行政チャンネルが98万回再生。国家公務員YouTuber「タガヤセキュウシュウ」はなぜ人気を集めるのか?

2021年12月3日

2020年1月に始まった農林水産省のYouTubeチャンネルがあります。国家公務員が農林水産業をPRする「BUZZMAFF ばずまふ」です。

配信からわずか1年10か月で12.4万人のチャンネル登録者数を記録。記者会見場からスーツ姿で配信したりと、一見かしこまったスタイルの配信かと思いきや、そこから始まるのは型破りな演出の数々。“茶目っ気たっぷりな国家公務員YouTuber”というユニークさが、大きな話題を呼んでいます。

その中でも一際人気を集めているのが、2021年3月まで九州農政局の若手職員だった白石優生さんです。
白石さんは、2021年4月に九州農政局から東京・霞が関の広報部に異動。チャンネルの運用を任され、動画を通じて第一産業ではたらく人たちの想いを伝えています。

「BUZZMAFF」の人気の裏側を探るべく、白石さんに現在に至るまでの軌跡と、動画が愛される理由について伺いました。

中学生で公務員になることを決めていた

1997年に鹿児島で生まれた白石さん。祖父母が米農家を営んでいたことから、休日はよく仕事を手伝いに行きました。白石さんにとって、「農業は物心がつくころから身近な存在だった」といいます。

中学生になると、持ち前の活発な性格から、運動会の応援団長や文化祭での司会、合唱コンクールでは指揮者を任されるなど、いわゆる「クラスで目立つリーダー」的な存在になっていきます。そして、こうしたさまざまな行事で活躍するうち、周りを盛り上げることへの喜びと楽しさを感じるようになったといいます。

白石さんが「公務員になりたい」と思うようになったのもこのころ。中学校での経験に加え、鹿児島県庁の農政部ではたらく父の存在があったからでした。

「父は、夜遅くに帰ってくることが多かったんですが、地域の人と話し、各地を飛び回っている姿がすごくかっこいいと思ったんです。自分も父のように地元を盛り上げる仕事に就きたいと思いましたね」

幼いころから父の姿を見てきた白石さんは、いつしか、その姿に自分の将来を重ねるようになりました。

その後、白石さんは鹿児島大学に入学し、農業経済学や地理学を学びました。大学4年生になると、「さぁ、公務員試験だ!」と試験日の半年前から勉強を始めます。しかし、暗記する内容があまりにも膨大で、想像以上に四苦八苦したそう。

「とくに、法律の文言がややこしくて覚えるのが大変でした。もともと勉強が好きなタイプではなかったので、机に向かうのは苦手でしたし……。ただ、1歳上の兄がすごく厳しい人だったので、よく勉強させられました。兄は、子どものころから絶対的な存在でした」

厳しい兄の目が光る中、白石さんは猛勉強を続け、公務員試験にみごと合格。そして2018年4月、九州農政局に無事入局しました。父と同じ道である農政の仕事に就くことを、白石さんは「導かれたような気がする」と話します。

5作品目にして、98万回の大バズリ!

2020年1月、入局2年目の白石さんの存在は、多くの人に知られるようになります。
農林水産省の公式YouTubeチャンネル、「BUZZMAFF(ばずまふ)」のプロジェクトが始まったからです。

このきっかけとなったのは、当時農林水産大臣だった江藤 拓さんの、「インターネットを使って、もっと親しみやすい広報をしよう」という提案でした。それを聞いた職員から「最近はYouTubeが流行ってるから、やってみたらどうか」と意見が上がったのです。

その後「本来の業務をこなしながら、YouTuberをしてくれる職員はいないか」と公募が行われました。白石さんは「ぜひ立候補したい!」と、手を挙げます。ほか全国から15組の手が挙がり「BUZZMAFF」のプロジェクトチームが発足。その中で、白石さんは、九州農政局の先輩である野田広宣さんとコンビを組むことになりました。

コンビ名は、『タガヤセキュウシュウ』。土を掘り起こすように、農林水産業を盛り上げていこうとの想いで名付けました。当初は、『耕せニッポン』のコンビ名を考えていたのですが、九州農政局の上司から『九州を耕すことからがんばろうよ』と言われ、変更。ウェブ検索でほかのページと被らないようにするために、片仮名で『タガヤセキュウシュウ』にしました。」と白石さん。

「動画編集の初心者だったため、最初は苦労しました。動画編集ソフトの説明書を読むところから始めたんですよ。それに2020年当時はYouTuberの新規参入者が増える一方で……。多くの視聴者を獲得するのはどうすればいいんだろう、とずっと考えていましたね」

そんな白石さんが5回目に投稿した動画が、大バズり。その動画は、2020年3月にコロナ禍で困窮する花農家を救うため、花の消費を呼びかけようと制作したものでした。白石さんと野田さんが真面目に説明している画面の中に、はじめは1輪の花もありませんが、時間とともに花瓶に飾られた花が1つ、2つと加わっていきます。そして最後には、二人の顔が隠れてしまうほどの数の花が画面上を埋め尽くす……という仕掛けです。

動画のコメント欄には、「お堅いイメージを逆に利用していてセンスがある」「ファンになった」「要点をしっかり視聴者に伝えてる」「花を買おうと思えた」など、白石さんたちを応援する視聴者からのメッセージが書き込まれました。

この時の白石さんは、多くの人に見てもらい、お花を買ってもらうためにはどうしたらいいかと熟慮した結果、「1分程でシンプルにわかりやすいものが良いのでは」と思いついたのだといいます。

バスった動画は現在98万回再生されている。

“面白い”はあくまで手段。“目的”を見失わないことが重要

行政のYouTubeチャンネルなら、さぞ上司の動画チェックが厳しいだろうと想像しますが、特に上司からの細かいチェックはプロジェクトが始まった当初からないそう。企画や表現は「BUZZMAFF」のプロジェクトチームに一任されており、若手であっても裁量を持って発信するチャンスが与えられたのです。

「このプロジェクトを立ち上げた江藤元水産大臣は、SNSの性質をよく理解されていらっしゃったんだと思います。通常の官僚業務と同じように、決済やハンコのために時間がかかったり、リスクの回避のために隅々までチェックし修正を入れていては、動画の面白い部分が削られてしまうし、即効性が失われてしまう――、そうしたことを企画の立ち上げ時にはすでに理解されていたのだと思います」

年齢関係なく発想とアイデア一つで活躍できる可能性が広がる――、これまでの行政のやり方とは、まったく違うアプローチに白石さんは大きなやりがいを感じましたと話します。

「ただ、誤解されやすいんですが……」と白石さんは続けます。職員の意志で何でもかんでも情報発信しているわけではないこと。ファクトチェックはもちろん、子どもが真似したら良くないような動画はNGなこと。そして、倫理観をチームで共有しながら動画を作っているのだと話します。

「目的と手段を履き違えてはいけないと思っていて。農林水産省をPRするために面白かったり、親しみやすかったりする動画をつくっていますが、ふざけたり面白くしたりすることを目的にしてしまったら、なんのために発信いるんだろう……、ってなりますから」

クスッと笑えるものが多い「BUZZMAFF」の動画には、農林水産業の魅力や知識が多分に詰まっています。

宣伝したいからこそ宣伝せず、消費者のメリットを考える

2021年4月、白石さんの勤務地は東京・霞ヶ関に移りました。コンビの野田さんは一足先に人事異動で東京におり、1年ほど解散状態だった「タガヤセキュウシュウ」は再結成を果たします。

現在、白石さんは広報室に勤務。さまざまな業務がある中の一つとして、YouTubeチャンネル「BUZZMAFF」の運用・管理を任されています。一層チャンネルを盛り上げるべく奮闘する白石さん。「24時間YouTubeのことを考えています」と話します。

「民間のYouTuberは、動画の再生数が収益となって、それを生活の基盤にされています。僕らのようにほかの業務と並行して動画を作成し、PRしようとしているのとは志が違うわけです。それでもそんな人たちと同じフィールドで戦っていかなくちゃいけない。気は抜けないです」

また、農林水産省の発信に意味を成すためには、「自分たちだけのメリットになっちゃいけない」と白石さんは話します。

「『何かを宣伝してやろう』という思いは、どうしても人に伝わってしまいますよね。それは、行政が行なっている情報発信でも同じことが言えます。たとえば、『お米の消費量を上げましょう』とタイトルに書いてしまったら、動画はクリックされないと思います。お米のおいしい食べ方や炊き方を農業のプロが教えてくれるとなれば、視聴者のメリットがあるから、動画を観てくれるんです」

常に視聴者の目線に立って、農林水産省で発信する白石さん。最近では「BUZZMAFF」のメンバーから動画制作についての相談を受けることが多くなりました。そんなとき、白石さんは「家でぼーっとYouTube見ていることが一番参考になるよ」と話すそうです。自分自身が無意識に選んでいる動画に、実はヒントが隠されているのだといいます。

「こんな偉そうなこと言っていますが、まだまだです」と白石さんは恐縮します。
そして最後に、次のように意気込みを語ってくれました。

「始まったばかりの取り組みですから、行政のコンテンツとしてもっと影響力のあるチャンネルに育てていきたいです」

広報室で半年の月日が経ったいま、「農林水産業への情熱は、ますます膨らんでいる」と語る白石さん。「タガヤセキュウシュウ」から、いつかは「タガヤセニッポン」へ。東京・霞ヶ関で挑戦がはじまっています。

(文・池田アユリ 写真提供・BUZZMAFF)

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インタビューライター/社交ダンス講師池田 アユリ
インタビューライターとして年間100人のペースでインタビュー取材を行う。社交ダンスの講師としても活動。誰かを勇気づける文章を目指して、活動の枠を広げている。2021年10月より横浜から奈良に移住。4人姉妹の長女。
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