多くの「カラオケ行きたい!」を叶える、技術者の知られざる努力

2023年10月20日

若者からお年寄りまで、老若男女が広く楽しめるエンターテインメント・カラオケ。実はCDなどでリリースされている楽曲の多くは、楽曲の権利上、カラオケでそのまま配信することができない、というルールがあります。私たちが流行りの曲から懐メロまで、多くの楽曲をカラオケで歌える理由。そこには、楽曲をカラオケ用にそっくりそのまま編曲する「カラオケ制作のプロ」の活躍がありました。

では、彼らはどのようにオリジナル楽曲から、カラオケ用の音源を制作しているのでしょうか。業務用通信カラオケ「DAM」シリーズを手がける株式会社第一興商で、カラオケ制作に携わる、濱屋宗人さんにインタビューしました。

どんな音も聴き落とせない「耳コピ」の作業

──まず、オリジナル楽曲からカラオケを制作するまでのプロセスをお聞きしたいです。譜面や指示書のような制作資料を、レコード会社やアーティストから受け取るのでしょうか?

いえ、基本的にはいただいておりません。ただ「発売と同タイミングでカラオケ配信もスタートさせたい」というレコード会社さんやアーティストさんから、発売前の音源を事前にいただくことは多いです。

濱屋さんは1994年入社以降、カラオケ音源の制作・ディレクションに携わるベテランディレクター

──カラオケが完成するまでに、どれくらいの制作期間が必要ですか?

一概には言えませんが、新曲が届いてから数週間〜1カ月ほどのスパンでリリースしています。CDが主流だった時代は、楽曲の完成からCDの生産・流通までにタイムラグが発生していたので、事前にリリース前の楽曲を共有いただいておくことで、もう少し時間をかけられました。

ただデジタルでの音源配信が普及するにつれ、どんどんカラオケの準備期間も短くなっていって。今は限られた時間の中で、いかにオリジナル楽曲を忠実に再現できるかが、肝になります。

──楽曲を再現すべく、具体的にはどういったことをしているのでしょうか?

まずはオリジナル音源を聴き、どんな楽器が使われているかを把握します。そしてパートごとに演奏を譜面に書き起こしたり、電子楽器用の「MIDI」という規格に打ち込んだりしていきます。いわゆる「耳コピ」と呼ばれる作業ですね。

「耳コピ」は、細かい音やニュアンスまで拾っていかないと、完成したときにオリジナル音源と異なる印象になってしまうんです。使われている楽器の数が多ければ多いほど、難易度は上がります。

MIDIの制作画面

オリジナル楽曲にリスペクトがあるからこそ、どれだけ複雑な楽曲であっても「一音たりとも聴き落としてたまるか」と、とにかく集中してオリジナル音源と向き合うのみ。経験がものを言う作業になるので、慣れるまでには5〜10年くらいはかかると思います。

──濱屋さんが「再現が難しい」と感じるのはどういった音楽ですか?

EDM*のようにエフェクトを重ねているクラブミュージックは「どうやって再現すべきか」が分かりにくく、難航します。それから、アニメ系の楽曲で手こずることも多いですね。SE(効果音)が多くて、音の再現がとにかく難しいんです!

逆にぼく自身はドラマーだったこともあって、バンド系の音の再現が得意です。当社のディレクターもそれぞれ「楽器」や「音楽ジャンル」といった「得意分野」がある。新曲の雰囲気をもとに担当者を割り振りながらチームを組み、制作を進めていきます。

*エレクトリック・ダンス・ミュージックの略。電子音を中心とした音楽ジャンルの一つ。

「再現度」と「歌いやすさ」のバランス

──「生音演奏カラオケ」のレコーディングって、どのように行なっているのでしょうか? オリジナル楽曲の収録と、何か違いはありますか?

設備などは普通のレコーディングスタジオと変わりはありませんし、基本的なレコーディング制作手法は、オリジナル楽曲の収録と基本的には同じだと思います。「生音演奏カラオケ」は、「MIDIカラオケ」では再現が難しい生っぽさがある楽曲を中心に制作しています。POPSだとバンドものです。

当社でお願いしているスタジオミュージシャンは、いずれも「完コピ」が大好きなミュージシャンですね。細かなところまでマニアックに再現することが好きなタイプ、というか。

そして彼らがプロとして最高のパフォーマンス──、つまり「オリジナル曲に限りなく近い演奏」ができるよう、スタジオではさまざまなメーカーの楽器を保管しています。

特にぼくはプライベートでもドラムを叩いているので、ドラムの音をどうしても追求?したくなっちゃうんです(笑)。機材のメーカーによって出る音が異なるので、「どんなスネアドラムを使えばオリジナル楽曲を再現できるか」がこだわりの一つでもあります。ドラム専門誌のインタビューや音楽番組の出演映像などをチェックし、メーカーを特定することもあるんですよ。

──すごい。そんなに細かなところまで!

時間と予算が許す限り(笑)。でも恐ろしいことに、収録後に全体を聴くまで失敗に気付かない……なんてこともたまにあるんです。収録を終えてスタジオミュージシャンが帰ったあと、「このフレーズ、よく聴くとオリジナルと違う?」と気付いてしまったり。

──修正すべき箇所が見つかったとき、どのようにカバーしているのでしょうか?

再びスタジオミュージシャンにお願いして録り直すこともあれば、録音データを加工・編集して取り繕うこともありますね。

ただその一方で、カラオケ音源だからこそ「あえてオリジナル楽曲から少し変えている部分」もあるんですよ。

──「再現度」は突き詰めれば突き詰めるほど良いのだと思っていました。

もちろんオリジナル楽曲へのリスペクトがあるからこそ、再現率は高めたいです。少しでも違うところがあれば、失礼にあたりますからね。

しかし、オリジナル楽曲が「聴くため」に制作されているのに対し、カラオケ音源は「歌うため」に制作されるべき。楽曲の各楽器の音量・音質・音像を調整する「ミックスダウン」の作業では、再現性を高めつつ歌いやすさも追求します。

──具体的には、どういったところを調整するのですか?

楽曲ごとに調整は異なりますが、常に鳴っている楽器(ベースやドラムなど)の音を主に調整することは多いです。

カラオケボックス、高齢者施設、宴会場、カラオケスナックなど、カラオケが歌われる環境はバラバラです。いかなる環境であってもリズムが取りやすく、歌いやすい音質。それが最終的に求めているサウンドになります。カラオケの完成後、カラオケボックスの環境に近い部屋で最終チェックを行うこともあるんですよ。

DAMシリーズの最新機種である「LIVE DAM AiR」では
実在する有名会場のライブサウンドを再現した「エキサイトライブホール」機能を搭載している

「カラオケ行きたい」という言葉がモチベーションに

──濱屋さんはなぜカラオケの音源制作に携わるようになったんですか?

1994年、第一興商にカラオケ制作のアルバイトとして入社したのがきっかけですね。プロドラマーになりたいと上京し、生活するために音楽系のバイトを探しているときに、たまたま求人を見つけたんです。

最初はカラオケ制作の下準備的な仕事をしていました。その後、現在のカラオケ音源の制作を専門とした部署へ異動し、途中カラオケに関わる他の部門へも異動経験をして、現在はまたカラオケ音源の制作を担当しています。

ぼく自身は学生時代から、ドラムを耳コピして譜面に起こして、忠実に再現することが好きだったんです。その「好き」の延長線上で、今の仕事も続けているんだと思います。

また、当時は通信カラオケ*1 の黎明期。従来型のアナログなカラオケシステム*2 よりも「曲数の多さ、新譜リリースの早さ、コンパクトさ」が評価され、一気に浸透して通信カラオケブームが到来したんですよね。

さまざまな会社が切磋琢磨しあってMIDI技術もどんどん向上していった。その勢いを直接肌身に感じられたからこそ、面白さを感じたんでしょう。気付けば30年近くもこの仕事に携わっています。

*1 専用の回線やサーバーを介し、楽曲の演奏データなどを一斉配信するカラオケ機器。

*2 通信カラオケの普及以前はLD(レーザーディスク)やCD(コンパクトディスク)カラオケが主流だった。

──初めて携わった音源が配信されたときのことは覚えていますか?

カラオケボックスへ足を運び、実際に曲を聴いてみたのは記憶にあります。ちゃんと音が鳴っているのを確認できて、とにかくモチベーションが上がりましたね。

それと同時に全国のカラオケに配信されるからこそ「変なものをリリースできない」という怖さが沸き起こりました。

──お仕事を続ける中、どういったシーンでうれしさを感じることが多いですか?

一番うれしいのは「カラオケ」というカルチャーそのものを楽しんでいる様子を見かけたときでしょうか。お客さんが満面の笑みで「楽しかった〜」とカラオケ店から出てくるとき。あるいは街中で「ああ〜カラオケ行きたい」って言う声を耳にしたときです。思わず「よっしゃ―!」ってガッツポーズしそうになりますね(笑)。

(文:高木望 写真:小池大介)

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ライター高木 望
1992年、群馬県出身。広告代理店勤務を経て、2018年よりフリーライターとしての活動を開始。音楽や映画、経済、科学など幅広いテーマにおけるインタビュー企画に携わる。主な執筆媒体は雑誌『BRUTUS』『ケトル』、Webメディア『タイムアウト東京』『Qetic』『DIGLE』など。岩壁音楽祭主催メンバー。
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