「やりたいこと」はなくていい。教育学者・児美川孝一郎さんに聞く、新時代のキャリア論

2024年3月13日

就職活動や転職活動の際に、「やりたいことが見つからない」と感じたことのある人は少なくないのではないでしょうか。自分のやりたい仕事を早々に見つけて努力している友人の姿を見ながら、「自分はダメだ……」と悩んだことのある方もいるかもしれません。

しかし、「やりたいこと」はキャリアを考える上で本当になくてはならないものなのでしょうか?「夢追い型」のキャリア教育に警鐘をならす教育学者・法政大学キャリアデザイン学部教授の児美川孝一郎さんに、自分らしいキャリアの築き方のヒントを伺いました。

みんなが「やりたいこと」を持っているわけではない

──就活・転職活動中に、「やりたいことが見つからない」という悩みを持った方は一定数いるのではないかと思います。『スタジオパーソル』の読者にも、同様の悩みを持つ方は少なくないようです。

例年、「将来就きたい職業ランキング」がメディアで報道されると注目が集まりますが、実はああいったアンケートの回答者の半数くらいは、特にやりたいことが「ない」と答えているんですよ。「ある」と答えた人の回答ばかりが取り上げられるので、つい「多くの人が『やりたいこと』を持っている」と錯覚してしまうのかもしれません。

──「やりたいこと」ばかりに注目が集まるのはなぜなのでしょうか?

日本社会の構造が、1990年代半ばに大きく変化したことが1つの要因でしょう。それまでは会社に就職さえすれば基本的に終身雇用で、会社が個人の適性を見極めて人材育成をしてくれた。学校でも教師がかなり細かく進路指導をしていました。

会社にせよ学校にせよ、以前は組織が個人のキャリア開発をしてくれていたんです。だから「与えられた仕事を頑張る」という姿勢でもうまくいっていたんですよね。

でも個人が自律的に自分のキャリアを決めていく時代に変わってきた。その結果、「やりたいことを個々人が見つけておくべきだ」というムードが社会に醸成されたのではないかと思います。

──児美川先生は著書の中で、「やりたいこと至上主義」には罠があると書かれていましたよね。

もちろん、プラスにはたらく面もあります。目標があることで夢に向かって頑張ることができますし、その過程で持続力、集中力、忍耐力がつくかもしれない。けれど、その反面、若いうちから目標や夢を1つだけに定めてしまうことで視野が狭くなってしまう可能性もある。

現在進められているキャリア教育の影響もあり、大学入学時点で就きたい職業が決まっている学生も少なくありません。そういった学生たちは明確な目標があるから学業も課外活動も一生懸命頑張るのですが、いざ就職活動をして希望する職業に就けなかった時に、次の一歩を踏み出しにくくなる危うさがある。

また、希望する職業をピンポイントにイメージしすぎていて、その仕事の背景に存在する業務についてよく知らない人も増えているように感じます。

──「やりたいこと」があるからこそ、それ以外の選択肢に目を向けにくくなってしまうのですね。

その通りです。また、誰しも「やりたいことを見つけなくてはいけない」というムードが強くなると、それが見つからない人にとってはしんどいですよね。明確な目標に向かって頑張っている友達を目にして「自分はダメなんだ」と思ってしまう。

「好きを仕事にしろ」とよく言われますが、当然全員が自分の好きなことを仕事にできるわけではないですよね。けれど、その現実を置き去りにしてとにかく「やりたいことを持ちなさい」と夢を煽る風潮が強まっている側面はあると思います。

「職業名」ではない「やりたいこと」を考えよう!

──児美川先生が学生や若手の社会人から相談を受けた時、どんな言葉を返していますか?

「『やりたいこと』をすごく狭くイメージしていませんか?」とまず問いかけます。「やりたいこと=職業名」と考えてしまうことが問題だと思うんです。

たとえば「アナウンサーになりたい」という目標を持っていたとしても、就職活動がうまくいかなかった人は「ほかにやりたいことなんてない」と思ってしまうかもしれない。

けれど、自分がその職種や業界に憧れた理由を深掘りして考えてみれば、自分のやりたかったことを具体化するための別の仕事が見つかるかもしれませんよね。たとえばアナウンサー志望の人であれば、きっと「社会をより良くしたい」とか、「世間に注目されない事象をきちんと伝えていきたい」といった動機があるのではないでしょうか。それらを達成するのが目的ならば、アナウンサー以外にも選択肢はあるはずじゃないですか。

私は「キャリアアンカー」という言い方をしますが、自分の根っこの部分、自分にとっての錨(アンカー)になるような部分を一度きちんと見つめてみるのは1つの方法です。

──夢や目標を「職業名」で捉えなければ選択肢が広がる、と。

そもそも、やりたいことって仕事で実現しなくてはいけないわけではないんですよ。たとえば、お金にはならないけれど自分としてはやり遂げたいライフワークがある人もいるかもしれないし、夢中になれる趣味がある人もいる。それをやり続けられるようにするためには、「仕事は仕事」として割り切って、仕事にはならない「やりたいこと」の実現をめざしてもそれで良いじゃないですか。

──仕事結びつけず「やりたいこと」続けていく方法を考えるということですね。

自分の「やりたいこと」だけでは仕事って成り立ちませんよね。多くの人にとって仕事は、充実する瞬間とつらい瞬間が同居するものではないかと思います。仕事にやりがいを感じられなくても、人生の中でほかにやりたいことを見つけられれば、そちらの時間を充実させることを最優先に仕事を選んでもいいと思います。

そもそも、「やりたいことがまったくない」という人は、本来はいないと思うんです。「楽がしたい」でも「お金儲けがしたい」でも「有名になりたい」だっていい。

キャリアという言葉を聞くと、「ワークキャリア」を真っ先に思い浮かべる人が多いと思うのですが、今後自分がどう生きていくか、社会や地域や家族の一員として自分がどんな役割を担っていくのかを考える「ライフキャリア」がとても重要なんです。だから、夢や目標を仕事だけで実現しようと思う必要はないんですよ。

「仕事や会社をどう利用しよう」という視点を持とう

 ──とはいえ、「ライフキャリア」を若いうちから考えることはなかなか難しいようにも思います。

最初から自分のライフキャリアをはっきりと決める必要はありませんが、卒業後の数年間だけでなく、もう少し長期的な展望を持って人生について考えてみて欲しいんです。

いずれ結婚するのだとしたら、子育てをするフェーズがあるかもしれない。歳をとったら家族や身近な人を介護する可能性もあるかもしれない。そういった広い展望で未来を見通したときに、その中で自分は何を大切にしたいかを想像してみることが重要だと思います。

もちろん、想像した通りに人生が進むことはほとんどないはずです。けれどまずはイメージしてみて、その後イメージを描き直していけばいいんです。

──悩んでいるときほど短い時間軸でキャリアについて考えてしまいそうですが、そうした広い視野を持つためにはどうすればよいのでしょうか。

大学の友達でも地元の友達でも客観的に話を聞いてもらう機会をつくることは1つの方法だと思います。いくら自己分析をしても、自分自身を理解することは難しい。一方で、人と話していると新しい視点が得られたり、「意外とこれで良いのかも」と気付くきっかけをもらえたりするものです。

そして、キャリアについて考えるのが本当にしんどくなってしまったら、思い切って休む時間も必要です。今すでに就職している人にも言えることですが、つらい思いをしたり体を壊したりしてまで世の中に合わせようとする必要はありません。

それは決してわがままではありませんし、そういう時こそ周りの人に話を聞いてもらって、「あなたは十分に頑張っている」と言ってもらうことが大切だと思います。休職したり、あえて仕事をペースダウンしたりしてもいい。

──「周りが頑張っているのに自分だけ遅れをとるのではないか」と焦ってしまう人もいるように思います。

学校教育の影響もあって、周りに合わせて我慢することに慣れきっている人がほとんどだと思います。でも、その発想を大きく変えて、「自分の人生ってそれで本当にうまくいくの?」と立ち止まってみて欲しいですね。

足並みを揃えることを続けていたら生きづらさはずっと続きます。それを思い切ってやめて、「自分はこの仕事やこの会社をどんなふうに活用しよう」と自分軸の視点を持てたらかなり楽になるのではないでしょうか。

かつては「24時間戦えますか」というキャッチコピーが表すようなはたらき方をしている人もいましたが、今はほんの一部がそんなはたらき方を続けているだけです。それなのにその人たちだけを見て、自分もそこから脱落するわけにはいかないと考えてしまう人が多いのかもしれませんね。

でも、今後も何十年もはたらき続けるのだとしたら、数年休んだりペースダウンをしたりすることは大した問題ではありません。これまでがオーバーワークだっただけなんです。

「こんなの遊びだから」とは思わない。趣味をキャリアの資産にしよう

──すでに会社勤務を経験して転職を考えている人も、同様の考え方で今後のキャリアを検討していけばいいのでしょうか。

1、2年はたらいただけという人は新卒の学生と同じような視点でいいと思いますが、もう少し長い期間はたらいた経験がある方は、その間に身についた知識やスキルがどんな場所でなら活かせるかを考えてみる必要があると思います。ただ、基本的にはこれまでお話ししたことの延長線上で、柔軟に考えてみて欲しいです。

──自分のスキルや経験といった手持ちのカードから、今後のプランを立てるというイメージでしょうか。

そうですね。本業で培ったスキルに限らず、仕事以外に熱中できることをつくるのも、手持ちのカードを増やす1つの方法なんですよ。今はパラレルキャリアを歩む人も増えてきていますし、趣味でやっていることが結果的に本業に活かせることだってある。趣味と仕事の良い往復関係を築くことができれば、ライフキャリアはとても豊かになるし、本業の仕事がうまくいかなくなってきたときのセーフティーネットにもなります。

「こんなの遊びだから」と思わず、自分のやりたいことはどんどんやればいいし、そうした経験は目に見えない資産になるはずです。

──「趣味」と捉えていたものを「パラレルキャリアの種」と捉えるというのは、今後のキャリアを考える上でのヒントになるかもしれませんね。

そもそも、仕事と趣味を明確に分けること自体が不自然な二分法だったと思うんです。仕事は真面目にやるに値することで、趣味は個人が勝手にやっていることだから優先すべきでない、というのは前時代的ですよね。だから、これまで「仕事と趣味」と捉えていたものを「稼ぐ趣味と稼がない趣味」と捉え直してみてもいい。

最近、小学生が将来なりたい職業のランキング上位に「You Tuber」が入ることを「現実を見ていない」と問題視する人もいますが、私は若い方々が自分の感覚を素直に表現できるようになったのだなと、肯定的に捉えています。もちろん、仕事にするならばその世界がどれだけ大変かということもゆくゆくは学んでいかなければならない。ですが、そのアンテナがあるから世界が広がっていくわけです。「やりたいこと」の幅を狭めすぎずに、ぜひそれぐらい柔軟かつ広い視野でキャリアについて考えてみて欲しいと思います。

(文:生湯葉シホ 写真:鈴木渉)

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ライター生湯葉シホ
東京都在住。Webメディアや雑誌を中心に、エッセイやインタビュー記事の執筆をおこなう。2022年、『別冊文藝春秋』に初めての小説「わたしです、聞こえています」掲載。『大手小町』にて隔週でエッセイを連載中。

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