“顔出ししない”モデルのお仕事とは。金子エミさんが語る「美しさ」だけではない「手タレ」の条件
「モデル」と聞いて真っ先に浮かぶのは、ファッションモデルではないでしょうか。さまざまな服を着てポージングし、紙面を彩るモデルは、いつの時代も最先端を行き、私たちのファッションリーダーです。
今回話を聞いたのは、そんな華やかな世界とはちょっと違う、「パーツモデル」の金子エミさん。パーツモデルとは、手だけ、脚だけ、目だけといった体のパーツのみ出演するモデルのこと。金子さんは特にハンドモデルをメインに務め、「日本一のパーツモデル」の異名を持つほどの活躍をされています。
パーツモデルとはどのようなお仕事なのか、パーツモデルになるまでにはどのようなエピソードがあったのか、金子さんに伺いました。
CMの出演者と同じ衣装、同じネイルで撮影。パーツモデルとはどんなお仕事?
――モデルと聞くと、やはり華やかなファッションモデルを思い浮かべてしまうのですが、パーツモデルのお仕事内容を教えてください。
その名の通り、体の一部のみに絞って務めるモデルのことです。俗に「ハンドモデル」「手タレ」などとも呼ばれますね。
主に日用品やジュエリーといった商品の使用シーンの撮影や、タレントなどCM出演者のパーツ部分だけを代わりに務める仕事です。どれも共通しているのは、パーツ専門のモデルを起用することで、商品をより良く見せるということ。
私は手をはじめ、脚、デコルテ、背中など、顔と胸、おしり以外はすべてのパーツでモデルを務めていますが、特定のパーツのみで活躍されているモデルさんもいますね。全身のパーツを使えると、お仕事の幅も広がります。
パーツモデルと呼ばれる方々はいま全国に50人ほどいるのではないでしょうか。その中で、パーツモデルだけで生活できる人は本当に一握りです。
――パーツ部分だけの撮影というとなかなかイメージがつかないのですが、どのような流れで行われるのでしょうか。
CM撮影などがある日は、対象となる出演者の撮影が終わるのを待ちます。その方の撮影が終わったら、着ていた衣装を今度は私が着てパーツの撮影をしていきます。これはCM出演者がやっているように見せるためですね。ネイルなどもメイクさんにまったく同じにしてもらって、最後にパーツモデルが撮影……といった流れです。
この流れだけでもわかる通り、待ち時間が非常に長い仕事です。10時間くらいの待ち時間は日常茶飯事。長時間待ってやっと撮影だと思っても「はい、お願いします。製品のボタン押してください。はい、大丈夫です。ありがとうございました」とすぐ終わることも多いですね(笑)。
――長時間待っても稼働はそれだけ……。大変なお仕事というのが伝わってきました。金子さんは、どうしてパーツモデルになろうと思ったのでしょうか。
自分からなりたいと思っていたわけではないんですよ。実家がクリーニング屋を営んでいたのですが、そこの常連さんの1人に有名な芸能事務所のマネージャーの方がいて、お店を手伝っているとき、その方に「きれいだね」と言われたんです。
もちろん私自身もその方が有名な芸能事務所ではたらかれていることを知っていたので、「これはきた! 芸能界入りだ!」と舞い上がっちゃったんですね。そうしたら、「手が」と言われて(笑)。
自分の手がきれいだなんて思ったこともありませんでしたし、私自身がガサツな性格なので、はじめは本当に驚きました。その方が「クリーニング屋さんでアルバイトするよりも、手タレさんはもっと稼げるんだよ」と、パーツモデルについて教えてくれて。「なら手だけでもモデルをやってみたい」と思ったんです。
――なるほど。そこから事務所に所属されて、お仕事をはじめられたのですね。
すぐにオーディションへ応募しました。クリーニング屋にきてくれていた方の事務所はパーツモデルをあまり扱っていないということだったので、パーツモデルを募集している事務所に自分で手の写真を撮って郵送して。
でもいざ面接に行ったら、門前払いで。当時は指輪の日焼け痕がくっきりあって、「こんな手で務まるわけがないでしょ」と追い返されましたね。ただ、私って逆境に燃えるタイプで。ならやってやろうと思ったんですね。ここから1年間、手のケアを徹底的にしました。 1年後、指輪の日焼け痕も消えたころにもう一度事務所の扉をたたいて、「そんなにやりたいならやってみたら」と業界に入れてもらいました。
手の美しさに秘密はある? きれいさよりも、需要があるからNo.1。
――単純な疑問なんですが、ハンドモデルをされている方って、やはり手が特段きれいでないといけないのでしょうか?
それがそんなこともないんですよ。もちろん、手がきれいであると有利だとは思いますが、私の手はごく普通の手だと思っています。ハンドモデルって大きく分けると、ジュエリーなどを担当する方と、生活用品などを担当する方の2パターンがいるのですが、私はジュエリーなどの案件はほぼないですね。
ジュエリーを担当される方の手はもっと大きくて、ゴージャスな感じ。腕ももっと長く、肌の色も白い方が多いです。私は指も短く、肌も黒いほう。パーツモデルだから手がすごくきれいなのかと言われたら、そうでもないよと返します。
――そうなんですか? でも金子さんは「No.1パーツモデル」と呼ばれていますよね……?
そうですね。たまにNo.1パーツモデルなんて言っていただくことがあるのですが、きれいなパーツを持っているわけではなく、需要が大きいパーツを持っていたということだと思っています。
私のパーツモデルのお仕事はいわゆる生活用品系というものですが、シャンプーなどを使う手、パンやおにぎりを持つ手、オーディオやリモコンのボタンを押すといった、少し地味なお仕事が多いんですよね。生活用品を、毎日の中で使う、親しみのある手が私の手なんです。
――なるほど。ほかには、パーツモデルに求められる素養はありますか?
クライアントの要望をきちんと汲み取って、商品の魅せ方を理解することですね。パーツモデルはCMのお仕事など、オーディションがあることも多いですが、ハンドモデルさんが何人か集められて、手を並べて見られる……といったことはなく、実演テストのことがほとんどなんです。
たとえばヘアムースのお仕事。ヘアムースを手のひらにきれいに丸く出すシーンがあったのですが、私は手がきれいなのではなくて、ヘアムースを丸く出すのが上手だったんです。 こうしてお水をもつのにも、ひじを内側にいれるのか、腕を伸ばすのかによって魅せ方が変わってきますよね。
そういった点で、オーディションを勝ち取りやすい人とそうでない人には差があると思います。そこに監督や演出の方がいて、言われたことをその場ですぐにできるかどうかなんです。手のきれいさというよりは、要望をしっかりくみ取って使いやすいパーツモデルのほうが一緒に仕事をしやすいのだと思います。
パーツモデルは職人。日々の生活の中でも、手や脚は大切に
――手や脚が商品になるパーツモデルですが、日常のケアなど、かなり大変なイメージがあります。
そうですね。数日先にCMのお仕事が入っているとなると、手や脚に責任が出てくるので、絶対に傷つけちゃいけない、きれいに保たなきゃいけないと常に思っています。
たとえば、買い物袋などの荷物は、一時的でも毎日手に持っていると筋肉がついてしまい、血管が浮き出てしまうので絶対手には持ちません。今は加工技術が進んできて、血管が浮き出ていたとしてもすぐ修正できますが、私がパーツモデルをはじめたころはそうはいきませんでした。もちろん今でも加工の手間がかかってしまうので、日ごろから注意していますね。
――手の血管……。気にしたこともありませんでした。
パーツモデルの仕事って、究極自己満足だと思っているんです。見た人からは私だとわかってもらえないですし。でも、私の手があったことで商品がよく見えて、ほしい、買いたいと思ってもらえるならうれしいですし、それがやりがいに繋がります。 少しでもそう思っていただけるように、パンをふんわり割く方法とか、自分の中の魅せ方を日々研究していますね。パーツモデルって、自分の手の魅せ方ももちろんですが、商品の魅せ方を研究する職人みたいだと思っています。
自分が思い描いていた以上のところに来られた。あとは全力で応えていきたい。
――パーツモデルとしてに限らず、金子さんが今後やってみたいこと、成し遂げたいことはありますか?
正直、自分が夢として思い描いていた以上のところに来られたと思っています。もう、自分でこれを成し遂げたいとか、そういったことはなにもないです。今は「金子さんのパーツが必要」と求められることに関して、全力で応えていきたいなと思っています。
あとは、やはり母としての面でしょうか。長男のカイト(2021年現在24歳)はダウン症をもって生まれてきたのですが、現在ダウン症スイマーとして活躍しています。おそらくもうアジアでは負けなし。カイトがダウン症の世界水泳で金メダルをとることを、今一緒に夢見て頑張っています。
長男も頑張っていますし、私も母として、長男にパーツモデルとして頑張っている姿を見せられたらと思っています。
(文:山口真央 編集:高山諒(ヒャクマンボルト) 写真:佐藤詠美梨)
※ この記事は「グッ!」済みです。もう一度押すと解除されます。