15歳でトヨタ工場→世界20カ国へ。高卒作業員がForbes U30に選ばれた理由「キャリアって、ぐちゃぐちゃでいい」

2026年5月8日

スタジオパーソルでは「はたらくを、もっと自分らしく。」をモットーに、さまざまなコンテンツをお届けしています。

今回お話を伺ったのは、一般社団法人HASSYADAI social(以下、ハッシャダイソーシャル)の共同代表理事・三浦宗一郎さんです。中学卒業後にトヨタ自動車の企業内訓練校へ進み、10代で工場のライン作業をしていた三浦さん。「あのころは毎日仕事に行くのがつらかった」と語る彼は、今やForbes JAPAN 30 UNDER 30に選出され、新しいかたちの成人式『CHOOSE YOUR LIFE FES #18歳の成人式』を仕掛ける注目のリーダーです。

「キャリアって、ぐちゃぐちゃでいいんですよ」と話す三浦さんに、自分らしくはたらくヒントを伺いました。

教師の夢を抱きながらも、大学進学をあきらめた学生時代

──学校講演事業や教育プロジェクトを通し、若者が「自分の人生を自分で選択していい」と気付くきっかけをつくる活動を幅広く手がけられている三浦さん。過去には教師を目指していた時期があったと伺いました。

実は、母親の教育方針がちょっと変わっていて、「三浦家には尊敬できる大人がいないから、外で探しなさい」と言われて育ったんです。

そんな中で、学生時代は担任の先生やサッカーのコーチをはじめ、周りの大人にお世話になる機会が多く、とくに中学2年生のときの担任の先生がすごく好きで。たまに授業を放り出して「今日は授業しません!」と、楽しい時間をつくってくれる先生でした。

その先生が、「教師の仕事は、教え子の記憶にずっと残る。こんなにも人の人生に関われる仕事はなかなかない」と話していたのが印象的で。当時中学生だったぼくは純粋に「大人になったら先生になりたい」「人の人生に関わる仕事がしたい」と思うようになりました。

──その後、高校進学ではなくトヨタ自動車の企業内訓練校(トヨタ工業学園)に進まれたのは、どのような背景があったのでしょうか。

家庭の経済的な事情もあり、高校・大学への進学をあきらめたんです。そこで、周囲の勧めもあって、トヨタの訓練生として生徒手当をもらいながら学べるトヨタ工業学園へ進むことを決めました。トヨタ工業学園では、並行して通信制高校の卒業資格を得られるので、最終学歴が高卒になるんです。

自分の置かれた環境を考えると「ここに行くしかない」という感覚でしたね。

──教師ではなく自動車の企業内訓練校へ。夢をあきらめることに、葛藤や迷いはなかったのでしょうか?

もちろん、決断するまでにはかなり長い時間をかけたと思います。「本当にこの道でいいのか」と。

先生からは「教師を目指すなら国立の高校に行ったら?」と言われたり、周りから反対の声もあったりしましたが、当時のぼくは自分の選択を正解にするために、納得できるポイントを必死に探していました。お給料をもらったら家族を食事に連れて行こうとか、「自分はもう親の援助なく自立できるんだ」とか。心の底からの「やりたい」ではなかったはずだけれど、当時の環境がすべてだったから、どうにか自分を納得させるために、応援も反対も時間をかけて必死に力に変えていた気がします。

工場のレールに乗るような毎日を変えてくれた、ひとつの考え方

──トヨタ自動車に入社してからは、工場のラインで働かれていたんですよね。当時のお仕事はどうでしたか?

正直、人生で一番しんどかった時期だったと思います。同じことの繰り返しで、変わり映えのない毎日。

平日会社に行くのがつらくて、無理やり自分を奮い立たせていました。「仕事終わりに友達とご飯に行こう」など、仕事とは別の楽しみをつくって、それだけを支えに生活を送っていましたね。

──はたらくのがつらい時期を経て、どのように今の前向きな三浦さんへと変わっていったのでしょうか?

ある日、沖縄からやって来た従業員の門口さんとの出会いが転機でした。門口さんは、どんなに単純な作業でも、鼻歌を歌いながらめちゃくちゃ楽しそうにやるんですよ。「なんでこの人、こんなに楽しそうなんだろう」って。

仕事がつまらないのは環境のせいだとずっと思っていたのに、同じ工場のラインで、同じ作業をしながら鼻歌を歌っている人がいる。「もしかして、つまらなくしていたのは自分自身だったのか」とハッとしたんです。門口さんのはたらく姿や言葉から、仕事の楽しさは「環境 × 自分のスタンス」の掛け算で決まるのだと学びました。仮に点数が、環境100でも、自分のスタンスが0なら、結果は0点。逆に環境が1でも、スタンスが100なら100点になる。

そこからはまず自分を変えようと思って、元気よく挨拶したり、先輩をご飯に誘ったりと、職場を明るくする努力を始めてみました。そうしたら、ぼくのはたらく工場ラインが明るい雰囲気に変わっていった感覚があって、自分の人生もどんどん楽しくなっていった。

門口さんとの出会いと当時の経験が、今のぼくのはたらき方の根幹になっています。

キャリア選択もプロジェクトも、声に出すことで前に進めてきた

──その後、20代前半でトヨタ自動車を退職したのはなぜだったのでしょうか?

きっかけは、内閣府が主催する「世界青年の船」という国際交流事業に参加したことでした。11カ国から240人の若者が集まり、船で一緒に数週間旅をするプログラムです。

もともとトヨタ自動車に入社したとき、3年で辞めようと思っていたんです。でも、はたらくうちに「本当に辞めるのか」「辞めたあとどうするのか」迷い始めて。この「世界青年の船」の存在を知ったのは、この先のことをじっくり考える時間がほしいと思っていたタイミングでした。

仕事から離れて世界の広さを知ることで、自分の人生も何か変わるんじゃないか。そんな期待をもって、英語力も拙いままにダメ元で応募したら、なんと合格。会社に交渉して約40日間の休みをもらい、21歳で旅に参加しました。
そして、そのプログラムの日本のリーダーをしていた方の言葉が、会社を辞めようか迷っていたぼくの背中を押してくれました。旅が終わる数日前に「人生を変えるには『言い訳』が必要だ」という話をしてくれたんです。

──「人生を変える言い訳」ですか。

たとえば「昨日の飲み会が楽しかったから仕事を辞めます」と言っても、誰も納得しないですよね。でも「この40日間、世界中の人と対話して自分を見つめ直した。だから辞める」という宣言なら、自分も周りも納得できる。

その方の言葉を聞いて、「この船旅に参加したことは、人生を変える言い訳にぴったりなんじゃないか」って。

ぼくはすぐ、船の上でみんなに向かって「日本に帰ったら仕事を辞めます」「Quit job!」と宣言しました。帰国して日常に戻ると決断が鈍りそうになったけれど、「みんなに約束したし、こんな綺麗な言い訳は二度とない」と思って、上司に退職を伝えました。

──トヨタ自動車退職後のキャリアは決まっていたのですか?

まったく決まっていませんでしたね。船旅に参加する前の自分だったら、そんな先が決まっていないことに不安いっぱいだったと思います。でも、船旅の経験と、当時読んだ本にあった「若いころの1年や2年は、無駄な時間にフルスイングしてもいい」という言葉で解放された感じがして、焦りはありませんでした。

退職後は、「まずはもっと世界の深さを知る旅に出たい」と、スペイン巡礼をはじめ、約4カ月で世界20カ国ほどを旅しました。

──そこからどのようにして、ハッシャダイソーシャルを立ち上げることに?

「世界青年の船」の参加前、DMM.comの取締役会長である亀山会長へ、アポなし訪問をしたんです。当時、亀山会長が設立された、次世代のビジネスリーダーを育成する実戦型のアカデミーに強い関心があったものの、普通に応募してもイチ工場作業員の自分は受からないだろうと。そこで、自分を売り込むために直談判することを決意しました。そうしてなんとか亀山会長と話すチャンスを掴み、その夜に会長に連れられて向かった先のバーで、ハッシャダイ創業者の久世さんに出会ったんです。当時ハッシャダイは「ヤンキーインターン」などで、中卒・高卒の若者のキャリア支援を行なっていました。

その創業者である久世さんの話を聞くうちに、すっかりハッシャダイのファンになっている自分がいて。

ハッシャダイの掲げる「CHOOSE YOUR LIFE(自分の人生を自分で選べ)」という言葉にも惹かれ、「世界青年の船」の旅、そしてスペイン巡礼を終え、一人旅から帰ったその足で、久世さんに再び会いに六本木のオフィスに向かいました。

久世さんの話をあらためて聞いたぼくは、「この人の下で働きたい!」という気持ちがますます大きくなり、給料も雇用形態も勤務地も確認しないまま「ここで働きます!」と宣言。それまで愛知に住んでいたんですが、スーツケースひとつで上京しました。過去やこれからのキャリアなんて何も考えず、直感と勢いでハッシャダイに入社したんです(笑)。

その後、共同代表の勝山さんと共に、2020年に株式会社ハッシャダイからスピンオフする形で、一般社団法人ハッシャダイソーシャルを立ち上げました。

──ハッシャダイソーシャルでは、全国140校以上での学校講演や『CHOOSE YOUR LIFE FES #18歳の成人式』など、若者の「自己選択」を支援する活動を幅広く展開されています。こうしたプロジェクトのアイデアはどこから生まれるのでしょう?

CHOOSE YOUR LIFE FES #18歳の成人式(成人を迎えた18歳を本気でお祝いする、新しい時代の成人式『CHOOSE YOUR LIFE FES #18歳の成人式』)

自分1人で考えて生まれることはほとんどなくて、やっぱり人と話しながら、ですね。

仕事のミーティングからだけでは、基本的にアイデアは生まれてこないと思っていて。たとえば、学校講演のあとに先生と飲みに行く中で、「新しいことを始めようとすると、職員室で孤独を感じる」という話が出てきたりする。

そうしていろいろな先生から似たような声を拾い集めていくうちに、「じゃあ、先生たちをパートナーとして大切にする場をつくれないか」というアイデアが自然と立ち上がってくる。

『18歳の成人式』も同じで、現場でさまざまな若者や企業の人たちと話す過程で、複合的な要素が絡み合って生まれたプロジェクトなんです。だから、生まれた理由を一言で説明するのはむずかしくて……(笑)。

でも、どんな気付きも、日常の延長線上ではないところにあることが多いですね。雑談の中で欠片を拾い集めて、「こんなプロジェクトなら解決できるかもしれない」とパズルのように組み合わせていく。アイデアを生み出すのは、そのプロセスの繰り返しです。

──これまでのお話を聞いていると、学生時代に抱かれていた「人の人生に関わりたい」という想いが今のキャリアに直結しているように感じます。

正直に言うと、そこは少し怪しいんです(笑)。「人の人生に関わりたい」という想いは、たしかにあったんですが、それって今の自分が振り返ったときに、都合よく引っ張り出してきた記憶でもあるんですよね。20代前半の自分が一歩踏み出すために、過去の自分の記憶の中から使えるものを探してきた、という側面もある。

だから、ぼくはキャリアに一貫性なんてなくていいと思っているんです。一貫性は後から作るもので、実際のキャリアってもっとぐちゃぐちゃで予測不能なもの。どんな選択肢が目の前に現れるかも、自分がどう変わっていくかも、やってみないとわからないからこそ、今の感覚に素直に、好きなように選べばいいんじゃないかなって。

自分は「選べない」と思っている社会人へ

──三浦さんの今後のビジョンについて、お聞かせください。

無意識に「自分には無理だ」「選択肢がない」と思い込んでいる。若者たちのそんな呪いを解いていきたいんです。家庭の事情で教師の夢をあきらめ、自動車業界へ進んだかつてのぼくがそうだったように、選べない立場にいるときって、他の選択肢があること自体に気付けないんですよね。

でも、どんな立場においても選択肢はあるし、自分で選んでいい。会社員として働いていると「1ヶ月以上の休みをとることはできない」とか「今、自分が抜けることはできない」と思ってしまいがちです。でも、勇気を出して動いてみたら、「できないと思い込んでいるのは自分自身だった」なんてことも多いんじゃないかなと。

ぼくも30代になって守るべきものが増えて、前より気軽に選択できないと感じる瞬間もあります。だからこそ自分自身も「選べる」という実感を持ちつづけていたい。その実感を共有できれば、子どもたちにもいい顔で向き合えるんじゃないかなって。

──最後に、スタジオパーソルの読者である「はたらく」モヤモヤを抱える若者へ、「はたらく」をもっと自分らしく、楽しくするために、何かアドバイスをいただけますか?

「キャリアに一貫性なんてなくていい」ということを伝えたいです。点と点が綺麗につながっているように見えるぼくのキャリアも、今こうして振り返ってみてやっと、そう見えるようになっただけ。高卒のイチ工場作業員が一般社団法人を立ち上げて、Forbes JAPAN 30 UNDER 30に選出される未来があるなんて、当時は想像すらしていませんでした。

キャリアも選択も、実態は予測不能でぐちゃぐちゃなものです。数年後の自分の考え方も、取り巻く社会もどうなっているか分からない。だから、後先考えすぎず、今の感覚に素直になって、自分の好きなように選べばいいと思うんです。ときにはぼくのように、ノリと勢いに任せて行動してみてもいいんじゃないかな。

とくに今の時代、AIの台頭などで「この仕事の未来はどうなるんだろう」と不安になることもあると思います。でも、あれこれ考え込んで、結局何もせず立ち止まってしまうほうがリスクなのかもしれない。

ぼくが尊敬している、アラスカの写真家である星野道夫さんが残した言葉を借りると、「大切なことは、出発すること」。何をやるかはさておき、まず一歩踏み出してみる。とにかくここからどこかへ出発することが大事だと思います。

この記事を読んで「今の環境を変えたい」と少しでも思ったなら、まずはひとつアクションを起こしてみてください。求人情報を眺めてみるのでも、知り合いに連絡してみるでもいい。不確実な未来に自分を飛び込ませてみる。その一歩から始まる何かが、きっとあるはずです。

(「スタジオパーソル」編集部/文:なこてん 編集:いしかわゆき、おのまり 写真:朝川真帆)

※ この記事は「グッ!」済みです。もう一度押すと解除されます。

3

あなたにおすすめの記事

同じ特集の記事

  • シェア
  • ツイート
  • シェア
  • lineで送る

人気記事

片瀬那奈さん、40歳で女優から会社員になった現在。「今の仕事が天職」の理由。
生成AIに月8万課金、23歳で月収100万。始まりは大学4年のChatGPT“宿題代行”。
与田祐希「ずっと、向いてないと思ってた」8年の乃木坂46舞台裏を告白。島育ちの少女がセンターに、そして卒業。
月7万で生活、10分で引越し完了。「モノもお金もいらない」Z世代の幸福感とは。職業「ミニマリスト」しぶさんに聞いた。
『香水』瑛人。逗子「海の家」ではたらく現在。紅白出場後「ちょっと虚しかった」
  • シェア
  • ツイート
  • シェア
  • lineで送る

人気記事

片瀬那奈さん、40歳で女優から会社員になった現在。「今の仕事が天職」の理由。
生成AIに月8万課金、23歳で月収100万。始まりは大学4年のChatGPT“宿題代行”。
与田祐希「ずっと、向いてないと思ってた」8年の乃木坂46舞台裏を告白。島育ちの少女がセンターに、そして卒業。
月7万で生活、10分で引越し完了。「モノもお金もいらない」Z世代の幸福感とは。職業「ミニマリスト」しぶさんに聞いた。
『香水』瑛人。逗子「海の家」ではたらく現在。紅白出場後「ちょっと虚しかった」
  • バナー

  • バナー