IT企業から魚屋の2代目に。家業ならではの葛藤「アナログ保守vsデジタル革新」も
スタジオパーソルが運営するYouTubeでは、さまざまな業界ではたらく人の1日に密着し、仕事の裏側と本音を掘り下げる『晩酌まで1日密着』シリーズをお届けしています。
楽天グループ株式会社を退職後、愛知県名古屋市にある父の鮮魚卸会社「寿商店」に入社した森朝奈さん。魚屋の2代目として、早朝の市場仕入れから店舗運営、バックオフィス業務まで幅広く担う彼女の1日を追いました。
IT企業から家業へ飛び込み、会社や市場で認められる存在となるまでには、どんな想いがあったのでしょうか。葛藤を乗り越えた先で森さんが見つけた「はたらく喜び」を探ります。
朝6時の仕入れから広報活動まで。2代目魚屋の1日

大手IT企業・楽天グループを退職し、家業を継ぐために父親が経営する鮮魚卸会社「寿商店」に入社した森朝奈さん。魚屋としての彼女の仕事は、朝6時の仕入れから始まります。トラックに乗り込み、向かうのは名古屋市中央卸売市場です。
「注文した魚がどんどんトラックに積まれていくのを見ると、『あ、今日も始まったな』と感じます」
魚の仕入れの多い日は100キロを超えることも。この日トラックに積み込まれた多くの魚のうち、1メートルほどのメジマグロ6本は「ランチですべてなくなる予定です」と森さんは話します。その誇らしげな表情が、寿商店の勢いを物語っていました。

市場から戻ると、次は魚の下処理と仕分け作業です。取引先の飲食店や直営店に納品する魚を、お店ごとに3枚おろしにしたり、用途に合わせて加工したりしていきます。包丁を握る森さんは、作業着の上に自分でデザインしたという魚のイラストが描かれたエプロンを羽織っていました。
「これ、自分で描きました。魚屋さんのユニフォームって、あまりかわいいものがないんです。」
午後には、名古屋の繁華街・セントラルパークの地下街にある直営店へ。ここでは鮮魚を売るだけでなく、惣菜やお弁当など“すぐに食べられる形”にして販売しています。
「ただ鮮魚を置いておくだけでは売れないので、加工して付加価値をつける努力をしています。YouTubeでも発信をしていて、たとえば東北フェアを開催するときには、実際に現地に行って漁師さんを取材し、その様子を動画で配信してから販売します。ストーリーを伝えることでお客さまに価値を感じてもらいたいんです」

そして夕方には、YouTube用のショート動画の撮影。この日のネタはマグロ。1分半の動画のために、60〜70カットを撮影することもあると言います。
「1cm単位で角度を調整して、すごく細かく撮るんですよ。ショート動画だと、細部まで寄って撮影しないと魚のおいしさが伝わらないんです」
仕入れ、鮮魚の下処理、店舗の見回り、バックオフィス業務、そしてYouTubeでの情報発信。異業界から飛び込んだ森さんは、今ではあらゆる業務をこなす“なんでも屋”です。
IT企業から魚屋へ。現場で信頼を積み上げた15年
今では寿商店全体の状況を把握し、颯爽と日々の仕事をこなす森さんも、入社当初は想像以上に厳しい現実に直面していました。IT企業から転職したばかりで、魚屋としての経験はゼロ。当然、魚の目利きや市場のやり取りには不慣れで、思うように話が通らない場面も少なくありませんでした。まだ実績のない新人だった森さんは、取引先からの信頼を得るのに時間がかかったと言います。

「最初はなかなか対等に商売してもらえませんでしたね。市場では私が注文をしたのに、そのまま受けてもらえず父親に確認されることもよくありました。最初はもう、泣くほど悔しかったです。『なんだよ……!』って」
それでも現場に立ち、仕入れや加工、販売を一つずつ積み重ねる中で、少しずつ信頼関係が変わっていったと森さんは振り返ります。

さらに、魚をさばく技術の習得も容易ではありませんでした。森さんは小さいころから父親の仕事を見て育ったわけではなく、包丁も触らせてもらえなかったそう。入社したころは魚をさばくことがまったくできず、一人前にさばけるようになるまで実に7年かかったと言います。
「父親に教えてもらったことはありません。でも従業員さんにはていねいに教えていたので、それを横で盗み見して覚えました」
実は、父親が娘の朝奈さんに魚のさばき方を教えないのには理由がありました。「魚をさばくだけが魚屋の仕事ではない。彼女のキャリアやスキルをまず活かしてほしかった」と父・嶢至さんは語ります。それを聞いた朝奈さんは「初耳です」と苦笑。
未経験の業界で信頼を得る難しさと、家族だからこそ真意が伝わらないもどかしさ。森さんはその両方を抱えながらも、森さんはひたすら実力を磨いて認められる道を模索してきたのです。
「認められたい」が「誰かのために」に変わった
森さんが入社して最初に取り組んだのは、会社のデジタル化でした。母親が一人で経理を担当し、昔ながらの打刻式のタイムカードを集めて電卓で勤務時間を計算していた職場。受発注システムもファックスで紙に書いて送るという、実にアナログなやり方でした。

「アナログだったところから、勤怠管理や受発注をクラウドサービスに切り替えて、データ化しました。完全に移行するまでに5年くらいかかりましたね。特に、現場のDXに一番時間がかかりました」
しかし、こうした業務の変革には大きな反発も。父・嶢至さんは当時をこう振り返ります。
「現場の人たちは長年、紙とファックスで注文してきたので、急にパソコンで注文を入力しろと言われても慣れていない。だから、夜の仕事が終わったあとにまたその作業をするのはきついだろう、と。“現場代表と革新派の戦い”みたいになっていましたね」
最終的には父親が折れるかたちで徐々にデジタル化が実現。嶢至さんは「負けました」と笑いながらも、「次の世代のことを考えると必要。切り替えられて良かった」と語ります。
一方、“革新派”の森さんは、IT企業での経験が今に活きているのは間違いないと語るも、現場からの反発は「めちゃめちゃあった。自信もなくなった」と当時を振り返ります。「IT企業みたいに効率化しなきゃ」という発想に縛られ、変革の理由を現場目線で明確にできていなかったことが、反発を招いた要因でした。
「以前は『かっこいい会社にしたい』『ちゃんとした会社にしたい』という理由だけで変革を進めていました。でも今は違います。従業員の方と一緒に実際の業務を経験して、課題を一つずつ見つけていくようにしています。たとえば、アナログな発注システムのせいで料理長の退勤が遅くなっている、とか。それをデジタル化して発注の手間を省くなど、“誰かのためになる”改善だとを現場が実感できるようになってからは、変革を受け入れてもらえるようになりました」

そんなある日、森さんにとって大きな転機が訪れます。コロナ禍で取引先の飲食店が軒並み営業できなくなってしまったのです。卸販売が中心だった寿商店は売り上げが。そのとき森さんが考案したのが「鮮魚ボックス」という商品でした。
「市場で余っている魚を仕入れて、スーパーに買い物へ行けない家庭に届けようと思って。柵取りしたり、煮るだけ・揚げるだけの状態にしたりして詰め合わせたんです」
この新商品が異例の大ヒット。1日2,000件もの注文が入り、自宅待機していた職人さんたちも総動員するようになりました。そしてこのとき、森さんははじめて自分の判断で仕入れをするようになったのです。
「市場で取引先の業者さんが『今日はタイがこんなにあるんだけど、買ってくれない?』と私に直接声をかけてくれるようになったんです。はじめて『ちゃんとビジネスパートナーとして見てくれている』と実感しました」
「この会社、辞めよう」と考えている人へ
家業のDX化に成功し、市場でも認められた森さん。それでも、家族と一緒にはたらく難しさ、納得できないことも受け入れなければならないもどかしさから、これまで3度も会社を辞めようと考えたそうです。そんな日々を経験しながらも、今日まで家業ではたらき続けられた理由を、森さんはこう語ります。
「会社を辞めて次に何をしようか考えるたびに、やっぱり魚が好きだなって気付くんです。結局『魚にまつわる仕事をするなら、ここでいいじゃん』と、何度も同じ結論にたどり着いてしまって」
そんな森さんに、「自分に合った仕事が分からない」「このまま今の仕事を続けていいのか不安」といった、はたらくことへのモヤモヤを抱える若者たちへのアドバイスを聞きました。
「難しいけど……やっぱり“自分で決めること”ですね。みんながやっているから、流行っているから、給料がいいから。そういうきっかけで選んでもいいとは思うんですけれど、最終的に“自分で決めた”ということを大事にしてほしい」
他人軸での選択では、壁にぶつかったときに「なんでこの仕事を選んだんだっけ?」と自分に問いかけても、答えが見つからない。だからどんな理由であれ「自分で選んだ」という事実を持つことが大切なのだと、森さんは語ります。
「それに、必要以上に悩まなくてもいいのかもしれません。モヤモヤや不安って、実際に行動してみると案外なくなるもの。だから、まずやってみる。『えいや!』とトライすることが、すごく大事だと思います」
迷いながらでも、一歩踏み出してみる。そして「私はこういう理由でこの道を選んだ」と自分なりの答えを持てたなら、その先の道は自然と開ける。森さんの歩みが、そのことを物語っています。

「自分のためだけにはたらくと、いい仕事はできないし、逆に『この仕事は誰のためになっているか』がイメージできると、仕事は楽しくなる。私は、入社したときより今のほうが何十万倍も仕事が楽しいです」
彼女の表情には、自分で選び、自分で歩んできた道の先で見つけた、たしかな“はたらく喜び”があふれていました。
「スタジオパーソル」編集部/文:間宮まさかず 編集:いしかわゆき、おのまり
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