年間150公演をこなす知られざる“プロ音楽家”。警視庁音楽隊ってどんな人たち?
合奏練習やコンサートにまつわる事務仕事を行い、楽器運搬までこなしながら、年間150以上の公演を実施。そう聞くと、どこかのレコード会社やミュージシャンの話?と思うかもしれませんが、実はこれ、警察の仕事なんです。
警察といえば、街の安全を守り、犯罪の抑止を行うというイメージが強いですが、音楽を通した広報活動も大切な業務の一つ。中でも東京都に拠点を置く警視庁音楽隊は、1948年に発足し今年で74年目を迎えた歴史ある警察音楽隊です。
今回は警視庁音楽隊の練習場を訪れ、フルート奏者の古城華子さん、堀江裕さん、土屋祐子さんの3名に、知られざる仕事内容を伺いました。
「音楽」を通じて警察を身近なものに
──警視庁の“音楽隊”はどんなお仕事なのでしょうか?
堀江:音楽隊の業務の目的は警察広報です。たとえば、警察署で行う交通安全の集いや防犯活動の際に演奏して、都民の方に警察をより身近に感じてもらうための活動をしています。
そのほかに、現在はコロナ禍で中止になっていますが、日比谷野外音楽堂の小音楽堂で毎週水曜日に「水曜コンサート」というものを開催していました。
会場はお客さんとの距離がとても近く、実際みなさんに毎回お声をかけていただいたり、直接感想を伺えたりするので、とても励みになっています。
──警視庁音楽隊は警察広報以外の業務も行なっているのですか?
堀江:警察音楽隊は、警察庁専務隊と兼務隊の2パターンがあります。
専務隊は音楽が主体、兼務隊は普段パトカーに乗ったり署で仕事をしたりしながら音楽隊も兼務します。私たち警視庁音楽隊は専務隊なので、音楽にまつわる仕事がほとんどです。昨年はコロナ対策をして、年間49会の演奏活動をしましたが、コロナ禍以前は年間150公演以上の演奏活動を行っていました。その数をこなすには専務隊でなければなりません。
土屋:専務隊のなかにも、警察官が隊員のものと、警察官以外の行政職員が隊員のものとがあるんですよ。
──警察官以外の人が警察音楽隊になることもあるんですね。
堀江:そうなんです。警視庁の音楽隊は全員警察官ですが、県によっては行政職員で音楽隊を構成しているところもあります。
──そうなると、組織ごとに入隊方法も違うのですか?
堀江:そうですね。警視庁は警察官であることが条件です。警察学校に入って、警察署での仕事を経て、警察官として独り立ちしたあとに音楽隊に配属されます。なので刑事や機動隊員の経歴を持つ人もいます。私は浅草警察署と石神井警察署での勤務を経て、音楽隊に入りました。
古城:私は警察学校を卒業して、築地警察署で2年間、交通取締りや中央通りの歩行者天国の対策を担当し、そのあと音楽隊に異動になりました。
堀江:ただ、希望すれば必ずしも音楽隊に入れるわけではありません。警視庁音楽隊では警察署に勤務している間に音楽隊の練習に参加して実力を見てもらったり、オーディションを経て入隊が認められます。
警視庁音楽隊は子どものころからの夢だった
──音楽隊員のみなさんは、もともと演奏に親しまれてきたのでしょうか?
古城:隊員のほとんどは楽器の経験者ですね。私は小学4年生からフルートを始めて、中学、高校と吹奏楽部に所属していました。特に高校は吹奏楽が盛んなところで全国大会を目指す日々を過ごしていました。父が警視庁の警察官で「警察には音楽隊の仕事があるんだよ」と教えてもらっていたので、私も警察官になって音楽の仕事をしたいという夢を抱き、高校卒業後すぐに警察官になりました。
堀江:私も小さいころから楽器をやっていました。音楽大学を卒業後、就職先を考えるにあたっては、消防や自衛隊の音楽隊、プロの音楽家などいろいろと悩みましたが、自分の技術を警察の広報活動に活かしたいと思い警視庁に入りました。
土屋:私は4歳からピアノを始め、ブラスバントでクラリネットを吹いたり、トランペットなど多くの楽器を演奏してきました。その後は音楽大学のピアノ科に進学しています。2人とは違って、就職にあたって「音楽」を仕事にしようと思ってはいませんでした。警察官だった父の背中を見ていたので警察官になりたいと思ったんです。
入庁後は渋谷警察署の交通課で勤務していたのですが、ある時「音楽隊でピアノの曲をやりたいんだけど、ピアノを弾ける人はいないか?」とお声がけいただいたんです。そうして初めて音楽隊の演奏に参加したことがきっかけで入隊に至りました。ただ、入隊後は演奏したことのなかったフルートを担当することになり、必死に練習しましたね。
「音楽」を仕事にする警察官の日常
——普段はどのような業務を行っているのでしょうか?
古城:主な業務はコンサートへの出演ですが、コンサートがない日は業務時間の8時半から夕方5時15分まで練習をしていて、その合間に事務仕事などを行っています。
堀江:演奏だけをしていれば良いわけではなく、コンサート会場との渉外活動をしたり、会警察署との打ち合わせ、選曲、楽器の整理、細かな事務仕事などを分担しながらやっています。バスや楽器を運ぶトラックの運転も自分たちでしているんですよ(笑)。
土屋:オリジナルのグッズを作ったりもしていますね。コロナ禍でコンサートができない日が続いたのでYouTubeに動画を掲載したり、すべての業務を自分たちの手で行っています。
──かなり忙しそうですね。
古城:日々のコンサート業務と全体練習で手一杯になってしまいますね。ただ、みんな楽器が好きなので、上達のために業務時間外に楽器のレッスンに通っている隊員も少なくないですよ。
──コンサートの曲目はどのように決めているのですか?
堀江:高齢者向けの特殊詐欺被害防止や子ども向けの防犯など、その時々の活動や対象者によって、ジャズや流行のポップス、子ども向けの曲や演歌まで、音楽隊員で話し合って決めていきます。
土屋:警察署から「こういう曲をやってほしい」と提案されることもありますね。
堀江:以前、リクエストコンサートを開催したこともあるんですよ。20曲のリストをお客さんに配布し、「何番を演奏してほしいですか?」と挙手してもらい、それを演奏する企画です。練習はしていたものの、「この曲がきたか!」と、日頃のコンサートとは一味違った緊張感がありました(笑)。
世界の警察音楽隊が集う「世界のお巡りさんコンサート」とは?
──これまでのコンサートで特に思い出深いものはありますか?
古城:クリスマスに特別支援学級で演奏したことが印象に残っています。
私たちの演奏の前に、警察署の警察官が防犯の啓蒙活動をしていて「いかのおすし*」という防犯標語を子どもたちに教えていたんです。
クリスマスということもあって音楽隊は被り物をして演奏したのですが、隊員の1人がいかの被り物をしていたんですよ。すると、それを見た子どもたちが「さっきの“いかのおすし”だ」と声をあげてくれたんです。防犯標語がしっかり頭に残っていたんだなと実感できた瞬間で、すごく心に残っていますね。広報活動としての役目をしっかり果たせているんだな、とうれしくなりました。
*「知らない人についていかない」「他人の車にのらない」「おおごえを出す」「すぐ逃げる」「何かあったらすぐしらせる」の一部をつなげたもの。
土屋:私が一番印象に残っているのは、着隊して初めて東京で行われた「世界のお巡りさんコンサート」です。世界各国の警察音楽隊が集まるコンサートで、その時は渋谷にあるオーチャードホールという施設での開催でした。東京フィルハーモニー交響楽団やNHK交響楽団が定期的に演奏をしている格式あるホールで、学生時代から憧れていた場所だったので、舞台に立つことができてとても感動しました。
堀江:「世界のお巡りさんコンサート」は、毎年1回、ホールでのコンサートやパレードが世界の都市で行われるんですよ。国によっては民族楽器の演奏があったりして、いろんな刺激をもらえますね。
私は、これまでにミャンマー、ベトナム、タイ、インドネシアなど、アジアを中心に各都市を巡り、演奏してきました。世界の警察音楽隊の方々とコミュニケーションを取るのはとても有意義ですね。
東京が「世界のお巡りさんコンサート」の開催都市になった時は一緒に食事をしたりお酒を飲んだりする機会もありました。どういう音楽が好きなのか、どんな楽器を使っているのかなど、やっぱり音楽に関する話に花が咲きますね。
──特に印象に残っている国の演奏はありますか?
土屋:タイでは初めて見る民族楽器などが並んでいてすごく新鮮でした。それぞれの国でまったく違う文化が感じられるのでおもしろいですよ。
堀江:タイは、プミポン前国王がサックス奏者だったこともあり、国が警察音楽隊に力を入れているんです。
あと、パリ警視庁音楽隊は演奏のレベルがすごく高いんですよ。日本の警察音楽隊とは違って、普段は大学の教授やプロの演奏家として活動している方々が警察音楽隊として招集されて演奏する仕組みになっているんです。
古城:ニューヨーク市警察音楽隊がパレードの最中に、歩きながら子どもたちにオリジナルグッズをあげていたのには驚きましたね。子どもたちと直に触れ合っているのを見て楽しい気持ちになりましたし、そういう姿勢を見習っていきたいと、勉強になりました。
「警察ならでは」のコンサートをつくっていきたい
──警察の仕事の中でも、「音楽隊ならでは」のやりがいはありますか?
堀江:やはり直に都民の方から声をかけていただけることですね。交通や防犯活動とは違った角度からコミュニケーションを取ることができますし、「警察広報をしているんだな」という実感をすごく得られるのがうれしいです。
土屋:私も堀江さんと同じですね。数カ月前にある警察署長が特殊詐欺の撲滅音頭を作ってくださったんです。私たちがそれを演奏し、特別ゲストに招いたプロの歌手に歌ってもらい、地域の母の会の方々がそれに合わせて盆踊りをするイベントを開催しました。こういったさまざまな立場を超えたコラボレーションは警察ならではのものだし、広報活動としてこんなことが実現できるのは最高だなと感じました。
古城:広報活動はもちろん、私は警察組織の横のつながりをつくることにもやりがいを感じます。
警察組織は刑事部門、地域部門、交通部門と、はっきり部門がわかれているので、横断的に交流したり、何かを一緒に行うことが少ないんです。一方、音楽隊はあらゆる部門と連携し、一丸となって一つひとつの行事、防犯活動や広報活動を作り上げています。
警察の中ではちょっと珍しい動きをしているのですが、それも「音楽」が間にあるからこそできることなのだと感じます。
──今後、音楽隊としてチャレンジしてみたいことは?
古城:もっともっと警察を身近に感じてもらえるような演奏会を企画して、音楽隊の力を見せていけたらと思っています。そのためにも、聴いてくださる方のニーズに合わせて演奏できる曲の幅を増やしていきたいですね。
堀江:私は逆にジャズ、クラシック、ポップスなど、一つのジャンルに特化したコンサートを企画して、その音楽ファンの方々にも来てもらえるようなコンサートをやってみたいです。お年寄りがたくさん来てくれるコンサート、中高生がたくさん来てくれるコンサートなど、おもしろそうだなと思っています。
土屋:私は子どもたちと一緒に演奏する機会を増やしていきたいです。小中学校の吹奏楽部の子たちと合同演奏会をすることがあるのですが、年に1度あるかどうか。子どもにとって警察って拳銃を持っているとか怖いイメージがあると思うので、私たちのような警察官もいるんだよと、もっと身近に感じてもらえるよう頑張っていきたいですね。
(文:飯島藍子 写真:N A ï V E)
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