“陰キャ”で元医官の町医者・益田裕介さんが、YouTuberとして多くの人を癒すまで

2023年1月5日

「なんでも診る、ちょっと変人よりの町医者」

そう名乗るのは、医者YouTuberのパイオニアでもある精神科医の益田裕介さんです。
東大を蹴って防衛医大(防衛医科大学校)に入り、医官(自衛隊で医療行為を行う自衛官)を約7年務めたあと開業医の道へと進んだ異色のキャリアの持ち主でもあります。

専門は“仕事のうつ”や“大人の発達障害”ですが、毎日更新しているYouTubeチャンネル「精神科医がこころの病気を解説するCh」では、恋愛や親子関係に起因する悩みや心の病など、精神医学の知識を分かりやすく伝えています。

もともとは鬱々とした“陰キャ”であり、浪人生時代までは医者を目指していなかったと語る益田さん。なぜ精神科医の道を選び、医師としては珍しいYouTuberの仕事もスタートしたのでしょうか。益田さんの周囲に流されない生き方を伺いながら、心を楽にはたらくヒントを教えてもらいました。

鬱々とした“陰キャ”から防衛医大に進学、そして精神科医に

――益田さんが精神医学に興味を持ったきっかけはなんだったのでしょうか?

中学時代ですね。そのころの私は、特に目立つわけでもいじめられるわけでもなく淡々と過ごしていて、趣味はいわゆるオタク系が好きの“陰キャ”な生徒でした。
ある時から趣味の一つとしてエヴァンゲリオンにはまり、インターネットでストーリーの解説を読んでいたんです。そこで、ストーリーに関連する精神分析やフロイトについて知ったのが、精神医学に興味を持ったきっかけでした。すごくおもしろくて関連書を夢中で探し、中学生ながらフロイトの本を読み漁っていました。まだスマホがない時代でしたから、常に本を4冊くらい持ち歩いていましたね。

――医師を志したのは、いつごろのことですか?

東大に落ちて浪人生になってからです。浪人初期は「東大に落ちるってことは、それほど頭がよくないんだな」とふてくされて、あまりやる気が出なかったんですよ。それで漫画『ドラゴン桜』を読んだら今までまったく知らなかった勉強法が書いてあって、『ドラゴン桜』を片手に勉強しましたね。おかげで東大の理科一類にも防衛医大にも受かり、防衛医大を選びました。

――東大を蹴って防衛医大を選んだ理由はなんだったのでしょう?

東大を卒業して、一流企業に入るよりも、資格職として医師になった方が良いと思いました。当時は終身雇用の時代で、会社員として成功するかは入社した企業に依存していました。入社当初は順調でも、途中で経営がうまくいかなくなって吸収合併したり、倒産したりするかもしれない。だったら医大で医師免許を取って、自立したほうがいいだろうと考えました。

――医大は多くありますが、なぜ防衛医大だったのでしょう?

一般的な大学病院の医局ではしがらみがありそうなイメ―ジがあり、だったら自衛隊のほうが安いし、寮生活もできて楽しそうだと思ったからです。もともと陰キャでしたが、予備校で陽キャの仲間入りをして、わりと楽しかったんですよ。だから防衛医大の寮で、学生同士ワチャワチャ過ごすのもいいなと思ったんです。

しかし、防衛医大では医学も学びますが、自衛隊になる訓練もあります。敬礼するとか行進するといった公務員的な振る舞いも学ぶのですが、僕は空気が読めない陰キャラタイプで、そうした行動が苦手だったんですね。あと、興味がないものを覚えるのが苦手で、骨の名前とかが全然覚えられなくて。

それでも何とかがんばって卒業して医官になりましたが、あまり自衛隊の組織に適応しきれなかったので、医官になってから7年目で退職しました。外部のほうが治療法が進んでいたので、医者として成長できるだろうとも感じていました。卒業後は9年間の勤続義務があり、償還金を1,500万円ほど払って辞めています。

――それほどの大金となると、一大決心だったのでは?

医官の勤務は当直などがありハードですから、外部で同じように夜勤や当直をしてはたらいた場合はより高い給与をもらいやすいため、実質的にはそれほど稼ぐ金額の差がなかったんです。

「病院を大きくしても大金を稼いでもあまり意味がない」と悟った

――医官を辞めてから、精神科医の道へ進んだのですね。

精神医学はライフワークみたいなものだったので、民間の病院ではたらきながら勉強を続けていました。ただ、僕がやりたかった精神分析は1人の患者さんと一対一で、毎週1時間、同じ時間と同じ場所でやらないといけないので、通常業務と並行して、患者さんとスケジュールを合わせることが難しいと考えました。

精神分析をしている先生の病院ではたらこうかとも思ったのですが、自分の性格上、自由度高くはたらける独立の道が適していると感じ、メンタルクリニックを開業しました。経営しながら勉強会に参加する形が一番合っていると思ったんです。

――開業してみて、いかがでしたか。

「せっかく若いうちに開業したんだから、大きくして経済的に成功させてやろう」という野望があったものの、経営ってやってみると難しいんですよね。事業を伸ばしたいならカウンセラーなどを雇って人を増やすなどの拡大が必要ですが、コロナ禍になったことでクリニックが混雑しないように配慮しなければならず、クリニックがある早稲田近辺の人通りも減り、逆風が吹いていました。

ちょうどそのタイミングで開業医向けの経営塾に行って、コンサルタントから「クリニックの数が多い都心で、普通のメンタルクリニックを2つ3つ増やしてどうするの?それはイノベーションじゃないよ。稼ぎたいって言うけど、そんなにお金を持ってどうするの?」と言われて納得して、方向性を見直すきっかけになりました。

――そう言われて、どう感じたのでしょうか。

むやみにクリニックの数を増やして医療の質が下がったら患者さんのためにならないし、数百万の売上を増やしたって特に買いたいものがあるわけでもないし、「事業を拡大して稼ぐ」という目的ってあまり意味がないと気付けたんです。

広告戦略として取り組んでいたYouTubeがバズり、どんどん再生回数が伸びていって、通院している患者さん以外からも喜ばれるようになったとき「これはいいイノベーションだ」とようやく思えました。それで、YouTubeにより注力するようになりました。

――病院を経営しながら毎日更新を続けるのは大変ですよね。

生活はハードですが、通勤して長時間はたらく外科医や当直医よりは忙しくないし、昔から好きだった精神医学のインプットとアウトプットを続けているだけなので、大変だとは思っていません。クリニックでインプットし、YouTubeでアウトプットすることで、効率的に学習できていると感じます。

それに「イノベーションを生み出せている」という実感は大きなモチベーションになります。論文社会であり権威社会である医者界隈では評価されませんが、通院しなくても医者の話を聞けるというのは今までにないポジティブな体験だと思いますし、コメント欄でも感謝されるので、貢献している実感があります。

YouTubeでは、具体的なアドバイスも紹介。コメント欄には視聴者から多くの感謝コメントが寄せられている。

――今後、注力していきたい活動はありますか?

これからはYouTube検索が当たり前になるので、それに向けてコンテンツを蓄積してチャンネルを伸ばして、悩みを抱えていても周りに相談できない人が、家庭や職場以外で頼れる第三のコミュニティをつくっていきたいです。

すでに、YouTubeのメンバーシップ(チャンネルの有料会員)限定で、匿名性のオンライン自助会を毎月開催しています。自助会とは、患者さんや元患者さんが集まって自分の体験談や治療に役立ったことを共有したり、悩みを相談したりする場です。精神科や知り合いに相談できない方が頼れる場になります。

人は趣味のコミュニティに加えて、ボランティアのコミュニティに所属すると、他者貢献により幸せを感じられます。年齢を重ねるとゲームをしてストレス解消なんてできなくて、だれかのためになることをしたくなるんですよね。だから、新しい取り組みとして、オンライン自助会で精神医学の知識を伝えて、精神医学を学んだ50~60歳の方が中学生の悩みを聞くなどができたらいいなと思っています。匿名で月1回くらい、気軽に相談をしたり受けたりできる場を作っていきたいですね。

生きやすい環境は「俯瞰」と「コミュニティ」で作れる

――東大を蹴ったり勤続義務がある自衛隊を辞めたりと、益田さんが周りに流されず自分軸で選択できる理由は?

もともと人の目を気にしないタイプで、地位や権威なんて、さほど価値がないだろうと考えています。医者として出世するよりも、患者さんが治ったほうが価値がありますよね。「医局の中で一番になった人」よりも「患者さんをたくさん診て治した人」が偉いに決まっています。

ただ、こうした考え方は立場や環境によって左右されやすいです。僕だって大きな病院に勤めていたら「出世したい」と思うかもしれません。でもそういう場所にいないから求めないんです。周りの価値観に左右されて苦しいなら、環境を変えるのは非常に有効なアプローチだと思います。

――環境を変えられず、どうしても思い詰めてしまう人はどうしたらいいでしょうか?

視野が狭くなっているので、俯瞰するといいです。たとえばだれかよりボーナスが5万低いとして、それだけを考えるとイライラしてしちゃうじゃないですか。でも「どうせ死ぬときにはお金が余っているだろう」と考えたら、多少嫌な気分にはなりますが「5万くらいまあいいや」と思えます。

――なるほど。最近、仕事でメンタル不調になる患者さんにはどのような傾向がありますか?

一昔前はパワハラやハードワークなど他者に関する悩みが多かったんですが、最近は「仕事ができない」「マルチタスクができない」といった自分に対する悩みが増えています。その原因を深ぼると、大抵はコミュニケーション不足が問題になっています。

昔は会社にだらだら人が残っていたので質問しやすかったですが、今は働き方改革やリモートワークによりさっさと帰る人が多くて、質問できる時間が減りました。マスクしていて雑談もダメだし、なんとなく聞きにくい雰囲気もありますし、上司側も「飲みに誘っても嫌がられるだろうな」と遠慮するようになりましたよね。

――となると、職場でコミュニケーションを積極的に取ることがメンタルケアになるのでしょうか?

仕事に悩んでいるのであれば、上司に「時間作ってくれ」って相談するのがいいと思います。

それができない人や、単純に話を聞いてほしいだけの人は、趣味のコミュニティに入ったりSNSを使ったりして、相談しやすい環境や信頼できる人を作るのも手です。今はオンラインで簡単に人とつながれる時代ですから、自分で動いてみれば意外となんとかなります。

――はたらきながら健やかな精神を維持するためには、どんなマインドでいるのがいいでしょうか?

一人でやろうとするから苦しくなるんです。今って何でも調べられて「ググれカス」って言葉もあるくらいに「ググってない私は悪いんだ」と考えがちですが、聞いたほうが早いことはいっぱいあるので、教えたがりな人を見極めて相談できるといいですね。

それに、実際は教えたがりな人も多いです。頼られるとうれしいものですから、遠慮せずどんどん相談していいと思います。「誰だって、他人とコミュニケーションするのはうれしいものだ」と思って接したら、ずいぶん楽になるんじゃないでしょうか。

メンタルクリニックのハードルはずいぶん低くなりましたが「食べられない、眠れない」が受診の目安です。そういった状況になったら、気軽に来てほしいなと思います。

(文:秋カヲリ)

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エッセイスト・心理カウンセラー秋カヲリ
1990年生まれ。ADHD、パンセクシャル、一児の母。恋愛依存や産後うつなどを経験し、現在は女性の葛藤をテーマにしたコラムを中心に執筆。求人広告→化粧品広告→社史制作→フリー。2018年にYouTuberメディア『スター研究所』を公開、2021年に『57人のおひめさま 一問一答カウンセリング 迷えるアナタのお悩み相談室』を出版。

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