ。

こういう話をすると、「経営者だからできるんだ」と言われるんですが、本質的には経営者も従業員も同様だと思うんです。一回チャレンジしてうまくいけば万々歳。うまくいかなくても、うまくいかないと気づいたことを喜んだらいいと思います。

失敗を恐れて変わろうとしないのはもったいないし、現状に満足できないままはたらいていたら、本人も苦しいじゃないですか。だから変化することを恐れちゃダメなんです」

「はたらきやすい環境」とは何なのか?その答えは、人や組織の数だけあります。時には、これまでの自分の考え方や世の中の常識をも疑い、恐れずに変化し続けていくこと。「はたらきやすい環境」はその試行錯誤の先に生まれていくのだと、パプアニューギニア海産は教えてくれます。

(文:新原なりか)

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ライター、編集者新原なりか
1991年鹿児島県生まれ。京都大学を卒業後、香川(豊島)、東京を経て、現在は大阪市在住。営業職、美術館スタッフ、ウェブメディア編集者などを経験した後、フリーランスに。アートとビジネスの分野を中心に、幅広い記事を執筆している。

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