他人の体臭まで嗅ぐ!? においを嗅ぐ職業「におい探偵」とは。その道28年の石川英一さん語る。

2024年10月11日

下水臭や体臭、ゴミの臭いから強すぎる香水まで。においにまつわるトラブルを調査し、対策や改善策を提案する「においの探偵」こと石川英一さん。

石川さんは1996年の第1回国家試験で臭気判定士免許を取得後、「におい」のプロとして、個人から企業までさまざまな臭気のトラブルを解決してきました。そして2010年からはフリーランスの臭気判定士として独立します。

臭気判定士として活躍する石川さんのもとには、どういった相談が舞い込んでくるのでしょうか。また、それを石川さんはどのように解決していくのでしょうか。その仕事の裏側に迫ります。

部屋のにおいから体臭までなんでも嗅ぐ

――まずは石川さんのお仕事の内容について教えてください。

においにまつわるトラブルを解決することが主な業務です。

クライアントは集合住宅の管理会社から、家庭用生活用品のメーカーまでさまざま。個人のお宅から「自宅から異臭がするので、においの発生源を探してほしい」とご相談をいただくこともありますよ。

また、観光ホテルから「利用者の香水のにおいが取れないから、臭気が特に強い部分を特定してほしい」という依頼をいただくことも月に2〜3回ほどあります。

――においの発生源を探ることが主な仕事だからこそ「においの探偵」なのですね。

その一方、商品開発に携わったり、雑誌・Webメディアの編集部から依頼され、市販されているデオドラント商品を比較する企画に参加したりすることもありますね。たとえば、複数の汗拭きシートを嗅ぎ比べて採点する仕事などがあります。

人工合皮に汗のにおいがする液体を塗り、拭き取ることで、どれほど臭気が和らぐかをチェックしたりするんです。実際に編集部員が着用した靴下や、生身の人間の頭皮、脇の下を嗅いで検証することもあるんですよ。

――そこまでやるんですか!人工的なにおいならまだしも、他人の汗のにおいを嗅ぐことに抵抗はありませんか?

不快なにおいを嗅ぐこと自体への抵抗感はそこまでありません。

そういえば過去にテレビ番組へ出演した際、脳の研究をされている先生が、私の脳を調べてくださったことがあったんですよ。

通常、人は濃いにおいを嗅ぐと脳が反応します。しかし私の場合、薄いにおいを嗅いでも脳が反応するのに、すぐ分かるほどの濃いにおいには脳が何の反応もしませんでした。

さまざまなにおいを嗅ぎ慣れてきたのもありますが、訓練によって脳がにおいを嗅ぐことに特化してしまったのかもしれませんね。

「見えない場所」にもにおいの発生源は存在する?

――石川さんが「においの発生源」を特定する方法についてもお聞きしたいです。そもそも、臭気は機械などを使っても測定できそうですよね。なぜ判定士の嗅覚を頼るのでしょうか?

おっしゃる通り、においを測定する方法には、分析機器による測定法と、人の嗅覚を用いる嗅覚測定法の2通りの方法があります。

においの成分や濃度は、前者の方法で特定ができるんです。しかし「どこからにおいが発生しているか」は、人の鼻じゃないと判断がつきません。

――においの発生源を特定するための嗅ぎ方、というのもあるのでしょうか?

においを嗅ぐというよりも「空気の流れを感じ取る」といった方が、ニュアンスは近いかもしれません。現場に到着したらまずは身体を動かさずにじっとして、空気の中に潜んでいるにおいの分析をはじめます。

――においの分析、ですか。

基本的にどんな現場であれ、複数のにおいが存在します。置いてある消臭剤のにおいや洗濯物のにおい、カーテンのにおいだけではなく、「バックグラウンド」という建物本来のにおいもあるんです。

現場で空気の流れに集中しているうちに、わずかな空気の動きなどを察知するんですよね。そして空気が流れてくる源流を辿れば、においの発生源がある。同時に、空気中にどんなにおいがどれくらい漂っているか、というにおいの構成要素が明らかになっていきます。

その上で「このにおいは消臭剤のにおいだ」「これはソファのにおいだ」のように、少しずつ空気中のにおいを分別していくんです。

石川さんの仕事道具である活性炭フィルター付きのマスク。においに慣れないよう、定期的にマスクを装着して逐一鼻をリセットさせる。

――なるほど。そうやってターゲットを絞り込んでいき、どこで発生したにおいが「悪臭」の原因になっているかを絞り込んでいくわけですね。集中力が求められそうです。

においを嗅ぐのに集中しすぎて前方不注意になり、壁に頭をぶつけてしまうこともありますね(笑)。

そしてにおいに集中したいからこそ、現場では自分の体臭や洋服のにおいなど、余計な臭気をかぎたくない。普段から香辛料を使った食事は控えていますし、強いにおいの柔軟剤で洗濯することも避けています。

――「においを特定する」って、実に繊細な作業なのですね。恥ずかしながら「下水臭がするならキッチン周りだろう」のように、特定しやすいものだと思っていました。

たしかに大まかな目星はつきます。しかし、実際に現場を訪れてみると、依頼主や私が予想していたものとはまったく異なる「においの原因」が特定できることもあるんですよ。

以前、リフォームが施された公団住宅の4階から下水臭が発生している、という相談を受けたことがあったんです。確かに現場を訪れると下水臭は確認できたのですが、部屋のキッチンをはじめとする水周りを確認しても、どうも異常がなくて。

ただ、かろうじて壁のコンセントの穴から微かににおいが漏れていたのを確認できたんですよね。探っていくと、壁の中央に建物全体の排水管が通っていました。そこで壁に穴を開け、排水管の状態を確認してもらったんです。

――その結果、どうだったんですか?

なんと排水管が地震で損傷し、繋ぎ目に隙間ができていたことが発覚しました。これはさすがに予想外でしたね(笑)。

――見えない場所にそこまで大きな原因があったなんて。特定するまでに、どれくらいの期間を費やしたんですか?

通常、集合住宅では1時間〜2時間程度あれば、悪臭が発生している場所を特定できるんです。でも、その時は壁に穴を開ける作業なども業者に依頼したので、5〜6回ほど通ってやっと見つけ出しました。

「分からない」の答えを導き出すのが面白い

――臭気判定士になるためには、やっぱり普通の人よりも嗅覚が優れている必要があるのでしょうか?

必ずしも嗅覚の鋭さはマストではありません。ただ、国家資格である「臭気判定士免許」を取得することが、仕事をする上での必須条件となります。

資格試験は「悪臭防止法」という法律に関する問題や、嗅覚そのものにまつわる問題が出題される筆記試験だけではありません。5種類の薄い試薬を嗅ぐ嗅覚検査も実施するんです。両方をクリアして、晴れて臭気判定士となれるわけです。

現在、試験を通過して実際に活動している臭気判定士は、全国に約3,000人以上いるとされています。ちなみに、私は1996年に実施された第一回試験で臭気判定士となりました。

――日本で初めて臭気判定士として認められたうちの1人ということですよね。すごい!でも、石川さんはなぜ資格を受けようと思ったんですか?

もともとは臭気測定器材のメーカーに入社し、清掃工場や消臭剤メーカーと向き合う営業マンをしていたんです。

当時、上司から民間資格だった「臭気判定技師」の資格を求められていたんですよね。その試験に合格したのが1995年。そして、翌年に「臭気判定士」が国家資格として認定されました。講習会と試験を受け直し、国家資格所持者になれた次第です。

それにしても、当時はまさか臭気判定士を本業にするとも思っていませんでした。ましてやその道のプロとして独立するなんて、考えてもいませんでしたよ。

――独立のきっかけはなんだったんですか?

最初のメーカーに10年ほど勤めたあと、家庭用消臭剤のメーカーでも10年ほどはたらいたんです。在籍中に経験を積む中で人脈も増え、さまざまな企業から臭気の調査を頼んでいただけるようになって。「せっかくだから独立してみようか」と思い立ちました。

経験がものを言うため、免許を取っただけですぐ仕事につながる職業でもありません。だからこそ独立前に、会社員としてさまざまな現場を経験できたのは大きかったです。

特に住宅のにおいをチェックする仕事は、私が2社目で経験するまで、誰もやっていなかったんですよね。狭い業界だからこそ「石川ならできる」と口コミが広まりました。おかげでいまだに営業活動をせずとも、コンスタントに依頼をいただけています。

――唯一無二の存在になれたことが、石川さんの成功の鍵だったのですね。では、ご自身がそこまで「においのプロ」としてのスキルを極められたのは、なぜだと思いますか?

臭気判定士は「分からない」ことの正解を導く仕事だと捉えています。私自身にとって「分からない」ことのある状態が、一番苦しいんです。意地でも「分かる」まで続けた結果が、今のキャリアに結びついているのかな、と思います。

独立して3年程経ったころには、建物の竣工図面まで読めるようになったんですよ。部屋の中でにおいの原因が見つからなければ、空調設備や排水処理設備も確認する必要がありますから。

特に近年建てられた住宅は、より設備も複雑になっています。たまに図面と照らし合わせた時に「設計変更の影響で換気がしにくくなっている」など、設計者や施工業者が気付かなかった欠陥を私が発見することもあるんです。

そうやって、臭気判定士の管轄を超えた領域で根本的な「原因」を発見できたとき、仕事の面白さを感じます。これだから「においの探偵」はやめられないですね。

(文・高木望 写真・宮本七生)

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ライター高木 望
1992年、群馬県出身。広告代理店勤務を経て、2018年よりフリーライターとしての活動を開始。音楽や映画、経済、科学など幅広いテーマにおけるインタビュー企画に携わる。主な執筆媒体は雑誌『BRUTUS』『ケトル』、Webメディア『タイムアウト東京』『Qetic』『DIGLE』など。岩壁音楽祭主催メンバー。
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