大横綱も絶賛!大相撲の土俵をつくる土ソムリエの仕事とは
力士が日々熱闘を繰り広げる大相撲。その「土俵」に注目したことのある方はそう多くないのではないでしょうか?大相撲の土俵に使われているのは「本荒木田(ホンアラキダ)」と呼ばれる土。粘り気があり滑りづらいという特徴から、相撲だけでなく野球のピッチャーマウンドなどにも使われています。
この本荒木田を大相撲全場所に納入しているのが川越市にある初野建材工業。同社には、本荒木田を扱うための部署「荒木田特販部」という部署が存在しているのです。
その部長であり「土ソムリエ」である内田英明さんに、マニアックすぎる土へのこだわりと、その仕事の魅力を語っていただきました。
土俵に1,000人乗っても大丈夫。力士を支える「本荒木田」とは?
──初野建材工業が大相撲本場所へ土を納入する様子がTVで特集されているのを拝見しました。どのような経緯で大相撲の仕事をすることになったのでしょうか?
もともと弊社は荒木田土を取り扱っていて、テニスコートやゲートボール場に納品していました。そんな折、高崎市内での地方巡業場所にこの土を納品したところ呼出さん(ヨビダシ:大相撲の取組で力士の呼び上げをはじめ、土俵整備や太鼓叩きなどを担う競技の進行役)に、「この土はいいね」と言っていただいて。2017年の夏場所に土俵が壊れる事故がありました。もともと大阪・名古屋・福岡と各地の土を使用していましたが、全国統一にしようという動きもあり新たに業者を探していたときに、何社かの候補の中から弊社を選んでいただいたんです。その後、2017年の秋場所から大相撲全場所の土俵の土として「本荒木田」を納入させて頂いています。
──「本荒木田」とはどのような土なのでしょうか?
本荒木田のもととなるのは土壁などにも使われている粘土と砂質土の混合物です。荒川は何度も氾濫を起こした暴れ川。何度も洪水を繰り返すたびに流されてきた粘度と砂が程よく混じりあい、乾くととても硬い丈夫な荒木田土となりました。荒川沿いで採れる土なのですが、最上流の秩父のほうだと砂が多くて硬い。かつては下流の足立区あたりが産地だったのですが、今はもう川沿いに建物が建ってしまい採取することができなくなりました。その結果、だんだん採れる範囲が上流に上がってきて、今は川越周辺が良質な荒木田土の採取場所となっています。
採取した荒木田土は品質にばらつきがあります。弊社では採取した荒木田土を倉庫にて品質管理を行い、その土を「本荒木田」として商標登録しています。
──1日に何人もの力士が土俵に上がって闘うわけですから、崩れない強度は必須ですよね。
相撲って1日に約150取組行われるんですよ。単純計算で300人の力士が土俵に上がる。そのほかに呼出、行司、取組が終わるとまた呼出さんなど、土俵入りなども含めると、毎日1,000人近くが乗っていることになります。それに耐えうる強度は必須ですし、競技のしやすさも求められます。
──どんな土が土俵に適しているのでしょうか
力士がぶつかり合った時にはある程度滑らないといけませんが、踏ん張りを効かすには滑りすぎてもダメ。そのバランスが難しいんです。本荒木田だけでは滑りが悪いので土俵の俵より内側には、滑りを良くするための砂が撒かれています。
土づくりにレシピはない
──初野建材工業さんのブランド「本荒木田」をつくるためのレシピはあるのでしょうか?
いえ、長年の経験を頼りに作っています。あまり湿気の多い土だと滑らなさすぎるし、逆に湿気のない土を入れたら滑りやすくはなるんだけども、壊れやすい。そのバランスを土俵整備の責任者を務める呼出さんと相談しながら、その都度調合しています。呼出さんの要望をこちらで読解し、「じゃあこのくらいの水分量かな」みたいな感じですね。
掘り上げた荒木田土を会社の倉庫で約半年寝かせ乾燥させた後、水を加え一度土を作り、水が少なければ再度水を加えますし、逆に水が多くなりすぎると乾いた土を混ぜて攪拌して調整しています。
一流選手は「土の違い」が分かる?
──土俵自体はどのように作っていくのですか?
弊社の仕事はあくまで土の納入までなんです。土俵そのものを作り、俵を入れたりする「磨き上げ」という作業は呼出さんの仕事になります。現場では、45名の呼出さんが土俵の表面を15cmくらい剥ぎ取り、そこに新しい土を被せ、3日間かけて土俵を作っていくんです。
──土俵作りはすべて手作業なんですか?
全部手作業です。機械でもできるんでしょうけど、土台が固まりすぎてしまったり、土の具合が変わってしまったりする。手で作り上げることで柔らかさが出たり、踏ん張りやすくなったりということはあると思います。それに相撲は神事ですし、土俵は神聖な場所ですから、手で作り上げるということ自体が大切なのです。
──土俵作りにおいて難しいのはどのようなことでしょう?
土俵が割れたり壊れたりしないようにすることですね。設営当日に土の質をすぐに変えることはできないですから、事前準備がすべてです。
たとえば、福岡に土を納入するには輸送に2日かかるので、その間に乾燥する具合も考えて数%だけ水を多くするんですよ。逆に大阪までは2日なので福岡よりは少ないけれど、東京よりは水を少し多めに、といった具合で調整しています。
──それらもすべて内田さんの感覚で行っているのですか?
本当にね、すべて経験で得たものです。呼出さんも感覚で土を見極めているので、調整が必要な時も呼出さんが言っていることをしっかり読み解いて調整していきます。なのでこの仕事は重機に乗れるといった技術はもちろんですが、コミュニケーション力や几帳面さも必要なんです。
技術だけじゃ補えないものがたくさんあるので、後進を育てて、これから先も本荒木田を受け継いでいきたいなと思っています。
──倉庫に入って驚いたのですが、整然としていてとてもきれいですね。仕事場に几帳面さが現れている気がします。
そうでしょう。社員にも「普通の建材店はこんなに整理しない」って言われるんですよ(笑)。でも、私の性分なのか、きっちりしていないと気が済まないんです。
それに、きれいにしていたら我々も作業がしやすいし、お客さまがいつ入って来られても恥ずかしくないじゃないですか。そもそも、仕事にまつわるすべてのことに丁寧であるべきだと思っているんです。「掃除をちゃんとやっているんだな」とか、ちょっとしたことが信頼につながったりするじゃないですか。
──力士や選手がその土の違いに気付くことはあるのでしょうか?
気付く方もいらっしゃいますね。相撲だと現役時代の白鵬さんに「土がすごく良いね」と言っていただきました。やっぱり大横綱に気付いてもらえるのはうれしかったですよ。
野球だと元メジャーリーガーの松坂大輔選手は気付きました。マウンドの土を納入していたところに松坂選手がやってきて投球したのですが、「今回、土すごく良いですね。スパイクに食いついて、締まっている感じがする」と言ってくれました。
また、以前ある選手がブルペンでの投球練習中に足を痛めてしまった場面に居合わせたことがあるのですが、それはおそらく土のコンディションがいつもと違ったことが原因だったんですよ。海外のチームが来日するということで、海外選手向けに硬めに調整されていたんですね。それぐらい、環境に敏感な選手もいるということです。
先ほどの滑りやすさの話にもつながりますが、相撲では土が試合結果を左右することがある。野球もちょっと踏み切れなかっただけで、ストライクだったはずの投球がボールになることもある。その責任はすごく重いものだと受け止めています。
100年先も土俵を作り続けるために。土ソムリエの仕事の矜持
──内田さんの名刺には「土のソムリエ」と書かれていますが、土に詳しくなったのはなぜなのでしょうか?
今から30年ほど前に土木の業界に入り、いろいろな土を扱わせてもらう中で詳しくなっていきました。弊社ではサッカー埼玉スタジアム2002に会場当時からずっとメインピッチの目土を納品させていただいています。また、プロ野球の何球団かのキャンプ地のブルペン、ピッチャーマウンド、バッターボックスの土を扱っていましたね。
実は土って関東だけでも20〜30種類もあるんですよ。関東は黒土と赤土がメインで、それをいじっているうちに、「日本全国、どういう土があるんだろう」と思い、調べるようになりました。そのうちに上質な土そのものがなくなり、枯渇していっているという状況を知り、どうにか代用品ができないかと考え始め、土質を自分で調整するようになっていきました。
──いい土は無限に取れるわけではないんですね。
関東だと富士山の火山灰が積み重なった地層が土質に影響を与えているなど、地域ごとに土の特性があるんです。それが尽きてしまったら、同じ土は採ることができません。荒木田土がなくなってしまっては土俵が作れませんし、ほかの土に関しても、枯渇してしまえばお客さまに迷惑をかけしてしまいます。
なので、枯渇しないよう管理していくことも重要な仕事の1つです。新しい掘削場も社員総出で常に探すようにしていて、現場に向かう道すがら良さそうな場所があったら地主さんを調べて、掘削できないか直談判することもあります。
──土をつくり、守る仕事でもあると。最後に、内田さんが仕事をする上で大切にしていることをお聞かせください。
相撲も野球も、選手が怪我をしないように最善の努力をしています。先ほどお話ししたように、土俵が壊れた事故を目の当たりにしているので、壊れない土俵の土を作りたいというのが私のモットーです。
日本の国技である相撲に携われているというのは、本当に恵まれていることですね。それには、当然相応の責任が求められます。高品質な本荒木田での土俵作りを続け、伝統と安全を守り続けていかなければならない。
この先100年後も大相撲の土俵の土を納入し続けるために、最善を尽くし続けたいと思います。
(文:飯嶋藍子 写真:N A ï V E)
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