勤続34年。キリンビールを57歳で早期退職した私が、ディズニーキャストになった理由。なぜ大企業を辞めてアルバイトに?

2024年10月1日

やりがい・収入・雇用形態など、仕事を選ぶ基準はさまざま。笠原一郎さんは、34年間勤めたキリンビールを57歳で早期退職した後、ディズニーランドの清掃スタッフ、カストーディアルキャストとして8年間勤務しました。

ディズニーランドで過ごした日々を赤裸々に綴った著書『ディズニーキャストざわざわ日記』(発行:三五館シンシャ、発売:フォレスト出版)は現在、約5万部のヒットです。そんな笠原さんが語る「仕事の本質」とは?

勤続34年。大企業でのキャリアを手放し、ディズニーキャストに応募した理由

──定年間近でキリンビールを退職し、未経験のアルバイトへ。思い切った決断に思えますが、どのような経緯があったのですか?

57歳でキリンビールを早期退職することは、退職の数年前から決めていました。34年間よくはたらきましたし、早期退職による退職金の割り増し制度もあったんです。

これまでデスクワークは散々やってきたので、次は体を動かす仕事をしたいと思っていました。ノルマや納期のプレッシャーを感じずに、楽しくはたらきたいとも。

そこで見つけたのがディズニーのキャストの仕事でした。偶然読んだ雑誌に、ディズニーシーではたらく64歳の女性の記事が載っていたんです。写真の笑顔がとにかく幸せそうで、仕事を楽しんでいるのが伝わってきました。

私よりも年上の方が活き活きとがんばっている。そんな姿に背中を押されました。

それに、私自身もディズニーが好きだったんです。昔から家族でよく行った馴染みの場所ということもあり、「ここなら楽しくはたらけるかもしれない」と直感で決めましたね。

──異業種、非正規雇用、そして決して高くはない時給制の賃金。セカンドキャリアを決めるときに、これらの条件は気にならなかったのですか?

気になりませんでした。生活する上で収入はもちろん大切ですが、それよりも、あと何年生きるかを考えたとき、1度きりの人生を楽しく過ごしたいと強く感じたんです。むしろ前職とまったく違う仕事のほうが、新鮮でおもしろそうだと思いましたよ。

もちろん初めての業種で体力仕事なので、大変なこともあると思いましたが、「何事もやってみなければ分からない」と新しい世界に飛び込みました。

8年間無遅刻無欠勤!手に入れたのは、仕事終わりのおいしいビール

──ディズニーではカストーディアルキャストして勤務されたのですよね。どのような仕事内容なのですか?

カストーディアルキャストは「歩くコンシェルジュ」として、ディズニーランド内の清掃業務やゲストの案内をします。どんなに悪天候でも業務内容は変わらないので、体力勝負の仕事ですね。

パーク内を清掃するだけでなく、ゲストに夢のある空間を感じてもらえるような会話や笑顔を心がけるのは、ディズニーランドならではだと思います。

「まずはやってみよう」と始めた仕事でしたが、入社したことを後悔したり、行きたくないと思ったりしたことはないですね。8年間、無遅刻無欠勤でしたよ。

──8年間も。カストーディアルキャストとしてのやりがいはなんでしたか?

毎日の小さな喜びが積み重なり、日々のやりがいとなっていました。道案内をする、迷子の子どもを迷子センターに送り届ける、混み合う優先トイレの待ち時間が苦にならないように、ゲストと会話をする……。そうした中で1日に1度でも、ゲストからの感謝の言葉や温かなやりとりがあれば、それが明日へのモチベーションになっていました。

仕事のモチベーションとは、こうした小さなことの積み重ねと繰り返しの中で生まれるものだと、改めて実感しましたね。

──充実したキャスト生活だったのですね。辛いできごともありましたか?

もちろんです。目を背けたくなるような仕事もたくさんありましたよ。動物の死骸や汚物の処理、ポイ捨ての後始末、炎天下や極寒での外仕事など、あげたらキリがありません。

中には耐えられない人もいるかもしれませんが、私は「デスクワークやノルマから解放されたい」「体を動かしたい」「毎日小さな喜びや楽しみを感じたい」という思いで転職したので、辛い業務がストレスになることはありませんでした。

私は、仕事から帰って飲むおいしいビールがあれば幸せなんです。ささやかな幸せかもしれませんが、「こんなふうに仕事がしたい」という自分なりの軸を持って、実現できる場所に飛び込んだからこそゲットできた、何にも代え難い“おいしいビール”だと思っています。

夢の国でもキリンビールでも、仕事は大部分が辛いもの。ハッピーなことばかりは起きない

──ディズニーランドの華やかさからは想像できない業務もあったのですね。目の前の現実にくじけることはありませんでしたか?

なかったです。そもそも仕事とは、大部分が辛いものだと思っているんですよ。毎日はたらいていて、ハッピーなことばかりが起こるなんてありえないわけで。仕事が楽しければ理想的ですが、そんな仕事に巡り合える人はそう多くはない気がします。

自分が取り組む仕事の中に、どれだけ喜びを見出して達成感を得られるか。これは、ディズニーランドでもキリンビールでも変わらない、世の中のすべての仕事に言えることだと思います。

──キリンビール時代に「給料には我慢代も含まれている」と言われていたそうですね。

はい。上司からの言葉です。どんな仕事も、最初は辛く感じるかもしれないけれど、合う合わないはすぐには分からない。ある程度は辛抱することが大切だと教えられました。目の前の仕事に真剣に取り組んでみて、初めて小さな喜びや達成感が見つかるんですよね。だから、カストーディアルキャストとしての仕事も、「最低でも1年間は絶対にやる」と決めていました。

ディズニーランドには10代から60代まで幅広い年齢のキャストがいたので、仲間とは仕事についてよく話しましたね。これまでの経験をもとに、20代のキャストとキャリアについて話したり、学生の卒業後の進路や就職活動についてアドバイスしたり。もちろんキリンビールを受けてみるようすすめることもありましたよ。でも結局誰も受けなかったかな(笑)

──新しい世界に飛び込みたいと思いつつも、ためらう人は多いと感じるのですが、笠原さんならどのようなアドバイスをしますか?

「案ずるより産むが易し」という言葉を贈りたいです。こんなふうになりたい、こんなはたらき方をしてみたいという理想があるのなら、思い切って行動するが吉です。

仕事には辛抱が必要だと話しましたが、だめなら次があるのも事実。世の中にはブラック企業なるものが存在し、自身の正義感や信念に反する価値観の職場もあります。人間関係がどうしてもうまくいかないことだってあります。そんなときは別の場所を探せば良い。

私もカストーディアルキャストとして一生懸命がんばってはみたものの、自分に合わない環境だと感じていたら、きっと辞めていたと思います。人が活躍できる場所はいくつもあり、チャレンジは何度でもすれば良いと思います。

──57歳でカストーディアルキャストとなり、65歳で定年退職。その後69歳で書籍を出版。現在71歳の笠原さんの、今後の展望を教えてください。

これからも自分の気持ちに素直に、好きなことをして生きていきたいです。その核となるのは「人・本・旅」。

これは、2023年まで立命館アジア太平洋大学の学長を務めた、出口治明(でぐちはるあき)さんの言葉です。多くの本を読み、いろいろな場所に行って刺激を受け、たくさんの人に会って学びを得たいと。私もそうしたいと思っています。

昨年は、55年ぶりに中学生時代の友人に会いに山口市に行きました。来年は兵庫県で開催されるキリンビール関西地区のOB会にも顔を出したいと考えています。1度きりの人生なので後悔のないように行動して、活き活きと残りの人生を楽しみたいですね。

 (文:徳山チカ 編集:いしかわゆき 写真提供:笠原一郎)

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ライター / 編集者徳山チカ
1991年大阪府生まれ。2児の母。ウェディングプランナー、住宅営業、スパイスカレー屋のパートを経て、フリーランスライターに。主にキャリアや生き方にまつわる記事の取材、執筆、編集を行う。音楽ライブ、ラジオ、スパイスカレー、ハイボールが心のオアシス。

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