海水に濡れたハードディスクも復元!データ復旧のプロフェッショナルの現場
重要なデータが入った機器が突然動かなくなってしまった。誤って消去してしまった――そんな「頭が真っ白になる」トラブルを救ってくれるサービスが存在します。
東京・六本木にあるデジタルデータソリューション株式会社は「データ復旧」を専門とする企業。今まで「復旧不可能」と言われていたスクラッチ障害(情報を記録する基盤そのものに傷がついた状態)もリカバリーできることから、あらゆる業界ではたらく人々の「駆け込み寺」として機能しています。
では、彼らは日々、どのようにデータ復旧の作業に臨んでいるのでしょうか?データ復旧のエンジニアとして数々の復旧作業に携わってきた、薄井雅信さんに話を伺いました。
「カチカチ」という音だけで故障の種類が判断できる
――普段、デジタルデータソリューションではどういった機器の復旧作業を行なっているんですか?
ハードディスクやボイスレコーダー、PCをはじめとする情報機器がメインです。個人のお客さまからの「デジカメから思い出の写真を間違って消去してしまった」というご相談もあれば、テレビ局や映像制作会社からの「川に落ちたドローンから映像データを取り出したい」という依頼もあります。
最近増えてきたのはスマートフォンやドライブレコーダー、防犯カメラの復旧依頼。交通事故などが起きた瞬間の映像を機器から取り出し、現場検証に役立てていただくようなケースもあるんですよ。
――依頼が入り次第、すぐ修復作業に入られるんですか?
故障原因によって修理方法は大きく変わるので、まずは機器を解体しながら、状態の観察と、故障原因の診断を行います。病院の「触診」のようなものです。お問い合わせいただいた際に「壊れた原因」や「データにアクセスできなくなった時の状況」はヒアリングするのですが、予想外の故障原因が発見できることもあるんです。
ちなみに熟練したスタッフの場合、機器から聞こえる「カチカチ」という通電音だけで、機器内部のどこが故障しているかを診断できることもあります。
――音だけで判断できるのはすごいですね!
ただ、故障の程度や、復旧にかかる所要時間は、目や耳だけでは判断できません。そこで、内蔵されているデータを解析する作業も行います。
オフィスには機器の「心電図」のようにディスクの状態が表示されるディスプレイもあります。緑色の部分は正常にデータが読み込めている部分。劣化や傷によってデータが読み込めない箇所は赤や黄色で表示されるんです。
機器の種類や故障原因で異なる修復作業
――故障の原因や程度が分かった後は、どういった作業を行うんですか?
機器や故障原因によって、アプローチは異なります。SDカードやUSB、スマートフォンやボイスレコーダーのようにメモリチップに情報を記録している機器の場合は、顕微鏡を使いながら、はんだごてなどを使って傷を修復し、データを取り出します。
ハードディスクやPCのように「ファームウェア」というソフトをもとに動作する機器の場合、もっと修復方法は複雑。まずファームウェアに障害が発生している場合は、ファームウェアが正常に動作するよう、情報を正しく書き換える作業を行います。ファームウェアの修復方法を誤ってしまうと、本来は取り出せるはずだったデータも取り出せなくなってしまうので、かなり慎重に作業しますね。
パーツの故障やスクラッチなどの物理障害が発生している場合、弊社で用意しているドナー機器から部品を交換します。今までにあらゆるメーカーが販売してきたハードディスクが7,300点ほどストックされているんです。
そして、故障した部品を取り替えて「ファームウェアが正常に動作する状態」に一度戻します。ただ、ハードディスクの内部にちょっとしたホコリが入ってしまうだけで、正常なデータが飛んでしまうリスクがあります。オフィスではハードディスクの復旧作業を行うクリーンルームを用意しています。
このクリーンルームではハードディスクの解体・部品交換だけではなく、「プラッター加工」というディスク上についた傷を加工する作業も行なっています。
先ほどデータの生存率を確認するディスプレイをお見せしましたよね。従来では赤や黄色の部分の復旧が不可能とされていたのですが、近年では復旧できる技術が開発されました。深い傷でなければ、復旧できる可能性がアップしたんですよ。
失敗することで、新しい技術やナレッジが蓄積されていった
――薄井さんは普段、どういった業務を担当されているんですか?
2013年に入社した1年目は、機器の解体を行う部署に所属していました。その後、物理的な障害を復旧するチームに異動。現在はファームウェア修復の技術研究を行いながら1日に7〜8件、多い時で10件以上のファームウェア修復を行っています。1件あたりにかける時間は大体10分程度ですね。
――たったの10分ですか!最初からそのスピードで処理できるものなのでしょうか?
最初のころは丸一日かかっても直せるかどうか、というペースでした。弊社の場合、新人エンジニアは簡単な部品交換などのテストや研修を1ヵ月程度受けてから、初めてお客さまの機器に触れることができるようになります。
経験の浅いスタッフに振られるのは簡単な案件。それでも当時は1時間以上を部品交換に費やしていました。今ではおかげさまで、部品交換も10分程度でクリアできるようになりました。
――現在の何倍もの時間がかかっていたのですね。
「復旧できるデータを壊しちゃったらどうしよう」という不安もあって、変に慎重になっていました。何よりノウハウが自分の中で蓄積されていないからこそ、手も足も出なかったです。「トップエンジニア」という師匠のような先輩社員に教わりながら、ナレッジをとにかく増やしていきました。
また、1年目の時は修理と解析を繰り返しすぎて、ドナーをよく破損させていました。1つの案件をクリアするために3〜4台のドナーを犠牲にしてしまったこともあって。ただ、その時に何度も壊したおかげで、それぞれの機器やメーカーの特徴はしっかり覚えられました。今では「あの時の犠牲は無駄じゃなかったんだ」と思っています(笑)。
――機器の故障状況も千差万別だからこそ、場数を増やすことが上達に直結する印象を受けました。
場数はもちろん重要なのですが、単純に与えられた破損機器を直していくだけでは上達しないように思います。むしろ案件ごとにしっかりとロジックを組んで検証を繰り返し、エンジニア特有の「一瞬の閃き」のような力を磨いていく方が重要。案件を通し、新たな技術を開発することもあります。
――現在、薄井さんが特に「難しい」と感じるのは、どういった状態の破損物になりますか?
海水や泥水に濡れてしまったディスクなどは、復旧が非常に難しいです。海水は塩や砂がディスクやメモリに付着してしまうので、通常の洗浄では汚れを落としきれなくて。2011年3月に発生した東日本大震災の津波で、海水を浴びてしまった機器を復旧する作業を担当した先輩などにも話を聞くと、ものすごく大変だったそうです。
私自身も、熊本県を中心に九州や中部地方などが被害に遭った令和2年7月豪雨や、西日本の台風で被災した機器を復旧する作業を担当したことがあります。
単純に洗浄してパーツを交換するだけではビクともしなかったんです。だから、特殊な洗浄方法をとりながら、データを記録するプラッター部分の傷を修復できる技術をもったメンバーにも協力を依頼して。何度も加工してはデータの生存確認を繰り返しましたね。無事復旧できた時は、本当に感動しました。
「このデータが欲しかった」という一言がモチベーションに
――薄井さんは中途採用で現在のお仕事に就いたようですが、前職も技術系の会社にいらっしゃったんですか?
実は全然違う仕事をしていたんですよ。学生時代は陸上部に入っていたので、陸上競技専門のスポーツショップで店員をしていました。ただ、当時から趣味でPCを自作していて。最初の配属先が解体作業のチームだったのも、そういった背景があったからでした。
――なぜデータ復旧の仕事に興味を持ったのでしょう?
ショップ店員を経てコミュニケーションが苦手であることに気付き、当初は「一人で集中して取り組めるかどうか」という基準で仕事を選んでいました。だから「データ復旧のエンジニアを目指そう」という強い想いがあったわけではありませんでした。
本格的に仕事の面白さを実感するようになったのは、初めての修復作業に臨んだ時。先輩の修復作業を見学していたのですが、作業を観察するたびに「こんなにたくさんの直し方があるのか」と新たな発見がありました。
ハードディスクは生き物のような存在だからこそ、一辺倒に「ここをこういじれば直る」というものでもない。アプローチ方法の多さが、のめり込むきっかけとなったんだと思います。
――仕事に対するやりがいを、どういった瞬間に感じますか?
復旧したデータをお客さまのもとへ届け、良いリアクションが返ってきた時です。最初のころは復旧作業をすることだけで精一杯でした。でも、徐々にカスタマーサポートからの「お客さん、喜んでいましたよ」という共有があってはじめて満足できるようになりました。
意識が変化するようになったのは5年前。ほかのデータ復旧会社もお手上げのスクラッチ案件を担当したことがありました。本来なら数日〜1週間程度で一つの案件を終えるのに、その案件に費やしたのは半月以上。当時の技術のすべてを駆使して試行錯誤しました。
普段は納品時のやりとりをカスタマーサポートにお願いするのですが、その案件では初めて、カスタマーサポートの横に立ち、「欲しいデータが復旧できているか」を確認したんです。そしてカスタマーサポートから言われた「お客さん、無事に欲しい情報を確認できたそうです」という一言。本当にうれしかった記憶があります。
当初はただ直すだけで満足していました。でも、案件を重ねるごとにやっぱりお客さまの反応へ意識が向くようになって。「そうそう、このデータが欲しかったんだよね」と言われた瞬間は、仕事のやりがいを感じます。
(文:高木望 写真:鈴木渉)
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