「境界知能」の私が24歳で8回転職した理由。軽度知的障害グレーゾーンの葛藤。

2025年4月10日

IQ70の軽度知的障害で、境界知能(知的障害グレーゾーン)だというえりかんさん。TikTokやYouTubeで、日常生活での困りごとや、はたらくことへの不安や葛藤を発信し共感を呼んでいます。

えりかんさんは高校卒業後8社に勤務し、それぞれの仕事に懸命に取り組んできました。しかし、「障害者雇用枠のアルバイト」だからこその悩みもあるといいます。

えりかんさんは、どのような経緯で自身の障害を認識し、キャリアを選択してきたのでしょうか。

1日3〜4時間自宅学習しても、授業が分からなかった

——まずは、現在のはたらき方について教えてください。

障害者雇用枠のアルバイトとして、物流倉庫ではたらいています。スーパーで販売されているチルド食品やお菓子類の仕分け作業、事務作業が、現在の主な業務です。

——高校生の時に軽度知的障害だと診断されたそうですが、どのような経緯だったのでしょうか。

4歳の時に、発達の遅れで「療育手帳」を取得していました。両親から見ると、保育園卒園時にはみんなと問題なく話せて、できることも増えていたそうで、小学校では普通学級へ進んだんです。このころは、授業にはついていけなかったものの、「私も普通に努力すれば、みんなと同じようにできるんじゃないかな?」と思っていました。

幼いころのえりかんさん

小3のころ、両親や先生との話し合いで、特別支援学級に移ることが検討されました。クラスで私だけが授業を抜けて体験に行ったのですが、同じ小学校に通う姉が、同級生の男の子に「お前の妹、なんで特別支援学級行ったの〜?」とからかわれたり、毎日放課後に一緒に遊んでいた友達に「私が特別支援学級に行ったらどうする?」と聞いて、「遊ばない。友達やめる」と言われてしまったりしました。

——それはひどい……。

放課後に友達と遊ぶことは、私にとって唯一の楽しみだったんです。それを奪われるのが嫌で、特別支援学級に行くのをやめて、「辛くても一生、普通の人たちと同じ世界で生きていこう」と思いました。

中学に上がっても勉強が苦手で、特に数学の計算がどうしてもできなくて。先生に質問しても理解できず、家で毎日3〜4時間勉強しました。それでも結果が出なくて、次第に勉強をやらなくなって。県立高校へ進学したのですが、授業についていけず不登校に。「これが普通にできるみんなはすごい!」と思っていましたね。

——勉強の悩みがそこまで深刻になる前に、周囲はえりかんさんに検査を受けることをすすめなかったのでしょうか。

実は中学のころにも、幼少期から母と通っていた児童精神科で検査を受け、グレーゾーンを指摘されましたが、私自身はその意味も、なぜ通院しているのかも理解していなかったんです。通信制高校に転校した高2のころ、勉強へのストレスがピークに達し、自ら希望して知能検査を受けたところ、IQ68の軽度知的障害だと診断されました。

——診断された時、どんな思いでしたか。

その時は絶望しましたね。

一般的なIQは平均100前後だそうです。もう普通の人生は歩めないんだと知って、受け入れたくなかった。ずっとみんなと同じ世界で生きてきたのに、この先、どうやって生きていけばいいんだろう?とショックだったのを覚えています。

アルバイト収入と障害基礎年金で一人暮らし。「自立したい」と試行錯誤した日々

——そこから前を向き、「障害者雇用枠」というはたらき方を選んだきっかけはなんだったのでしょうか。

児童精神科のカウンセラーの方に、「発達障害当事者会」の存在を教えてもらったんです。

私は当時高校生だったので、参加者には年上の方が多く、皆さん学生時代にいじめにあったことや、仕事でミスしてしまった悩みをお話されていて。自分だけじゃなかったんだ、みんな頑張って生きているんだ、と知って、めちゃくちゃ元気になったんです。発達障害当事者会には今まで、合計15〜20回は参加してきたと思います。

20歳のころ、再び知能検査を受けたところIQ70の境界知能だと分かった

それから、軽度知的障害がある方ともっと知り合いたくて、YouTubeで自分のハンデを発信し始めました。すると「えりかんさんの発信を見て、仕事頑張れているよ」「ありがとう」といったコメントが届いて、「私の発信が役に立っているんだ」と思うとうれしかった。

フォロワーさんと交流するうちに、「こういう仕事の選択肢があるんだ」とか、障害者に配慮のある「障害者雇用枠」というはたらき方があることも知りました。

少しずつ、「制度を利用して生きていけばいいんだ」と思えるようになったんです。

——具体的には、どのようなお仕事をされてきたのですか。

障害のことを告げずに一般雇用枠ではたらくのは不安があったので、高校を卒業して、まずはB型作業所を2カ月利用しました。B型作業所は、障害などがあって企業ではたらくことのできない方が、軽作業などをして過ごす施設です。「工賃」をいただけますが、私の場合は週3回の作業で月1,400円ほどでした。

その後、特例子会社(障害者に配慮のある、企業の子会社)で、半年契約でハーブのお茶づくりの仕事をしました。5〜6畳の個室で、障害者をサポートする支援員の女性1人と、同僚の男性2人の計4人で作業をしていましたが、支援員の方や、同僚と人間関係を築くのが難しかったですね。

19歳以降も、障害者雇用枠のアルバイトで、リゾートホテルの洗い場担当やカフェ・コスメストアでの接客など、さまざまなお仕事を経験しました。

——たくさんのお仕事をご経験された中で、課題に感じたことはありますか?

私の場合は、「社内ニートになりやすい」ことが悩みでした。

たとえば、コスメストアのスタッフのメイン業務は「会計」です。でも私は、計算が苦手なことを配慮していただいたのか、会計を任せてもらえませんでした。そのぶん品出しや店内清掃に徹したのですが、お店が狭いのですぐに終わってしまう。同僚の方に「何かできることはありませんか?」と伝えても、「うーん、何しよっか……」と逆に困らせてしまって。健常者の方との間に壁を感じ、寂しい気持ちになりました。

私も健常者の皆さんと同じように、キャリアアップしたい。そうした気持ちがあるので、もちろん職場によって異なると思いますが、障害のある人も柔軟にキャリアアップできる環境が整うといいなと思います。

——ほかに、辛かったことや悩んだことはありますか。

「自立が難しい」ということは常に感じています。21歳から約1年間、新宿で一人暮らしをしていた時は、アルバイトの収入と、数万円の障害基礎年金を合わせたお金で暮らしていました。でも使える金額が限られていたので、23歳になり、職場から距離がある、埼玉の実家で暮らすようになったんです。

当時は東京にあるIT企業の特例子会社で、社内にあるコーヒーマシンを洗浄したり、社内でパンの販売をしたりする仕事をしていました。でも遠距離通勤で疲れが蓄積してしまい、「認知の歪み」が出るようになって。

——「認知の歪み」とはどのような症状なんですか?

軽度知的障害ではなく、統合失調症などと関係があるのかもしれませんが、昔から、疲れて余裕がなくなると「人」がみんな化け物に見える症状が出るんです。職場の人にも、通りすがりの人にも、自分が馬鹿なことがバレている気がして、怖い。

当時も「私は嫌われている」という思い込みから抜け出せなくなってしまい、IT企業の特例子会社を休職して退職後、現在の物流倉庫ではたらくようになりました。週末に休んだり、外出でリフレッシュしたりするとだいぶ軽減するので、今では漢方薬を飲みながら工夫して乗り越えています。

生きる糧をくれた「SNS」と「読書」

——何度も転職に挑戦し、ご自身に合うはたらき方を模索されてきたのですね。諦めずに挑戦し続けられるのは、なぜでしょうか。

私はいっぱいいっぱいになると仕事に影響が出てしまうので、とにかく人に弱みをさらけ出して、相談するようにしています。特にSNSは、私にとって、リアルの世界では言えない気持ちを吐き出せる唯一の場所です。たとえば「今の環境が合わないな、辛いな」と感じたら、SNSでの生配信中に、同じハンデのあるフォロワーさんにさりげなく相談してみます。

SNS以外でも、職場にいる支援員の方や、発達障害当事者会を開催されているカフェのオーナーにも話を聞いてもらったりします。転職しようか迷っていること、一人暮らしをやめて実家に戻ろうか悩んでいること。相談したら、いいアドバイスをもらえました。

転職活動ってすごくエネルギーを使いますし、不採用になれば落ち込みます。でも「環境を変える」というのは、現時点では、自分自身が生きやすくなるために必要な手段だと思っています。

あと、私は本にもめちゃくちゃ助けられてきました。

——本、ですか?

学生時代、授業は理解できなかったのですが、本なら50%以上理解できたんです。だから図書室で本を借りるのが大好きで、年間80冊は読んでいました。

たとえば『嫌われる勇気』※1を読んで、みんなから好かれて生きる必要はないんだと考えられるようになりました。

水野敬也さんの『夢をかなえるゾウ』※2は、成功するための秘訣が書かれた小説仕立ての自己啓発書なのですが、部屋を掃除したり、トイレ掃除をしたり、人を喜ばせたりと、本に書いてあることを実行していったからこそ、SNSでの発信が軌道に乗るようになったんだと思います。私の人生を大きく変えてくれた本です。

発達障害に関する実話を描いた「ざくざくろ」さんのエッセイコミック漫画※3や、『ゲイ風俗のもちぎさん』※4など、人とは少し違った生き方が描かれた本も好きです。「こういう考え方もあるんだ、おもしろいな」と興味が湧くし、励まされます。

「本って難しいな」というイメージもあると思いますが、漫画や絵本でもいいと思うんです。本を読むのは、ぜひおすすめしたいですね。

——「こうなりたい」という理想の姿はありますか。

現在の物流倉庫での仕事は、誰かが必ずやらなくてはならない、必要とされる仕事です。やりがいも感じますし、単独での作業が多いので私の特性に合っているとも思います。ただ、一般雇用枠よりも勤務時間が短く、やはり経済的な自立は難しいと感じています。

同じ障害者雇用枠でも、アルバイトではなく、公務員や正社員としてはたらき安定した収入を得ている方もいらっしゃいます。そうした方々には憧れますし、私も、「少なくとも平均程度は稼げるようになりたい」という理想があります。

そしてこれからも、SNSで発信している私の何気ない日常が、誰かの参考になったり、希望につながったりしたらうれしいです。

(取材・文:原 由希奈 写真提供:えりかんさん)

※1 『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』岸見一郎・古賀史健 著(ダイヤモンド社)
※2 『夢をかなえるゾウ1』水野敬也 著(文響社)
※3 『初恋、ざらり』ざくざくろ 著(コルク)
※4 『ゲイ風俗のもちぎさん セクシュアリティは人生だ。』もちぎ 著(KADOKAWA)

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ライター原 由希奈
1986年生まれ、札幌市在住の取材ライター。
北海道武蔵女子短期大学英文科卒、在学中に英国Solihull Collegeへ留学。
はたらき方や教育、テクノロジー、絵本など、興味のあることは幅広い。2児の母。
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