SNSで話題沸騰!『おたる水族館』の、人びとを笑顔にする“グッズ開発”の裏側

2023年10月23日

2023年8月、X(旧Twitter)で大きな話題となった商品があります。北海道小樽市にある「おたる水族館」の、ミニタオルです。

一見どこにでもありそうなミニタオルの、いったい何がそんなに注目されたのでしょうか?

よく見ると、パッケージの右下に、「飼育はしていません。勝手にいます」と記載されています。この文言が、

「面白すぎる」
「最高」

という反響を呼び、5万件以上の「いいね」を集めたのです。

このミニタオルを開発したのは、同水族館で36年間はたらく、総務部の村上小百合さん。営業や旅行企画・労務管理など、幅広い業務をこなす村上さんは、1階にある売店のスタッフも務めています。

「勝手にいます」シリーズは、「ハシボソガラス」、「ウミネコ」、「オオセグロカモメ」、「スズメ」の全4種類。それぞれ2、3カ月毎に50枚ずつ入荷しますが、すぐに売り切れると言います。中でも人気があるのは「ハシボソガラス」で、同シリーズの人気を受けて発注した「カラスのぬいぐるみ※」も即完売し、入荷日未定となっています。

水族館のグッズがこれだけの人気を集める背景には、どのような工夫やアイデアがあるのでしょうか?村上さんに伺うと、そこには並々ならぬ「こだわり」が込められていました。

ミニタオルは1枚あたり税込500円

※「カラスのぬいぐるみ」はおたる水族館のオリジナル商品ではありません

発売当初は売れなかった

「実は、3年前に発売した当初はあまり売れていなかったんです。カラスなんかは苦手な方もいらっしゃいますし、ウミネコもカモメも、『すごく好き』という方はなかなかいないと思います(笑)」

村上さんは、発売当時のことをこう振り返ります。これらの生き物は、そもそもなぜ商品化されることになったのでしょうか?

2019年の冬、村上さんは、新商品の案が思いつかずに悩んでいました。おたる水族館のグッズは、その大半を売店スタッフが企画・開発しています。主に開発に携わる売店スタッフは、村上さんを含めて女性3人。

「皆こだわりがものすごく強くて、アイデアをいっぱい出してくれるんですよ。イラストが得意なスタッフもいて、『こんなのはどうかな?』って、ささっとラフ画を描いてくれたり……」

スタッフ同士で話し合ったり、製造メーカーに相談したりするうちに出てきたのが、「カラスってどう?」という案です。

というのも、おたる水族館では以前から、屋外でのペンギンショーに紛れ込む「カラス」がひそかな名物となっていました。ごほうびの魚を横取りするため、ペンギンたちとバトルになるのです。水族館は海に面しているため、カモメやウミネコもやって来ます。

おたる水族館から望む景色

ちなみに、この時点ですでに彼らが登場するグッズは10種類ほどあったのですが、彼らが「主役」のものはまだありませんでした。

脇役として登場するグッズは以前からあった

「カラスをつくるなら、カモメとウミネコも必要だよね」

そう考えが一致し、まずはミニタオルをつくることにしました。

「ウミネコはカモメの一種なので、普通なら『カモメ』にまとめると思うのですが、そこはおたる水族館のこだわりで、『オオセグロカモメ』と『ウミネコ』は別物だから分けよう、と。カラスも、ショーには『ハシボソガラス』と『ハシブトガラス』の両方が紛れ込んでくるんですよ。それで、過去のショー動画を観て、ハシボソのほうが多いと分かったので、製造メーカーに『ハシボソガラスでお願いします!』と伝えました」

グッズの製造は、愛知県にあるメーカーが担っています。デザインを担当するのは、このメーカーに在籍する女性デザイナー。10年以上前からの付き合いで、「“うちらしさ”を分かってくれる。最初から『うちはこういうのを喜ぶだろうな』というデザインを的確に起こしてくれる」(村上さん)のだと言います。

「勝手にいます」シリーズのイラストを手掛けたのも、この女性デザイナー。村上さんが彼女に、「実際に飼育はしていないことを注意書きで入れてほしい」と伝えたところ、

「※飼育はしていません。勝手にいます」

という一文を加えてくれたのです。

2020年1月、無事に店頭に並んだ3種類のミニタオル。ところが、売れ行きはいまひとつでした。

「イルカやカワウソ、アザラシのように断然売れるものは一回あたり200枚ほど発注するのですが、この子たち(カラス・カモメ・ウミネコ)は、最初は少なめに、50枚を仕入れて、減ってきたらまた50枚追加しようと思っていました。ただおそらく、各20枚も売れていなかったと思います」

2021年6月、コロナ禍の臨時休業で、売店の売上がゼロに。村上さんは、慣れないWebサイトづくりに試行錯誤しながら、10日かけてオンラインショップを開設しました。

それからしばらくは変化がなかったものの、2023年8月、村上さんがオンラインショップの在庫を確かめていると、ミニタオル3種類の残数が少ないことに気付きます。

「あれ?おかしいな、と思ったのが正直なところでした。横にいたスタッフに『これ、変なんですけど』と聞いたら、傍にいた取締役が、『ああ、だってネットでバズっているもん』って(笑)。うちは、売店とオンラインショップで在庫を分けているわけではなくて、売店スタッフが合間をみてオンラインショップで注文が入った分も発送しているんですよ。ちょうど夏休みシーズンだったので売店が混んでいて、皆で一生懸命梱包しました」

在庫はそれぞれ30枚前後しかなく、一瞬で完売。すぐに発注をかけたものの、入荷までには約1カ月かかります。ミニタオルの周りの縫い目を、製造メーカーが提携する内職スタッフが一枚一枚ミシンで縫っているためです。

“地味な魚”も見てもらいたい

売店スタッフの域を超えてグッズ開発まで行う村上さんは、これまで、どのようなキャリアを歩んできたのでしょうか?

村上さんは1987年、高校卒業と同時におたる水族館に入社しました。「自宅から近いし、生き物も好き」という理由で応募した村上さんが最初に任されたのは、魚(さかな)類の飼育員。

「ほとんど知識もないまま入社したので、大変でしたね。上司や先輩に教えてもらいながら、図鑑を調べて『この魚とこの魚は似ているけど、◯◯が違うから別の種類だ』と勉強して。水族館のグッズは、魚のことを知らないとなかなかつくれないので、この経験が今のものづくりにつながっているんだと思います」

「たとえば魚が泳いでいるところをイラストにする時、実際の泳ぎを知っているほうが体の曲がり具合などを自然に描けますし、『チンアナゴは普段砂の中にいるけれど、フンをする時だけ肛門まで砂から出る』ということを知っていれば、商品開発にも活かすことができます」

飼育員時代は、ウーパールーパーやミズクラゲ、ピラニアの繁殖も成功させた村上さん。苦手な魚もいましたが、飼育をするうちに愛着が湧いてきました。中でも「地味な魚」は大好きだったと言います。

村上さんが一番好きだという「フサギンポ」。「ボンッと厚い唇とか、ずっと見ているとこちらをチラ見する感じが人間っぽくて、今も大好きです」(村上さん)

「お客さんに人気があるのは可愛らしい、綺麗な生き物なんですけど、北海道の海って実は、茶色やグレーをした地味な魚のほうが多いんです。ホッケやニシン、ギンポ類なども、岩や砂の多い北の海に馴染むように地味な色をしている。そういうところもじっくり見てもらいたいな、という意識が、このころからありました」

村上さんの「地味な生き物」への思いは館内だけに留まらず、入社以降、自宅の庭に来るカラスにも名前をつけたり、話しかけたりするように。

「カラスって、表情が豊かなんです。頭もいいので、話しかけると首を傾げたり、こっちを見てきたりして可愛いんですよ。それを分かってくれるスタッフもいて(笑)、ミニタオルをつくる時にも『カラスいいよね!』と盛り上がりました」

入社7年目のころ、総務課へ異動になった村上さん。売店スタッフの仕事をしながらグッズの企画も考えるようになり、2010年ごろからは、製造メーカーとのやりとり、発注まで一貫して行うようになりました。

おたる水族館の「こだわり」とは

そんな村上さんが主導するからこそ、おたる水族館の売店には、ほかでは見たことがないような商品が並びます。たとえば、「ホタテ」のミニタオル。

「2022年に小樽で『おタテ祭り』があった時につくったもので、一面にホタテが描かれています。最初はホタテを小さくして、余白に“ホタテ”と書こうとしたんですけど、それだと『蝶つがい』という部位が見えにくくて。デザイナーさんにいろいろな大きさのデザインを起こしてもらい、『もう少し大きく!』『もう少し小さく!』と修正を重ねてたどり着いたのが、この大きさでした」

黒い「ウロ」の上に少し出ている茶色の部位が「蝶つがい」

デザインの修正依頼は、多い時で5〜6回にも及びます。そのあまりの思い入れの強さに、製造メーカーから「(修正は)あと一回で勘弁してもらえませんか」と泣きつかれたこともあるそうです。

「新商品をつくる時に気を付けているのは、“おたる水族館らしさ”です。うちって、一般的な水族館で定番人気のイルカやアザラシよりも、マイナーな生き物を取り上げることが多くて。特にイルカは人気なのでつくれば売れるのですが、イルカのものって世の中に溢れているじゃないですか。なので、新しくつくらなくてもいいかなって」

村上さんは、新商品をつくる時に意識していることが2つあります。

一つは、すでに世の中にあるものをつくらないこと。自分たちでアイデアを思いついたり、製造メーカーからデザインが上がってきたりすると、必ずインターネットで画像検索をして似た商品がないかを確認。もしあれば、製造メーカーに「すみません、却下でお願いします」と伝えることもあります。

もう一つは、生き物を擬人化しないこと。

「動物福祉の観点と、『自然の姿で動物を見せたい』という理由から、生き物にリボンをつけたり帽子を被せたりする擬人化はやめよう、という決まりが社内にあるんです。ポスターに動物の写真を使う時も、あたかも動物がしゃべっているように見せる“吹き出し”はつけないようにしています」

そのこだわりが利用客にも伝わっているのか、“つくっても売れなかった商品”はほぼありません。唯一、「オオカミウオのおかみさん」というシリーズは「私は好きなんですけど、グロテスクな感じがあまり受け入れられなかった(笑)」そうですが、それも、仕入数の1,000個を売り切りました。

「うちの注文は細かいので、製造メーカーさんは大変だと思います。すごく感謝していて、デザイナーさんもおたる水族館の一員だと思っているんです」

バズったのは、“愛”が伝わるから

グッズ開発の流れも独特です。一般的な「企画書を出し、上司や社内の賛同が得られてから制作」という決まりはなく、おたる水族館ならではの“ゆるさ”があります。

「あまり干渉されることがなくて、すごく自由にやらせてもらっているんですよ。もちろん、ロット(最低限の仕入れ数)が多くなりそうな時は『こういう商品をつくってもいいですか?』と社内に伺いを立てるのですが、それで却下されたことはまずなくて。ミニタオルの新しい柄や、オリジナル商品をつくる場合も、売店スタッフ同士で話して、『じゃあ、入れてみよう!』とそのまま進めることが多いです」

2022年4月、「勝手にいます」シリーズは「スズメ」が加わり、全4種類になりました。

今回バズったことについて、

「なんでバズったんでしょう?なんでなんだろ(笑)」

とあらためて首を傾げ笑う村上さんは、

「今一番つくりたいのは、おたる水族館のマスコットキャラクター『ペン太くん』をモチーフにした新たなグッズです。ペン太くんは、約10年前に私がラフ画を描いたものなので、やっぱり思い入れがあって」

とも語ります。

村上さんが売店の仕事の携われる時間は、実はごくわずか。実際はその他の業務に忙殺され「大変なことのほうが多い」そうですが、“売店のグッズ開発”のような「楽しいと感じる作業」に幸せを見出し、36年間はたらいてきました。

今回のシリーズが話題になったのは、これまでなかった商品であること、X(旧Twitter)では「素朴なもの」が好まれやすいこと。また、水族館に生き物たちが勝手にいる様子が目に浮かび、クスッと笑えること。そして何より、そんな生き物も仲間の一員にしてしまう村上さんたちスタッフの愛情が、ユーザーの心を癒したからではないでしょうか。

(文・写真:原由希奈 画像提供:株式会社小樽水族館公社)

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ライター原 由希奈
1986年生まれ、札幌市在住の取材ライター。
北海道武蔵女子短期大学英文科卒、在学中に英国Solihull Collegeへ留学。
はたらき方や教育、テクノロジー、絵本など、興味のあることは幅広い。2児の母。
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