全国から注文殺到!マニアックすぎる「ネジ専門店」が採算を無視して30年間続けたこと
1本あたりは小さいけれど、モノづくりには欠かせない重要な部品、ネジ。東京・世田谷区にある専門店「ネジの永井」には、ネジを求める人から通りすがりの親子連れまで、さまざまなお客さんがひっきりなしに来店します。
現在、お店を切り盛りしているのは、2代目店主の永井耕太郎さん。身近なのに意外と知らないネジ・トリビアから、人気店に至った歴史、繁盛の秘訣を伺いました。
悩める人がたどりつくネジ界の駆け込み寺
──それにしてもスゴイ量のネジですね。何点くらいあるんですか?
店内にあるのは5〜6万点。取り扱い自体は15万点以上で、ホームセンターでよく見る一般的なネジから、ウチがオリジナルで製作したネジまでさまざまなものを扱っていますよ。
──なぜそんなに種類が必要なんでしょう?
よくお越しになるのは、車やオートバイ、建築、オーディオ、映像といった職業の方々で、業界によって使うネジが違うんです。たまに引越し屋さんが「ネジを紛失して……」といらっしゃることもあれば、「ホームセンターで紹介されました」と遠方からDIYファンが見えることもよくあります。
皆さんの要望に応えようとすると、どうしてもこんな数になってしまって…実はこれでも足りないぐらいなんですよ。
──遠方からも来客が。界隈ではすでに有名なんですね。
口コミでお越しになる方は多いですね。ときどき茨城県や埼玉県などからも来店されて、「人に聞いてきた」とおっしゃるんです。先日も、「車の改造が趣味で、15点ほどのネジを探してホームセンターを5〜6軒回ったけれど、1点も見つからない…」というお客さんが見えて、ウチに全種類あったので喜んでお買い上げくださいました。
──さすがの品揃えですね。昔からこれだけの種類があったんですか?
いえ、増えたのはここ10年ほど。お客さんの要望に応えていくうちに今のような品揃えになりました。
各地にホームセンターが登場して、皆さんが気軽にネジに触れる機会が増えたことで、ネジに対するニーズも昔に比べてどんどん専門的になっています。それで、ホームセンターで解決できなかった人がウチに来店されるんです。
だから、とにかく難しい問題がもちこまれるんですよ。
──お客さまは東京の人が一番多いんですか?
それが、そうとも言えなくて。コロナ禍中にYahoo!ショッピングやAmazonでも販売をはじめたところ、1年足らずで全国から注文が来るようになりました。まさに”北は北海道から南は沖縄まで”!47都道府県で、まだ注文が入っていないところはもうないですね。
北海道でネジ買ってくれた人が、「その節はありがとうございました」と言って、店頭まで菓子折りを持って来てくれたこともあるんですよ。
まるで“ネジ万博”! 意外なネジのトリビア
──こちらのお店で売れ筋の商品を教えてもらえますか?
たとえば、これ! 「スペーサー」といわれる種類です。スペーサーはバイクのような振動するマシンによく使われています。
バッティングセンターにあるピッチングマシーンのために購入されたお客さんもいらっしゃいました。ピッチングマシーンは、球をバンッと放つ振動によって、どうしてもネジが緩みやすいのですが、スペーサーを使ってみると緩まずガッチリと締まるようになり、球速が上がってコントロールも良くなったそうです。
ほか、珍しいところでは「マイナスの真鍮ネジ」も人気です。アンティーク系のデザイン家具などに使われるんですよ。
というのも、昔のネジって全部マイナスだったから。プラスだと古い感じが出ないので、かつてのイメージのまま家具を復刻させたいというニーズがあるんです。
──後からプラスが登場してきたんですね。一体なぜ?
プラスの方が作りやすくて大量生産に向いているんですよ。ドライバーで回しやすく、使いやすいのもメリットです。ただし、ネジ山にゴミが溜まりやすいので、掃除がしやすいようにあえてマイナスが使われる場面もありますね。
──ちなみに、一度も売れたことのないネジはありますか?
ないです。店内にあるネジは全部売れます。たとえば、これは店の装飾用に買った巨大なネジですが、不思議なことにこれも売れるんですよ。
門前の小僧、習わぬネジを覚える
──お店の歴史についても教えてください。
この店は、新潟から祖父とともに上京した父が創業しました。今年で58年になります。最初、父は製糖会社に勤めていましたが、そこが倒産したので、職安で仕事の斡旋を受けることになりました。その際に「最初に来た職を一生の仕事にしよう」と決めていて、それがたまたまネジ屋だったんです。
そこで独立・開業したのが、このお店。私自身はネジのことを父に習ったことはなく、“門前の小僧”スタイルで幼いころから父の仕事を見ているうちに、自然にネジのことも覚えていきました。父のことでよく覚えているのは、お客さんとの会話がうまかったことですね。
お客さんが「このネジないかな?」と来店されると、親父は棚の上を見るんです。お探しのネジはそこにあるんですが、「ないね」。「本当はあるんだよね?」「いや、ない」「旦那さん、高いところにあがるのが嫌なんでしょう?」というような気のおけないやりとりが、子ども心にも聞いていて楽しかったんです。
バブル崩壊の大ピンチを乗り越える
──正式にお店を継いだのは?
32歳のときでした。ウチでは一般顧客に販売するネジとは別に、メーカーや工場などの法人顧客に納品するネジも扱っていて、当時はそちらが8割を占めていました。今は店頭販売が増えたので、7割くらいでしょうか。
代替わりしたころはちょうどバブルがはじけて、取引先が倒産したり、発注がなくなったりして、後を継ぐなり大ピンチ。なんとか新規顧客を開拓するために、テレビやラジオでピンとくる情報を聞きつけたら、すぐに駆けつけるようにしていましたね。
うちのネジは、パラリンピック種目の「チェアスキー」で使われる競技用車椅子にも採用されているのですが、これを受注したのもそのころです。1998年に長野でオリンピックとパラリンピックが開催され、例の競技をテレビで見ていたのがきっかけでした。
「チェアスキーってずいぶんたくさんのネジが使われているんだな」と思い、すぐにテレビ局にメーカーを問い合わせ、次の日には担当者に会いにいったんです。「少量でもいいから、ぜひウチのネジを。困ったらなんでも相談に乗りますから!」と売りこみました。思えば、こうした形でお付き合いが始まったケースは多いですね。
悩みを聞き続けたことが自信になった
──「困ったら何でも相談に乗ります」は魅力的な口説き文句ですね。
法人の新規開拓をするときは、いつも「絶対にネジのことで何かお困りのはずだ」と思いながら向かうんです。というのも、ネジのことってなかなか相談する場所がないらしいから。ウチに来店されるお客さんたちが、口を揃えて「ここほど話を聞いてくれるお店はほかにない」とおっしゃるほどなんです。
確かにネジはマニアックで、種類も材質も製法も多岐にわたります。法人・個人を問わず、きっとお客さんにとっては分からないことが多いはず。でも、販売店に聞こうとすると「1本何十円かのネジのためにそこまで答えていたら商売にならない」と言われて面倒がられてしまうそうです。
その点、ウチはたまたま親の代から「損得ぬきでとことんやろう」というスタイルで、私もそれを受け継いで、多くの悩みを聞いてきました。結果的に知見やノウハウが溜まり、対応力もついた。問題解決はウチにとって、一番自信があるところなんですよ。
親しみやすい店を目指して大改革
──店頭販売が増えたのも、何かきっかけがあったんですか?
お客さんの入店しやすさ、購入しやすさを重視して、ずっと店内をブラッシュアップしてきました。店を継いだ当時は薄暗い倉庫のようだったので、当時普及しはじめていたコンビニのように自動ドアにして、お客さんが気軽に品物をレジに持ってこられるスタイルに変えたんです。
最近では、ネジの入れものを、紙の箱から透明の引き出しに変えました。お客さんに少しでも早く対応できるように、誰が見てもわかりやすいように、1年がかりで少しずつ詰めかえたんです。
いろんな工夫をしてきましたが、専門店ゆえに、どうしても敷居が高くなってしまうのが悩みでした。もっとお店に親しんでもらう方法はないか、スタッフが知恵をしぼって、ネジとは関係のない安全靴を置いたり、ネジの雑貨を店先にそろえたり。おかげで、女性客や親子連れも来てくださるようになりました。
──親しみやすいといえば、お店のC Mソングもあるそうですね。
シンガーソングライターの臼井ミトンさんが作ってくださいました。ある日、お客さんから「永井さん、ラジオで紹介されていましたね」と聞いて、びっくりして調べてみると、ミトンさんがウチでマイクのネジが緩まなくなるように直してもらったとラジオ番組で話してくれていたんです。
うちのスタッフが番組にお礼のメッセージを送ったことをきっかけに、ミトンさんの番組に出演して、ネジについて話しました。その関係でCMソングを作っていただいたり、専門誌やカルチャー誌の取材を受ける機会に恵まれたり。それらを見たお客さんが足を運んでくださることもあって、店頭販売の割合が増えていきました。
ワガママな人の相談ほどやりがいがある
──跡目を継いで30年、この仕事の醍醐味は?
店頭に立っていると、ネジをあちこち探し回ってウチに辿りついたお客さんと接することになります。そういう人はイライラしているし、言いたい放題で腹が立つこともあるんですけどね(笑)。
ただ、この仕事をずっと続けてみると、わがまま放題の人の方がやりがいがある。一般的に嫌われる人を相手にして、相談に乗っているのが天職なんだろうなと。頼られる喜びが、やっぱりあるんです。
ウチに来るお客さんは超ワガママな人が多いけど、問題が解決できるとそれはもう感動されて!私が「ありがとうございました」と言う前にピタッと敬礼されていたり、お会計で「500円ですね」というと「いや、1,000円でお釣りは要りません」とおっしゃったり。向かいのコンビニでジュースを山のように買ってきて「これ、皆さんで」と差し入れてくれる方も多いんですよ。
しかも、最近ではいろんな人が気軽にお店に来店してくださることも増えて、喜びもひとしお。やりがいのある仕事だな、と今まで以上に実感しています。
(文:矢口あやは 写真:小池大介)
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