「次は〇〇停留所でございます」。アナウンス広告が出来るまでを声の主に聞いてみた
「次は◯◯一丁目、〜〜医院前でございます」。生活の中で何気なく耳にしているバスのアナウンス広告。どのようにつくられているのか、考えたことはありますか?
今回お話を伺ったのは、東京都豊島区に本社を構え、交通広告やアナウンス広告の制作を手がけているケイエムアドシステム取締役兼営業統括の加藤健一郎さんと、多くのアナウンスを担当するフリーアナウンサーの最所千加子さんです。
同社では全国のバス路線のアナウンスを制作しているのだそう。近くの店舗や医院への道順を案内するといった「ローカル」な広告はどのようにつくられているのでしょうか? 知られざる仕事の裏側に迫ります。
停留所の名前も広告枠に。交通広告の知られざる仕組み
──ケイエムアドシステムはバスのアナウンスのほか、駅の看板など、公共交通の広告を幅広く制作されていらっしゃいます。まずは事業の全体像を伺えますか?
加藤:弊社は今年で55年目を迎えるのですが、元々は路上に立っている停留所の制作を行う会社でした。当時は運転手さんの他に車掌さんもバスに乗っており、乗車賃の回収や次の停留所のお知らせを行なっていたのですが、この車掌さんの業務を自動化できないかと考え、音響機器メーカーさんと車載機器を共同開発し、バス会社さんに提案したそうです。
その際、どうせ音声を流すのであれば、停留所付近の店舗さんや医院さんを案内することでお客さんにとっても便利になり、バス会社も頂いた広告費で載機器の導入や音声テープ制作の費用に充てられると考えたそうです。これが、昭和40年代前半のことですね。
そういった考えからアナウンス広告へと発展して、そのほかバス内のステッカー広告や停留所の看板など、商品が増えていったんです。最近だと、ラッピングバス(バスの側面・背面などにラッピングシートを貼り付ける広告手法)のご依頼も増えていますね。
──「◯◯前」のように、停留所名に企業名、店舗名が入っていることもありますよね。あれもアナウンス広告の一つなんですか?
加藤:そうですね。私どもが停留所の近隣の企業さま、店舗さまにご案内をしているんですが、営業に伺うとお客さまもビックリされますね。
──バス停の名前にしませんか? と聞かれたら驚きますよね。
加藤:路線を維持するためには、やはりバス会社も企業努力をしないといけない。アナウンスも、停留所の広告も、それらを運用することで経営の一助になり、地域の皆さまの利便性向上につながると考えています。
──こういった地域の交通広告は地元の企業が中心になって作っているのかなと想像していました。
加藤:ありがたいことに、弊社では全国のバス会社さまとお取引をさせていただいています。自社でスタジオを持っていない企業も多い中で、制作のためのスタジオを構えていることが全国のバス会社から任せていただけている、大きな要因かなと思います。
「改正」といって、バス会社さんも実は細かくアナウンスの変更しているんですよ。コロナの注意喚起の音声を急いで制作したりとか。営業から制作までを一手に請け負うことで、そういった細かいニーズに応えることができ、リピートいただけているのかなと。40年、50年と継続して出稿いただいているお客さまも少なくないですよ。
──そんなに長く。確かに、いつも耳にする「おなじみ」のアナウンスってありますよね。
加藤:長く契約してくださるのは町の医院さんですね。リーマンショック後は質屋さん、コロナ禍では家庭教師、つい最近ですと旅行代理店さんが増えるといったように、時流に合わせてお客さまの層も変化しています。
──アナウンス広告だと、引き受けられる広告枠の数は限られると思うのですが、新しいお客さんが入り込む余地はあるのでしょうか?
加藤:アナウンス広告は基本的に一年または二年の契約で、期間満了前に営業が各社に継続の確認を行います。そこで空き枠が生じると、そのエリアの営業社員が近くの企業だったり店舗さんにご案内を差し上げるんですね。
なので、いつでもというわけにはいかないのですが、新しいお客さまも大歓迎ですよ。とはいえ、やはり地域に根ざしたビジネスをしている方が多いというのは共通しているかもしれません。
「土地の言葉を大切に」「個性はいらない」。アナウンス広告ならではのナレーション
──地方のバス路線だと、方言でアナウンスを読み上げることもあるんでしょうか?
最所:東北なら東北弁、関西なら関西弁というように「土地の言葉」でやってほしいというニーズがあります。地元の方にすっと受け入れていただくためには、やはり地元の言葉を使うこともあります。
──関西でも大阪と京都ではイントネーションが違いますよね。
最所:それが難しいところで。大阪でも梅田と岸和田でもまた違うんですよね。なので、地元の方にアドバイスをいただきながら、ですね。「おもろいで」という1つの短い言葉でも、何度もリテイクを録ることもありましたね。関西は、ほかの地域よりも厳密に再現することを求められます。
──微妙なニュアンスまでを再現するのは難しそうですね。
最所:やはり言葉には、その土地の方のこだわりやプライドが宿りますからね。「平準的なイントネーション」よりも、「その地域での普通」が重要なんです。その時はひたすら関西弁の音声を聴いて、体に入り込むまでトレーニングをしていました。
地方の案件は楽しいですけど、「標準語で喋ってください」というのが一番ホッとしますね(笑)
──バスのアナウンス広告のナレーションが、ほかのナレーションと違うのはどんなところですか?
最所:「個性を無くす」ことですね。アナウンス広告は前任者のアナウンスと同じトーンで読まなきゃいけないんです。アナウンサーの仕事って一般的には毎日違う情報を読み上げるものですし、「個性で勝負」という場面もあるので、まったく同じ表現を求められることはあまりないんですよ。
──トーンを統一するのはなぜなのでしょう?
最所:たとえば50周年を迎えた企業が次年度も継続してCMを作るとします。すると「51年」という部分だけ収録することもあるんです。なので全体に統一感を持たせるために前任者が読んでいるイントネーションとか雰囲気を再現していく必要があります。
また、前任者が自分だとしても去年の自分と同じ表現が求められるので、声優さんと同じように声が老けてもいけないんですよ。
──声も老けてはいけない、というのは大変なことですね。たとえば、アナウンサーの方が変わるとお客さまは気づくのでしょうか?
加藤:それはもう。
最所:すぐにバレますよね。
──同じトーンの表現を目指していても、分かるものなんですね。
最所:こんなに分かるものなんだと、ビックリするぐらいですよ。「良くなった」「前の方が好きだった」などさまざまな反応をいただきますよ。
──毎日乗車する方にとっては風景の一部ですもんね。
加藤:特に子供さんなんかは駅までの社内の放送を一言一句覚えている方もいますからね。以前アナウンスを変えた時に、小学生から「前の方がいい」という厳しいお言葉をいただきました(笑)。
出張先に2ヵ月滞在することも。地域の「なじみ」になるために必要な視点
──これまでのお仕事で、特に記憶に残っているアナウンスはありますか?
加藤:「待ってるわん」というアナウンスの中に、犬の鳴き声を入れたいというペットショップのクライアントを担当したことがありました。
──「わん」を犬の声で、ということですよね。
加藤:そうです。初めてのことでしたから、一応事前にバス会社さんに相談し、了承を得てから制作し始めたんです。犬のアナウンスの収録なんて初めてでしたから、制作陣もこれでいいのかと、正解が見えないままとにかく作っていたんです。
そしてそれを流してみたら、テレビとかラジオで取材いただくことになったそうで、お客さまにもお褒めいただいたんですよ。
──犬の音声が入っているアナウンスというのは、これまでなかったんですか?
加藤:少なくとも私が担当させていただいていた数百社の中では初めてでしたね。
最所:こだわりの強いお客さまはいらっしゃいますよね。音声データと一緒に「こうやって読んでください」というオーダーがあったりとか。
──おもしろいですね。バスのアナウンス広告を作る上で、お二人が大切にしているのはどんなことなのでしょう?
加藤:やはり「聞きとりやすいこと」以上に大切なことはないですね。お客さまからお叱りのお電話が入ったりすることがあるんですよ。「何時何分のバスで聞こえなかった」と。それでバス会社さんに確認してみると、何らかの理由で音量が小さく設定されていたということもあります。
ナレーションは制作するだけでなく、みなさまの耳に届いて意味があるものですから、そこまでをしっかりとケアしていかなければならないんです。
最所:私もやはり「聞きやすいこと」ですね。バスのアナウンスって耳で聞く地図だと思っているんですよ。
──地図、ですか。
最所:「どこどこにお越しの方はこちらでお降りください」というアナウンスって、よくありますよね。中には「停留所からどこどこ交差点をまっすぐ、右へ曲がってすぐです」という風に、道順を紹介することもあります。
なかなか目的地に辿り着けない方もいらっしゃいますし、高齢者の方だとスマホで地図を見ることも難しいかもしれない。
だけど、毎日聞いていると「アナウンスで東口って言っていたな」って意外と覚えていたりするんですよ。必要としているお客さまのお役に立てるよう、聞き取りやすく、理解しやすいアナウンスというものを心がけています。
加藤:それは、アナウンサーだけでなく、営業社員も気をつけているところですね。というのもアナウンス広告の元原稿は営業社員が中心となって考えていくんですよ。
──コピーライターのような業務もされているんですね。
加藤:そうですね、兼業コピーライターという感じで。自分が書いた原稿が公共交通機関の中で読まれるので、その緊張感を持とうとは伝えていますね。
最所:店舗のアナウンスなんかはお店の購買の行動につながるかもしれないので、いかに「魅力的にするか」は大事ですよね。
──営業の方はそのエリアの企業やお店の魅力を表現するわけですよね。地方など、土地勘がないエリアの魅力をどのように見つけていくのでしょうか?
加藤:やはり、現地に足を運ぶ。それに尽きますね。私も営業時代に北海道から九州までいろんな場所に出張しましたけれど、1つのエリアにつき1ヵ月から2ヵ月ほど滞在します。そして生活者の目線に立てるように努力するんです。
──そんなに長く滞在されるのですね。
加藤:営業の担当者は可能な限り「現地の人」の目線にならなきゃいけないと思ってるんですね。そのために、小さなことですが出張中はテレビもその土地の放送局を観るとか、ご飯を食べるにしてもチェーン店ではなく現地の店でその土地のものを食べる、なんてことを心がけていますね。
──そのエリアの魅力を発見するためには、まずはその土地を好きになることが大切なんですね。
加藤:やはり、実績がある営業社員ほど、その地域のことが好きになっている傾向があるんですよ。
弊社は「地域の『なじみ』の場所を広げる」ということをミッションにしています。なので、まずは自分たちが「なじみ」にならなければいけない。時間はかかりますが、そうやって泥臭く足を動かしながら、多くの地域の魅力を伝えていくお手伝いをしていきたいと思います。
(文:高橋直貴 写真:宮本七生)
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