「日本一危険な動物園」が、廃業危機から登録者数28万人のYouTubeチャンネルを生むまで

2023年9月1日

「日本一危険な動物園」と呼ばれ、全国に名を馳せる動物園があります。北海道札幌市の山あいにある「ノースサファリサッポロ」。猛獣への餌やり体験や、足を滑らせるとワニのいる池に落ちてしまう一本橋……約1時間もあれば園内を回りきれるほどの規模感ですが、その斬新さがメディアから注目を浴びてきました。

しかし、2020年4月、同園は廃業の危機に陥ります。コロナ鍋で休園が長引き、16万人を超えていた年間来園者数が、約9.5万人にまで激減したのです。このままでは、動物たちの健康も維持できなくなってしまう——。そんな中、藁にもすがる思いで始めたのが、公式YouTubeチャンネルでした。

「日本一危険な動物園」と呼ばれるきっかけになった「デンジャラスの森」の一角

YouTubeチャンネルのほぼすべての動画に出演するのは、元飼育員の「動物おねぇさんのもりちゃん」こと森美沙子さん。チャンネル登録者数は3年で28万人に急成長し、現在、「動物園の公式YouTubeチャンネル」としては「東北サファリパーク」、「長崎バイオパーク」に次ぐ国内3位となっています。それに伴うように客足も増え、2023年度はコロナ前を超える、17万人の来園が見込まれています。

ノースサファリサッポロはYouTubeを通じて、どのように廃業の危機を乗り越えたのでしょうか? 動画出演を機に広報に転身した森さんに、その軌跡を伺います。

「その場で採用が決まった」獣医志望から飼育員へ

ノースサファリサッポロは2004年に、「体験型ふれあい動物園」としてオープンしました。

今や138種類、約500頭の動物を飼育する同園ですが、2010年に森さんが入社した当初は限られた頭数しかおらず、年間来園客数も現在の約3分の1となる6.4万人ほどでした。

「一番サイズの大きな動物は馬でした。あとは小動物や、ペンギンやペリカン、海洋生物たちが中心でしたね」

森さん自身は、札幌生まれ札幌育ち。小学生では水泳や少林寺拳法、中学でテニス、高校で陸上に明け暮れるほどスポーツ好きな少女でした。アニメなどで動物を模したキャラクターを目にするうち、「動物」という存在にも自然と惹かれていきます。

「小学生の時、飼育係にどうしてもなりたくて。でも、競争率がすごいので毎回じゃんけんだったんです。私はじゃんけんが弱いので、一度もなれないまま6年生が終わってしまいました。中学に入ってからもずっと『犬を飼いたい』って言い続けたんですけど、すぐには難しくて。その反動で、動物のことがもっと気になったのもあるかもしれません」

高校2年生のころ、少女漫画雑誌『花とゆめ』の人気連載だった、『動物のお医者さん』という漫画に夢中になります。大学の獣医学部を舞台に、主人公たちが、厳しい国家試験を乗り越えて獣医になるまでを描いた物語です。

「獣医さんって、すごいな……」

森さんはそう思い、獣医に憧れますが、その難易度の高さも漫画で実感。まずは動物看護師を目指すことにしましたが、専門学校在学中に「動物の命にかかわる責任の重い仕事を、ずっと続けていく覚悟が自分にあるのかな……?」と思い直し、卒業後はいったん飲食店ではたらきます。

しかし、動物への思いは消えず、求人誌で偶然見つけたノースサファリサッポロの飼育員に応募。その場で採用が決まったのです。

「そうしたらもう、みんな(動物たち)が可愛くてしょうがなくて」と入社当時を振り返る

「喋りのうまい飼育員になりたい」

入社2年目の時、森さんは、静岡県にある「あわしまマリンパーク」に2週間の研修へ行きます。園でオタリア(アシカやトドに似た海洋生物)を受け入れることになり、飼育方法や、トレーニングの仕方を学ぶためでした。そこで目にしたのは、オットセイやオタリア、アザラシのショーを華麗にこなすベテラントレーナーたちの姿。

「男性女性関係なく、トレーナーの方たちがすっごく格好良くて。見た目がスタイリッシュなのももちろんですが、とにかくトークや、動物たちの魅せ方が上手。こんな風になりたいな、と思いましたね」

その2、3年後、森さんは偶然、人気の園内イベント「アヒルのレース」の実況役を任されます。6羽のうちどのアヒルが1位になるかを観客が予想し、森さんは、アヒルたちが走る様子をマイクで実況するのです。

それまでもイベントを担当することはあったが、レースの実況は初めてだった

「もともと喋るのは不得意なんですよ。友人と複数でいる時も、私はあまり喋るほうではなくて。アヒルのレースの実況も、最初は全然うまくいかなかったんです。でも、ふと“競馬の実況”を参考にしてみようと思って、YouTubeで観てみたんですね。そうしたら、『1番◯◯!2番××!3番△△! 』と息継ぎせずに喋っていることに気付いて。

じゃあ、空白をつくらないためにはどうしたらいいんだろう? と、大食いYouTuberさんのナレーションや、水族館、動物園のショーを見て研究しました」

そのうちに森さんは、「喋りのうまい飼育員になりたい」と思うようになります。

イベント前には、人も動物もいない会場で喋る練習をしたり、毎朝車で30分の通勤時間にラジオを聴いて、イントネーションのつけ方を勉強したりしました。

ノースサファリサッポロ自体も、2013年にライオンを迎えたことで来園者数が増加。2014年には、「フクロウとキタキツネの森」が「デンジャラスの森」にフルリニューアルし、その展示方法の斬新さや動物との距離の近さから、一部のファンからこう呼ばれるようになりました。

「日本一危険な動物園」

同年、日本テレビ系列『天才!志村どうぶつ園』で取り上げられ、全国的に知名度が上がったことで、年間来園者数が12万人を超えました。

「デンジャラスの森」に入るには、「何があっても自己責任」と誓うために誓約書にサインする必要がある。こうしたアイデアはほとんどが社長の発案で、森さんやスタッフたちが、実現を果たすために試行錯誤してきた

YouTube効果でクラウドファウンディングを達成

しかし、コロナ禍の試練が訪れます。

「いつまで続くんだろう……早く入園できるようになってほしい」

森さんはそう願うしかありませんでした。先の見えない不安から、転職を本気で考えるスタッフも出てきました。

2020年5月、公式YouTubeチャンネルと、経営再建のためのクラウドファンディングをスタートした同園。

「YouTubeは、始める一週間ぐらい前に突然任命されて。とりあえず1本撮ってみようか? ということで、こんなんでいいのかな? と思いながら、もう一人の担当者にスマホで撮影してもらいました。緊張は、イベントを担当してきたお陰であまりしなかったです。耐性がついていたんでしょうね。私は1対5で話すより、1対200や300で話すほうが得意なんだと思います」

(公式Youtubeチャンネル)
https://www.youtube.com/@northsafari-sapporo
YouTubeでは、「トラに肉の塊を与えたら衝撃の結末!!」や、「ライオンに初めてのマタタビをあげたらまさかの展開に!?」といった実験系のほかに、閉園後の動物たちの帰宅シーンなど、普段は見られない動物園の裏側も紹介している

ところがYouTubeも、はじめから成功したわけではありません。

「最初は、再生数もチャンネル登録者数も全然増えなくて。コメント欄も、アンチコメントがついていたらどうしよう?と怖くて、見られなかったんですよね。でも、編集を依頼していたプロデュース会社から『コメントはできるだけ返信したほうが喜んでもらえるよ』と助言があり、恐る恐る見てみたら、あら? 優しいぞ? って。『頑張れ!』と応援してくださる方もいて、ああ、世の中って優しい人がたくさんいるんだ……と感動しました」

開設から約1カ月が経ったころ、ある動画がYouTubeの「おすすめ」に掲載されます。すると一気に再生回数が伸び、チャンネル登録者数が1万人、2万人と増えていきました。

そこについたのは、「動物が可愛い」という趣旨のコメントはもちろん、

「もりちゃんの愛情に癒される」
「動物を立ててあげるもりちゃんが素敵」

といった、森さんが動物を大切にする姿を微笑ましく思う声でした。

また、「ヘビの抜け殻アクセサリー」や、「ライオンが本当に噛んだり引っ掻いたりしたダメージジーンズ」といった目新しい返礼品が話題を呼んでいたクラウドファウンディングも、森さんがYouTubeで紹介したことで、瞬く間にSNSで拡散されます。

最終的に、目標金額の156%、3,900万円以上の支援が集まったのです。

ライオンダメージジーンズは70,000円という決して安くない支援額にもかかわらず、36人から支援があった

オール5ではなく、たった一つの得意を伸ばす環境

いち飼育員だった森さんがYouTube担当に任命されたのには、実はある経緯がありました。

「昔は、今40数名いるスタッフが15名ほどしかいなかったので、受付スタッフが休みの日には飼育員が受付を担当することがあったんですね。でも、初めて私が受付をやった日、もうダメダメで。まず計算を間違うので、レジをなかなか締められないんですよ。細かい事務作業も苦手で、それなのに負けず嫌いで、『いや、できます!』って諦めずやり続けてしまうタイプで……」

そんな森さんを見ていたのか、社長は以降、イベント担当やマスコミ対応など、森さんに“表に出る”仕事を中心に任せるようになったと言います。

森さんいわく、社長は「オール5の人間を育てるよりも、たった一つの得意を伸ばすほうが会社全体にとってもプラス。むしろ、スタッフがたくさんいるのはそのためだ」という考えの持ち主。YouTubeも、一度撮影した動画がボツになることはほぼなく、9.5割が公開されていると言うので驚きです。

園内を歩く森さんに、「YouTube観ています!」「もりちゃんに会いたくて来ました」と声をかける20代前後のカップルも。YouTubeを観て本州から足を運ぶお客さんも多い

2023年2月、TBS系列『サンドウィッチマンのどうぶつ園飼育員さんプレゼン合戦 ZOO-1グランプリSP』から出演のオファーを受け、なにわ男子らゲストと共演した森さん。

「(テレビに出るようになった)実感は今も全然ないですね。これが女優さんみたいに、みんなが私に注目しているならものすごいプレッシャーだと思うんですけど(笑)私は本当に、自分が好きだと思う動物たちの一面を紹介しているだけなので」

ノースサファリサッポロではたらく中で、森さんは、自らのもう一つの「好き」にも出会いました。それは、ゼロから企画を立てて何かをつくっていくこと。

「ノースサファリを自分たちの手で変えていくのは、めちゃくちゃ面白かったです。ほかに思い出に残っているのは、コロナ前まで6年間やっていた『アニマルからくリレー』。もともと某テレビ番組内の企画で(嵐の)相葉くんがでつくってくれたものなので、ゼロからとは言えませんが、それをもとに私がリニューアル版をつくったんです。

出張へ行く飛行機の中でも、ずっと設計図を描いて……10種類の動物が安全に移動できて、かつお客さんも楽しめるように設計しないといけないので、本当に、寝ている時間以外はずっと考えていましたね」

ピタゴラスイッチのような仕掛けの中を動物たちが通り、ゴールを目指す「アニマルからくリレー」。食物連鎖を含め、動物の安全性を確保するのに苦労したと言う。イベント実施時はもちろん、森さん自身が実況を務めた

公式YouTubeチャンネルも、開設当初は外注していた動画編集を、現在は森さん自身が行っています。2020年には広報に任命され、飼育員を卒業し、園を支える側になりました。

「入社したころは、ずっと飼育員をやるんだろうなと思っていたので、まさかYouTubeに出るとは思わなかったです。でも、動画や広報を通じていろいろな方に出会える今のポジションが気に入っているので、このまましばらくは頑張りたいです」

会計や受付などの事務作業では失敗の連続。けれども「喋り」の分野では、飛び抜けた才能を発揮した森さん。ノースサファリサッポロではたらく中で、自分が楽しんでできることは何か? も見つけました。

「人前に出るのが得意な人もいるし、そうじゃない人もいる。私が苦手な細かい事務作業も、反対に得意な人もいる。みんなが自分のできることをやって、みんなが幸せにはたらけるなら、それが一番いいって思います」

ノースサファリサッポロでは、森さん以外のスタッフも、手先の器用さを活かしてオリジナルグッズを制作したり、フクロウの調教経験を活かして結婚式場の演出に携わったりして活躍しています。同園が廃業寸前から再起を果たした理由の一つには、“スタッフ一人ひとりが得意を伸ばせる環境”があるのかもしれません。

(文・写真:原 由希奈 画像提供:有限会社サクセス観光)

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ライター原 由希奈
1986年生まれ、札幌市在住の取材ライター。
北海道武蔵女子短期大学英文科卒、在学中に英国Solihull Collegeへ留学。
はたらき方や教育、テクノロジー、絵本など、興味のあることは幅広い。2児の母。
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