「800万円払えなければ廃業」から年商5億に。父の借金返済→28歳の歯科衛生士が”ホワイトニング”で起業。

2026年4月22日

スタジオパーソルでは「はたらくを、もっと自分らしく。」をモットーに、さまざまなコンテンツをお届けしています。

今回取材したのは、歯科衛生士として8年はたらいたのち、28歳でホワイトニング・デンタルエステサロンの業務委託運営などを行う、株式会社ボーテを起業した柏野紗耶加さん。幼少期の複雑な家庭環境の中、「なんとなく」で始めた歯科衛生士の仕事。年間40人が離職する店舗も経験しました。

起業を決めて会社を退職するも、歯科衛生士という立場では融資を断られ、開業後5年ほどは自転車操業。それでもていねいな仕事を続けて信頼を積み重ね、2024年の年商は5億3,000万円に。「Forbes JAPAN WOMEN AWARD 2025」では非上場部門1位にも選ばれました。

困難を乗り越え、「魂が喜ぶはたらき方」にたどり着いた柏野さん。その道のりから、これから何かに挑戦したい方や、今のはたらく環境に悩む方へヒントをお届けします。

親の借金返済、家出もした学生時代→5年連続売り上げNo.1へ

──柏野さんは幼少期から家庭環境が複雑だったと他の記事で拝見しました。

小学2年生のころに親が離婚し、その後も家庭の借金や親の再婚などがあり、思春期を複雑な家庭環境の中ですごしていました。

当時は親に対するネガティブな感情があり、家出したこともあります。しつけが厳しい家庭でもあったので、「両親は私のことを認めていないのかな」と感じていました。今より、とても自己肯定感が低かったと思います。

──そこから歯科衛生士を目指しはじめたきっかけを教えてください。

高校1年生のとき、祖母の通う歯科医院でアルバイトを始めたのがきっかけですが、「どうしても歯科衛生士になりたい」と思っていたわけではありません。アルバイト先の先生や母親にすすめられて、なんとなく目指しはじめました。

当時は歯科衛生士学校に行くお金がなかったので、アルバイトを掛け持ちして、すべて自分で用意しました。高校卒業後は奨学金も借りて、自分で貯めたお金で2年制の歯科衛生士専門学校に進学し、国家資格を取得しました。

──そこから起業を志すまでには、どんな転機があったのでしょうか?

やっとの想いで歯科医院ではたらき始めた20歳のときに、父親の借金が発覚して……。奨学金の返済に加えて、父親の借金も払わねばならなくなったんです。

親への葛藤を抱えながらも、日中は歯科医院ではたらき、夜もアルバイトをして、とにかく疲れ果てる毎日でした。

そんな20歳をすごしていたある日、とある講座に参加してみたんです。そこでの学びや「親も借金も、自分になんの制限もなかったら何がしたい?」との問いをきっかけに、「どうにか状況を変えてお金持ちになってやる」という不屈の闘志がみなぎってきて。起業を考え始めるようになりました。

──具体的にどのような講座だったのですか?

選択理論心理学をベースに、仕事だけでなく、プライベートも含めて人生を豊かにすごすための学びが得られる講座でした。中でも大きく分けると、学んだのは「目標達成」と「人間関係」の2つです。

そこで数年単位の長期目標を立てたことが、私のキャリアに大きな影響を与えてくれました。長期的な視点を身につけたことで、目標を常に意識できるようになり、今の立ち位置を客観的に捉え、自分の課題に向き合いつづけられるようになりました。

私の場合は、20歳から28歳までは学習の段階、28歳で起業し、28歳から35歳までは挑戦の段階、というように区切り、ここから先の人生プランを決めていったんです。

──挑戦の段階である20歳から28歳までは、どんな職場でどのようにはたらいていたのでしょうか?

最初は奨学金の条件で地元の奈良ではたらく必要があり、奈良の一般歯科医院で3年間はたらきました。

次の24歳から28歳までの5年間は、大手フランチャイズの歯科医院ではたらきました。「起業するのであれば、まずは大きな会社で伝説になるような結果を残そう」と決めていたんです。

最終的に、全国500人いる社員の中で「5年間連続売り上げトップ」にまでなりました。

──売り上げの成果を上げるために、どんなことをされていたのでしょうか。

意識していたのは、成果を出している人から正しい努力の仕方を学ぶことと、誰よりも努力することです。

入職した店舗に売り上げランキング4位の方がいたので、その方のカウンセリングを見せてもらい、一つひとつ吸収していきました。

同時に、人より長くはたらき、休日は研修を受けに行くなどしてスキルを磨きつづけました。誰よりも結果を出すには、そのぶん多くの時間と労力をかける必要があると考えていたんです。

もちろん、「長くはたらくことがどんなときも絶対にいい」というわけではありません。ただ、もし「まだまだスキルが足りない」「もっと力をつけたい」と思う場合には、人より大変な想いをして、踏ん張る時間があってもいいのかなと思います。

──目標があったとはいえ、はたらく中で辞めたくなることはありませんでしたか?

もちろん、私も「辞めよう」と思ったときはあります。年間約40人離職する店舗に配属されたこともあれば、上司との関係性に悩んだこともありました。

ただ、そのとき読んだ本に、「自分にとって一番難しい相手を満たすことができたら、どんな人とも関係を築くことができる」と書いてあったんです。

そこからは、相手が何を求めているのか、何を大切にしているのかを聞いて、「何かやってみたいことはないですか?」と積極的に相手を理解しようと努め、一つずつ乗り越えていきました。

お金の準備なく28歳で起業。約5年自転車操業も、5億円超の収益に

──28歳まで大手フランチャイズではたらいたあと、どのように起業に向けて行動していきましたか?

とにかく28歳で起業すると決めていたので、資金などの用意ができていない状況ではありましたが、会社は退職しました。実績や経験を積み重ねたら、最後は覚悟を決めて実行するしかありませんから。

講座への参加をきっかけに20歳のころから「起業する」と決め、周囲に「やります!」と言い続けていたから、迷いなく決断ができたのだと思います。

28歳で会社を退職した後に開業するまでの流れとしては、まずフリーランスとして研修事業を始めました。徐々に実績が積み上がり、貯めたお金で2014年にホワイトニング・デンタルエステ専門のクリニックを心斎橋にオープン。その後、株式会社ボーテを設立しました。

──事業内容について教えてください。

現在の事業としては、全国11店舗ある「ホワイトニング・デンタルエステ専門クリニック」の運営をはじめ、全国の歯科医院向けにスタッフ育成・接遇・マネジメントなどの研修を展開しています。

2022年からは創業時のメンバーが代表を務める子会社「株式会社ラビット」で、ホワイトニング関連のオリジナル製品の開発・販売も行っています。一貫して、「女性が自立して輝ける歯科業界の未来を創造したい」という想いで事業を行っていますね。

──開業後すぐに、多くのお客さんがいらっしゃったのでしょうか。

いえ、最初の集客はまったくうまくいきませんでした。運転資金もゼロで、2014年10月に開業したものの、同年12月には800万円を支払えなければ廃業という崖っぷちの状態で。

融資も、「歯科衛生士だけで起業しても利益が見込めない」と門前払い。そこでもあきらめず知り合いの歯科医師さんへ頼み込み、話し合いを重ねてなんとか協力していただけることになりました。どんな状況でも仕事には真摯に向き合い、リピート率は9割を超えていたものの、起業からおよそ5年間は自転車操業でしたし、その後も決して順風満帆ではありませんでしたね。

2021年にはコロナの影響で、歯科医院が不要不急の治療を制限され、業績は大きく下がりました。「このままの状況が続けば会社が立ち行かなくなる」とスタッフに伝えたこともあります。

それでも、スタッフのみんながカルテ番号1番のお客さまから順番に電話をかけて営業をしてくれて。来院が難しい方には自宅で使えるケア商品を提案するなど、必死で動いてくれました。

ここまで来られたのは、スタッフをはじめ、力を貸してくださったすべての方のおかげですね。

──2024年度には、会社の収益が5億3000万円に達したと聞きました。

おかげさまで、スタッフも売り上げも徐々に増え、約10年でここまで成長できました。
クリニックの運営だけでなく、歯科医院向けの研修や経営相談も多くご依頼いただいています。

──研修や相談では、特にどんな内容が多いのでしょうか?

ご相談の大半は、人間関係のトラブルです。

歯科医院は小さなコミュニティなので、院長とその他スタッフ、歯科衛生士と歯科助手など、さまざまな方の関係が交差します。それに、歯科医師や歯科衛生士として専門的な技術を持っていても、マネジメントやコミュニケーションの学習機会が乏しいまま医院を経営するとなると、戸惑いが生じやすい状況になるわけです。

特に問題が起きやすいのが院長とその他スタッフの関係性です。私は会社員と経営者の立場をどちらも経験していますし、トラブルが生じた際は、それぞれの考えを平等な立場で理解できます。改善が必要な点は本人へ冷静にお伝えしたのちに、双方の主張をどのようにお伝えすれば理解していただきやすいか考え、意見の橋渡しをする。こうした、いわば「クッション役」になれるのは強みかなと思いますね。

──これまで研修を受託してきた医院の中で、特に思い出深いエピソードはありますか?

ある歯科医院で、先生より受付スタッフさんの態度についてご相談を受けました。歯科医院の先生やお客さまへの対応に対して不満を抱かれており、当人である
受付スタッフさん自身も「辞めたい」とお話しされている状況でした。

そこで私が先生とスタッフさんとの間に入り、研修や1対1での面談を実施しました。その過程で、スタッフさんが生い立ちなどを打ち明けてくださったんです。過去の親からの愛情不足が、今の問題行動に影響しているケースは少なくはないため、そのことを先生にも本人にも説明しました。

スタッフさんには「このままだと、どこへ行っても同じ理由で辞めることになる。自分の人生に責任を持たないといけない」と伝えつづけたところ、少しずつ態度が改善していったのです。

私との対話やスタッフさんの様子を見ていた先生も、「このスタッフと一緒にもう少しやってみよう」と考えるようになり、約半年間で関係性が良くなりました。クッション役として、組織にも個人にも貢献できたことが感じられた印象深いエピソードです。

一人ひとりの可能性が花開くように

──企業の成長を見据えた女性の活躍推進を応援する『Forbes JAPAN WOMEN AWARD 2025』では、非上場部門で1位になったと他の記事で拝見しました。「人的資本開発」の面が評価されたとのことですが、スタッフの能力を開花させるために大切にしていることを教えてください。

歯科業界で活躍している外部の方をお招きし、ボーテのメンバーが新たな視点を取り入れながら、常に学びつづけられる環境をつくっています。また、半年に1回はスタッフ一人ひとりと面談を行っていて、その人の潜在的なスキルやかなえたいことを把握するようにしていますね。

私自身、20歳のころに地元の歯科医院の先生にいろいろな場所へ連れて行っていただき、世界が広がった経験があります。スタッフにも同じように外の世界に触れ、自分の可能性に気付く機会をつくりたいんです。

──スタッフのスキルや可能性を引き出したいと思うようになった背景や、想いについてお伺いしたいです。

「歯科衛生士の資格を持っている人で、実際に衛生士業務に就いているのは半数以下」という現状があります。(参照:https://www.mhlw.go.jp/content/10804000/001363491.pdf

結婚や出産で離職するケースもありますし、キャリアアップの道もあまりなく、35歳ほどで給与が頭打ちになりやすい。マネジメントの環境が整っていない職場が多いこともあり、離職率が高いんですね。

みんな一人ひとり才能や強みを持っているのに、そこに自分で気付けず、花開かずに終わってしまうのはあまりにももったいないと思うんです。

それに、引き出された力と世の中のニーズが合わさったときに大きな価値が生まれ、事業の成長にもつながることを、起業後から今日まで実感しつづけています。

だから、自分の人生の目的を見つけ、生まれ持った能力を最大限発揮できるようにしたい。会社のメンバーが自分の才能に気付き、この会社を舞台に生き生きとはたらいている姿を見ると、私は「魂が喜ぶ」と言っていいほどやりがいを感じます。これからも、はたらくことに幸せを感じられる、自立した女性を増やしていきたいですね。

誰もが美しい人生を手にいれる権利を持っている

──自分の強みや、やりがいを感じることが分からず悩む方にメッセージをお願いします。

まずは、なんとなくでもいいので「どんなことに自分は喜びを感じるのか」「何をしているときが幸せなのか」を分析してみてください。

変化のある環境でいろいろな経験をすることに喜びを感じるのか、安定した職業で現状維持することに安心するのか、など自分の特性や心が望むものに向き合ってみることです。

そこから、目標を定めて努力し、結果を出していく。すると、今まで感じていたやりがい以上に、もっと「魂が喜ぶ」ことが見つかるはずです。

私も起業を経て関わる人が増えて、視野が広がり、本当に魂が喜ぶことが分かってきました。

──最後に、スタジオパーソルの読者である「はたらく」にモヤモヤを抱える若者へ、「はたらく」をもっと自分らしく、楽しくするためのアドバイスをいただけますか?

困難にぶつかったときは、「神様が与えてくれた試練だとすれば、どんな意味があるのか」を考えてみる。そうして自分を変化させていくと成長ができる。成長して目標が達成できるようになると、周りの人から感謝されるようになり、お金もいただけるようになる。そのサイクルを回す過程で、新たなやりがいもきっと見えてきます。

最後に、私が会社を運営する中で見つけた真理を皆さんにお伝えさせてください。それが、10周年を迎えた会社のテーマ、「Life is Beautiful」「人生は美しく、誰もがその美しい人生を手にいれる権利を持っている」という考え方です。

今はたらくことがつらいと感じている方も、「あなたの花は必ずいつか咲く」ということを忘れずにいてほしいです。

「スタジオパーソル」編集部/文:朝川真帆  編集:いしかわゆき、おのまり 写真:朝川真帆

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ライター朝川真帆
フリーランス取材ライター。住宅系コミュニティマネージャーとしても活動中。2021年、新卒でコンビニの会社に入社し、数年後結婚を機に上京・退職。2023年に取材ライターとして独立した。現在はキャリアや事例導入、グルメなどのジャンルをメインに執筆中。フジロックのファンサイト、フジロッカーズオルグでもライターとして活動中。管理栄養士資格を持っている。関西出身。

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