元MBS局アナ・野嶋紗己子が入社5年でPIVOTのMCへ「辞めます」で上司のペンが落ちた日

2026年9月30日

はたらく情報メディア『スタジオパーソル』が運営するYouTubeでは、仕事終わりの晩酌まで1日密着し、はたらく本音を深掘りする番組をお届けしています。

今回密着したのは、ビジネス映像メディア「PIVOT」のMC兼プロデューサーとして活躍する野嶋紗己子さん。新卒で毎日放送(MBS)に入社し、5年間アナウンサーを務めた後にPIVOTのMCへ転身した経歴は、当時大きな話題を呼びました。

今や「PIVOTの顔」として知られる野嶋さん。しかしそこに至るまでには、やりがいを感じていたアナウンサーの仕事を手放すことへの想いや、育ててくれた人たちへの申し訳なさなど、さまざまな葛藤がありました。自身のキャリアと正直に向き合い続けてきた野嶋さんの歩みには、「自分らしいはたらき方」を見つけるヒントが詰まっています。

※本記事はYouTube『スタジオパーソル』の動画を一部抜粋・編集してお届けします

企画、オファー、サムネイルづくりまで。「PIVOT」MCの舞台裏

野嶋さんは、ビジネス映像メディア「PIVOT」でMCを務めるかたわら、ラジオのパーソナリティ、経済・AI関連をはじめとするさまざまなイベントのモデレーター・司会など、活動の幅を広げています。今回密着したのは、MCを務める「PIVOT」の現場です。PIVOTが発信するのは、ビジネスやキャリア、経済に関する情報。経営者へのインタビューから業界の最新動向まで、扱うテーマは多岐にわたります。

この日取り上げていたテーマは、日本のパワー半導体業界の再編でした。専門家を招き、1時間近くにわたってニュースの深層を掘り下げていきます。

実は、野嶋さんはこの企画そのものの発案者でもあります。「MCの仕事」と聞くと、その場で話を聞き、番組を進めていく役割を思い浮かべる人も多いかもしれません。しかしその仕事は、それだけにとどまりません。

「私の場合、PIVOTのMCとしてまず自分で企画を立てるところから始めます。誰をお呼びするか決めて、アポイントを取って、台本も作る。収録のあとも、編集のチェックやカット指示、サムネイル作りまで携わっています」

このように、企画から制作までほぼすべての工程に携わる野嶋さんに与えられた肩書は「MC兼プロデューサー」です。PIVOTの社員ではなく、自身で会社を経営し、PIVOTとは業務委託契約を結んだパートナーとしてMCを担っています。

そんな野嶋さんが、いまの仕事に大きなやりがいを感じる理由の一つが、専門家の話を1時間近く、大きな編集を加えずに届けられること。限られた尺の中で要点を切り出すテレビとは違う、PIVOTならではのやりがいだそう。

「テレビでは時間が限られていて、どうしても削ぎ落とさざるを得ない部分がありました。でもここでは、専門家の言葉を、深く学びたい人たちにしっかり届けられる。それがうれしくて、やりがいになっています」

収録を終えても、野嶋さんの一日はまだ終わりません。動画のサムネイルに添える一言を練り上げ、夜にはラジオ局・J-WAVEのスタジオへ。映像で多くの人に向けて番組を進めるPIVOTとは打って変わり、ラジオでは声だけを使って、マイクの向こうにいるリスナー一人ひとりへ語りかけます。

同じ「伝える」仕事でも、映像とラジオでは勝手がまるで違うと言います。それぞれの現場で、自分らしい伝え方を模索する日々。野嶋さんは、どんな歩みを経て、この場所にたどり着いたのでしょうか。

充実したMBSアナウンサー時代。少しずつ見えてきた「本当にやりたいこと」

野嶋さんが新卒で入社したのは、大阪に拠点を置く関西のテレビ局・毎日放送(MBS)でした。アナウンサーになったきっかけは「ご縁だった」と話します。金融業界など他の業界も受験していた中、決め手になったのは、人事担当者や先輩アナウンサーからかけられた言葉でした。

「『私たちは“野嶋さんが”いいと思っている』と言っていただけたんです。大勢の中のひとりではなく、あなたがいい、と。そこまで言ってもらえたことが、最後の決め手になりました」

縁もゆかりもなかった大阪へ。最初は不安もありましたが、関西の人々の温かさに、野嶋さんはすぐになじんでいきます。情報番組で言い間違いをしてしまった日には、買い物中に見ず知らずの人から「あんた今日も噛んどったな!」と、笑いながら声をかけられることも。そんな距離感が心地よかったと振り返ります。

多くの人へ自分の言葉を届けられるのは、テレビという媒体ならでは。野嶋さんにとって、それは何ものにも代えがたい喜びでした。

もちろん、充実した日々が続く一方で、心の葛藤やプレッシャー、コロナ禍の特異な状況などにもがいた日々もありました。一時期、本番中に思うように声が出づらくなる“イップス”に陥ったこともあったそうです。

そんなとき支えになったのが、尊敬するアナウンサーからの言葉でした。「本番前に、“心の帯”を締めなおしてみなさい。野嶋さんは昔から空手をやっていたでしょう。その感覚を思い出してみて」。そう言われたことをきっかけに、本番前に“心の帯を締める”ことを習慣づけ、本番に向けて気持ちを切り替える術を身につけていったそうです。そうして日々を積み重ねていくなかで、入社から3〜4年目を迎えるころ、野嶋さんの中に変化が芽生えはじめます。テレビ局のアナウンサーという立場でできることと、自分がこれから挑戦したいことの間に、少しずつギャップを感じるようになったのです。

「もっとニュースについて専門家に深く聞きたい、もっと自分に裁量権を持って発信したい。そんなふうに、やりたいことが徐々に明確になっていきました」

自分の進みたい方向が見えはじめたタイミングで、思いがけない転機がやってきます。PIVOT代表の佐々木紀彦さんやMCの国山ハセンさんから、X(当時のTwitter)のDMでMCに興味はないかと打診があったのです。PIVOTならやりたいことを実現できるかもしれないと感じ、野嶋さんは挑戦を決めました。

「チャンスをつかませてください」。退職を伝えたときの“重い空気”を忘れない

アナウンサーという仕事に、やりがいも誇りも感じていた野嶋さん。それでもPIVOT転身を選んだ背景には、彼女なりの明確な理由がありました。

「テレビアナウンサーという肩書を失う怖さよりも、5年後、10年後の自分の立場やはたらき方が想像できないことのほうが怖かったんです。どちらを選んでも不安なら、不安だけどワクワクするほうを選びたかった」

背中を押してくれたのは、父親から繰り返し聞かされてきた「迷ったら、世のため社会のためになるほうへ進め」という言葉でした。テレビ局での仕事にもやりがいはありましたが、それでも、「PIVOTでならもっと自分らしいやり方で人の役に立てるかもしれない」 という自分への期待のほうが大きかったと言います。

もっとも、野嶋さんに期待を寄せていた上司たちにとって、退職の報告はまさに寝耳に水だったそう。退職を切り出した瞬間の重たい空気は、今も忘れられないと振り返ります。

「『辞めます』と切り出した瞬間、上司の手からペンがポトンと落ちて。あの音が、今も忘れられないんです。本当に申し訳なかった」

育ててもらった感謝も、未熟なまま出ていくことへの申し訳なさも、たしかにありました。それでも野嶋さんは、「このチャンスをつかませてください」と頭を下げました。自分の手で企画し、深く伝えられる場所で挑戦してみたい——その一度きりの機会を逃したくなかったからです。それが正しい選択になるかどうかは、誰にも分かりません。だからこそ、野嶋さんの覚悟は揺るぎませんでした。

「決めた以上は、成功させるしかない。送り出してくれた先輩たちや同期にちゃんと胸を張れるような仕事をするぞ、と心に決めました」

その誓いは現実になりつつあります。PIVOTのMCへの転身 から数年が経ったある日、MBSを訪問した際に、かつての先輩が「辞めて良かったね」と声をかけてくれたのだとか。「そんなふうに思ってくれる人たちに恵まれてよかった」と、笑顔で振り返ります。

着実に活動の幅を広げてきた野嶋さん。まっすぐな表情で、今後の目標についてこう語ります。

「一つは、照らしたいと思える企業や人、業界をもっとたくさん取材して、それを必要としている人のもとへ届けること。そしてもう一つは、『野嶋さんに取材してほしい』『野嶋さんになら話を引き出してもらえる』と言ってもらえる伝え手になることです。これはずっと変わらない目標ですね」

人と比べていい。自分に自信を持つための「モヤモヤの見つけ方」

自分のやりたいことを形にして、活き活きとはたらく野嶋さん。その活躍を支えてきたのは、才能や勢いだけではありません。アナウンサー時代から、自分自身と地道に向き合い続けてきたことも、たしかな土台になっていました。たとえば、自分を外から見た現在地を知るため、転職するつもりはなくとも転職サイトに登録していたこともあったと言います。

「『今の私には、どんなオファーが来るんだろう』と気になって登録していたんです。そうしたら、2〜3年目でスカウトがぱたっと止まって」

それ以来、野嶋さんは毎年、自分のキャリアやスキルを棚卸しするようになりました。自分の強みは何か、この1年でどう変われたのかを、定期的に問い直していたのです。

「転職サイトに登録すべきだ、と言いたいわけではありません。ただ、自分の市場価値を意識しながらはたらくことが、自信につながると思っていて。やりたいことはあるけど一歩を踏み出せない、という人ほど、これまでの自分を一度書き出してみるといいと思います」

自分の現在地を確かめておくことは、漠然としたはたらく不安と向き合うための大きな支えになる、と野嶋さん。そんな不安やモヤモヤを抱える若者に向けて、「はたらく」をもっと自分らしく、楽しくするためのアドバイスを伺いました。

「大切なのは、自分のモヤモヤの正体を突き止めること。人間関係なのか、今いる環境なのか、それとも成長できていない自分自身に対してなのか。それによって、向き合い方も変わってきますから。まずは自分の現在地を知ること。もしそれが分からないなら、『いいな』と思える人と自分を比べてみるのも一つの方法です。やりたいことをかなえて活き活きしている人をうらやましく思うなら、『自分はまだかなえられていないんだ』と気づけるかもしれない。モヤモヤの正体さえ分かれば、自分が何をすればいいのか、きっと見えてくるはずです」

不安や迷いを抱えながらも進む道を自ら選んできた野嶋さんは、今日も自分らしい正解へと手を伸ばしています。

※今回お伝えし切れなかったフルバージョンの動画はYouTube『スタジオパーソル』にて公開中

(「スタジオパーソル」編集部/文:間宮まさかず 編集:いしかわゆき、おのまり)

※ この記事は「グッ!」済みです。もう一度押すと解除されます。

0

あなたにおすすめの記事

同じ特集の記事

  • シェア
  • ツイート
  • シェア
  • lineで送る
ライター/作家間宮まさかず
1986年生まれ、2児の父、京都在住のライター・作家。同志社大学文学部卒。家族時間を大切にするため、脱サラしてフリーランスになる。最近の趣味は朝抹茶、娘とXGの推し活、息子と銭湯めぐり。
著書/しあわせな家族時間のための「親子の書く習慣」(Kindle新着24部門1位)

人気記事

片瀬那奈さん、40歳で女優から会社員になった現在。「今の仕事が天職」の理由。
生成AIに月8万課金、23歳で月収100万。始まりは大学4年のChatGPT“宿題代行”。
与田祐希「ずっと、向いてないと思ってた」8年の乃木坂46舞台裏を告白。島育ちの少女がセンターに、そして卒業。
月7万で生活、10分で引越し完了。「モノもお金もいらない」Z世代の幸福感とは。職業「ミニマリスト」しぶさんに聞いた。
『香水』瑛人。逗子「海の家」ではたらく現在。紅白出場後「ちょっと虚しかった」
  • シェア
  • ツイート
  • シェア
  • lineで送る
ライター/作家間宮まさかず
1986年生まれ、2児の父、京都在住のライター・作家。同志社大学文学部卒。家族時間を大切にするため、脱サラしてフリーランスになる。最近の趣味は朝抹茶、娘とXGの推し活、息子と銭湯めぐり。
著書/しあわせな家族時間のための「親子の書く習慣」(Kindle新着24部門1位)

人気記事

片瀬那奈さん、40歳で女優から会社員になった現在。「今の仕事が天職」の理由。
生成AIに月8万課金、23歳で月収100万。始まりは大学4年のChatGPT“宿題代行”。
与田祐希「ずっと、向いてないと思ってた」8年の乃木坂46舞台裏を告白。島育ちの少女がセンターに、そして卒業。
月7万で生活、10分で引越し完了。「モノもお金もいらない」Z世代の幸福感とは。職業「ミニマリスト」しぶさんに聞いた。
『香水』瑛人。逗子「海の家」ではたらく現在。紅白出場後「ちょっと虚しかった」
  • バナー

  • バナー