デビューから引退後まで。サッカー選手の一生に寄り添う代理人(エージェント)のお仕事

2022年5月23日

海外サッカー選手の移籍に関するニュースで耳にすることのあるサッカーの“代理人(エージェント)”の存在。実は日本でもJリーグで活躍するサッカー選手の多くが、エージェントと契約し活動しています。移籍交渉のイメージが強いエージェントですが、実際はどのような仕事なのでしょうか。

ご自身もJリーガーとして活躍し、現在はサッカー選手のエージェントとして国内最大手のJSP(ジャパン・スポーツ・プロモーション)に所属する、中澤聡太さんに話を聞きました。

サッカーの代理人(エージェント)って、どんな仕事?

──代理人、仲介人と呼ばれるサッカーのエージェントのお仕事とはどういうものなのでしょうか?

ざっくり言えば、選手のサポートをする、パートナーのような存在です。エージェントといえば移籍交渉や給料交渉などの仕事がフォーカスされがちですが、契約交渉ってほとんどの選手は1年に1度だけ。なので、実際はそれ以外の業務をしている時間の方が圧倒的に長いんです。

日常生活で必要になることや、トレーニングのサポート等様々です。最近では「VISIONARY ATHLETE」というWEBサイトを立ち上げて、選手をサポートできる仕組みを作っています。選手の役に立ち、彼らの価値を高めるためなら、何でもやりますよ。

──選手へのサポートは、所属クラブも行っているのではないでしょうか?

プロサッカーの場合、1つのクラブにずっと所属している選手もいますが、多くの選手がどこかのタイミングで移籍を経験します。

もちろんクラブも選手をサポートしますが、基本的には自分たちのクラブに在籍している期間の付き合いになります。いわゆる「ゼロ円提示」をしたら、極端な言い方をすれば他人になってしまいます。

ぼくたちの場合は、移籍してもずっとその選手と付き合っていくことになります。引退後も付き合いが続くこともありますし、それこそ選手の人生に寄り添う存在だと思ってやっています。

──なるほど。ちなみに、エージェントはどのように収益を得ているのでしょう? 海外では、エージェントが巨万の富を手にするような噂もありますよね。

海外の場合は、移籍金の数パーセントをエージェントが報酬としてクラブから受け取るケースが多いです。それゆえ、お金のために代理人が移籍をさせているというような報道のされ方をすることもあります。

でも日本では、選手の年俸の数パーセントを、選手から受け取るのが主流です。海外のイメージが強く、『選手を移籍させればさせるほどエージェントが儲かる』と思われがちですが、実は選手が何回移籍しようが、僕たちの収入は一切増えないと言っても過言ではありません(笑)。

業界の徹底研究が選手の進路を左右する

──プレイヤーが国内に大勢いる中、中澤さんたちはエージェント契約を結ぶ選手をどのように見つけているのでしょうか。

会社の電話が鳴って「お願いします」なんていうことはなくて。基本的には紹介かスカウトの2パターンになります。良い選手と契約するためには自分たちから「取りにいく」時代なので、紹介してもらうにせよ、声をかけるにせよ、なんらかのアクションは起こしていかなくてはいけません。

──中澤さんが「契約を結びたい!」と思う選手の傾向はありますか?

判断基準や重視するポイントはエージェントによってそれぞれですが、僕の場合は秀でた能力が1つでもあるかどうかを重視します。

もちろんメンタルや持久力、テクニックなどの全体的なバランスもチェックしますが、それ以上に突出したストロングポイントがある選手に魅力を感じることが多いです。それに加えて、まずは直接話をすることが大事だと考えているので、人間性も重視をしています。

──そうして契約した選手をクラブに紹介するわけですね。

クラブ側から選手にオファーが来ることもありますが、待っているだけでは契約のチャンスは訪れません。そこでクラブ側に選手をプレゼンすべく、さまざまなリサーチをする必要があります。

まず、選手が実力を発揮できる場所を見抜くには、各クラブにどういった特性があるかを把握できていることが重要です。

監督が組み立てる戦術の傾向や、所属する選手の特徴を分析し、次のシーズンでそのクラブがどんな選手を求めるかを予測したりもします。その上で映像やデータを用いながら、戦略的に選手の魅力をクラブ側にアピールするんです。


──選手自身の特性や希望するクラブを把握しておくことも仕事の一つですよね。

特に、僕はエージェント契約している選手を直接“見にいく”ことに重きを置いています。今は映像でも十分追うことができるのですが、練習試合からスタジアムでの試合まで、とにかく足を運んで、直接本人の様子をチェックするよう心がけていますね。

──ご自身もJリーガーだったからこそ、分かることもあるのでは?

「自分も選手やっていたから」なんて言い方はしないですけどね。もちろんサッカーをやっていたからこそ気持ちがわかる部分はありますが、エージェントとしてアドバンテージがあるなんて思っていなくて、むしろサッカーばかりしていた自分にはハンディがあるぐらいに考えています。

うちの会社は元Jリーガーの選手含めてなんらかの形でサッカーをやっていた人間しかいないですが、ほかだと元々弁護士をやっていたりだとか、別のスポーツのエージェントをやっていたりだとか、そういうルートもあります。

必ずしもエージェントがすべてサッカー経験者というわけではなく、エージェントとしての武器もそれぞれの特性や経験によってさまざまです。

「聡太にお願いして、本当に良かった」

──選手の人生ととことん向き合う中で、印象深いエピソードはありますか?

今、僕は20名ほどの選手を担当していますが、うれしいことも、悲しいこともたくさんありますよ。一番下のリーグからJ1のチームに移籍した選手がいました。

僕なりにいろいろなアドバイスをさせてもらってから送り出したんですけど、そのときに「わかっています。本当にありがとうございます」と言われて。思い出すと泣きそうになります。やっぱり、単純にうれしかったですね。

ただ印象に残っているエピソードという意味では、選手が引退するときのエピソードの方が強いかもしれません。

──どんなエピソードですか?

引退をするときって、まったくどこからもオファーがないということは少なくて。サッカーの世界はJリーグのカテゴリー以外にもたくさんのクラブがあるので、そこを含めればなんらかのオファーはあるんです。

こちらは選択肢を提示して、現役を続けるのか、別の道を歩むのかは、本人の答えを待つことしかできません。その選手の人生ですから。

現役時代の先輩にあたる選手のエージェントを担当した時のこと。チームメイトとして一緒にボールを蹴っていた選手で、元日本代表で、ワールドカップにも出場した人なんですけど。僕が先に引退をして、エージェントになったときに「聡太、エージェントやってくれない?」と言ってもらえて。

自分の尊敬する選手なので、どうしていいかわからないところもありながら「このプレーはチームにとってプラスではないと思います」「もっと勝負していいのでは」なんて、ほかの選手と同じように接していました。

そしてとうとうその選手が引退するとなったときに「聡太にお願いして、本当に良かった」と言ってくれたんです。今思い出しても泣きそうなんですけど、その言葉が忘れられないんですよね。

自分も選手として引退を経験したから気持ちがわかるし、やっぱり「終わり」の部分は印象に残っていることが多いですね。

選手の一生と向き合い続ける仕事

──なぜ中澤さんは引退後にエージェントという職業を選んだのでしょうか。指導者など別の道もあったのでは?

JSPの現社長が、僕の現役時代を担当してくれたエージェントだったんです。僕は、市立船橋高校時代に全国高校サッカー選手権で優勝して、ちょっと鳴り物入りのような感じで柏レイソルに入団したんです。でも、怪我をしたり、自分の実力不足もあって。レギュラーとして定着できない状況が6~7年続いていました。

柏レイソル時代の先輩が、こいつやばいなと思ったんでしょうね。エージェントを紹介してくれたんです。今も良く話すんですけど「あの時のお前、相当きつそうだったよ」と言われます。

その中でガンバ大阪へ移籍できたのが、間違いなく自分のターニングポイントになったし、その機会を得ることができたのには間違いなくエージェントの力もありました。

引退間際、僕のアキレス腱はボロボロで深刻な状況でした。ただ『ケガを理由に辞めたくない』という思いもあって、最後に何クラブか移籍先を提示してもらっていたんです。

それを踏まえて色々なことを考えていたら、『ああ、次のステップに行かないと』という決意が生まれてきたんですよね。

僕の意思を尊重しながら選択肢をつくってくれたり、自分の能力を引き出してくれたりと、エージェントは文字通り“導いて”くれた存在。だからこそ、自分もエージェントとして選手をサポートしたいと思うようになりました。

──選手との信頼関係を築きあげ、成長をサポートする魅力的なお仕事だと思いました。では、エージェントにはどうすればなれるのでしょうか?

実は、至ってシンプルです。書類と面接による選考を経て、日本サッカー協会に「仲介人」として登録手続きを行えば、誰でもエージェントを名乗ることができます。

──誰でも簡単にエージェントになれるってことですか?

ただ、それは資格を得られるというだけで。たとえば弁護士の資格を持っていても弁護を依頼される方なしに仕事ができないのと同じように、依頼してくれる選手がいなくてはエージェントの仕事ではできません。

逆に言えば、選手と関係性ができて、選手から「お願いします」と言われれば、すぐにでもエージェントになることはできます。

ただ、選手との特別なコネクションがない場合は、やっぱりサッカー業界になんらか携わっていたというケースが多いですね。JSPにもお問い合わせはいただくのですが、オープンに採用をしているわけではないので、狭き門と言えばそうかもしれません。

──最後に中澤さんの目標をお聞きしたいのですが、やはり「すべての契約選手をトップクラスの世界に送り出すこと」でしょうか?

もちろん海外のリーグやJ1で活躍してもらえればうれしいです。でもそれ以上に「選手一人ひとりに満足してもらうこと」を目指したいと思っています。何が“トップ”なのかはその選手が決めることですから。

だからこそ、今後も選手一人ひとりの気持ちと誠実に向き合い、何を求めているかを理解することで、最適な活躍の場を提供していきたいです。

そして、引退後のネクストキャリアを歩み始めるまで、ずっと関係を保ち続けるつもりで選手と接していきたい。僕にとってエージェントという仕事は、選手の一生と向き合い続ける仕事なんです。

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ライター高木 望
1992年、群馬県出身。広告代理店勤務を経て、2018年よりフリーライターとしての活動を開始。音楽や映画、経済、科学など幅広いテーマにおけるインタビュー企画に携わる。主な執筆媒体は雑誌『BRUTUS』『ケトル』、Webメディア『タイムアウト東京』『Qetic』『DIGLE』など。岩壁音楽祭主催メンバー。
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