北新地の夜職辞め「おばんざい屋」の女将に。2児を育てる28歳のシンママ「子どものお迎え朝4時」苦渋の決断も

2026年10月7日

はたらく情報メディア『スタジオパーソル』が運営するYouTubeでは、仕事終わりの晩酌まで1日密着し、はたらく本音を深掘りする番組をお届けしています。

今回お話を伺ったのは、大阪天満宮のそばに店を構える「おばんざい 鈴」の店主、村田鈴さんです。2児のシングルマザーとして育児と経営を両立させながら、温かい手料理を通じて多くのお客さまに笑顔を届け、連日行列が絶えない人気店を切り盛りしています。

夢が断たれた学生時代、離婚、そして夜の仕事での過酷な日々。数々の試練を乗り越えた彼女が、なぜ今「私は1人じゃない」と笑顔ではたらけるようになったのか、その歩みについて詳しく伺いました。

※本記事はYouTube『スタジオパーソル』の動画を一部抜粋・編集してお届けします

お客さまの健康を想う、おばんざい屋の日常

大阪市北区天神橋にある「おばんざい 鈴」の店主、村田鈴さんは、2人の子どもを育てるシングルマザーでもあります。

朝は子どもたちの朝食や出発の準備で大忙し。「ほら早く靴下履いて!」と子どもたちに声をかけながら、慌ただしく支度を進めます。無事に保育園へ送り届けると、すぐに母から店主の顔へと切り替わりました。

買い出しを済ませてお店に到着すると、豚汁や麻婆豆腐、おにぎりなど、日替わりのおばんざいの仕込みを一気に進めます。メニューを考える際に、村田さんが何よりも大切にしているのはお客さまの健康です。

「お店の周りはオフィス街なので、忙しくて外食中心になりがちな方が多いんです。だからこそ、ここで少しでも健康を整えるお手伝いができたらと思っていて。『最近野菜が足りていなさそうだな』と感じる常連さんがいたら、その人が苦手だと言っていた野菜でも、健康のためにあえて盛り付けて出しています(笑)」

白米の代わりに栄養価の高い雑穀米を選んだり、豚汁にごぼうやレンコンなどの根菜をたっぷり入れたりと、一品一品にお客さまの健康への想いが込められています。料理はすべて独学で身につけたという村田さん。食べ歩きする中で気になった味付けをお店の人に直接尋ねたり、アルバイト先の厨房で技術を習得したりしながら、現在の味にたどり着きました。

「美味しいものを食べたら何が入っているか分かるんです。一度味わうだけで使われている食材や調味料がピタリと当てられる、味覚の“絶対音感”のようなものがあるんじゃないかなって思っています(笑)」

お店ではたらくスタッフは全員、村田さんと同じく子育て中のお母さんたち。「鈴ちゃんが明るく引っ張ってくれるから元気になれる」といった声がスタッフから上がるほど、店内は温かく活気のある空気に満ちています。

しかし、村田さんが現在のように自分らしくはたらけるお店と仲間を持てるまでの道のりは、決して平坦なものではありませんでした。

「絶対に頼らない」と意地を張っていた“夜職”時代

もともと客室乗務員(CA)を志して航空関係の大学へ進んだ村田さんでしたが、コロナ禍で航空業界の採用は激減し、夢をあきらめざるを得なくなりました。さらに在学中に妊娠が判明。学生の身での出産に、親からは猛反対を受けます。しかし、彼女はその反対に屈することなく、家を出る道を選びました。「一度家を出たからには家族には絶対に頼らない」と固く決意していたと言います。

その後、結婚と離婚を経て、二人の子どもを抱えるシングルマザーに。頼れる人がいない中で子どもを養うため、彼女が選んだのは大阪・北新地の飲食店での接客業、いわゆる“夜職”でした。

当初は「なぜこんなに我慢をしてお客さまの話を聞かなければいけないのか」と、接客に苦手意識を感じることもあったそうです。しかし、ただはたらくだけではなく何かを吸収しようと、高い成果を出している先輩の振る舞いを観察し、必死に技術を盗みました。相手が何を求めているのか、その気持ちを汲み取る術を必死に学んでいました。

仕事ではようやく波に乗り始めた村田さんでしたが、その裏側で私生活は過酷さを極めていました。昼間の保育園は利用できず、村田さんは夜間の託児所に子どもたちを預けて出勤していたのです。

「泣き叫ぶ子を預けて、朝まではたらいて、一睡もせずお迎えに行き、意識がぼんやりしながら子どもを公園に連れて行く……。当時はとにかく生きていくのに必死でした。今振り返っても子どもとすごした時間の記憶はほとんどありません。『もう消えてしまおうかな』と思うくらい、当時の生活は苦しかったです」

体重は10kgも落ち、心身ともに限界に達していました。「誰にも頼らない」と意地を張って一人で背負い続けてきましたが、その限界はとうに超えていたのです。最後は泣きながら母親に助けを求めた村田さん。長く張り詰めていた糸が切れた瞬間でした。少しずつ周囲の助けを借りながら生活を立て直し、そこから彼女ははたらき方を少しずつ変えていきます。

「一人で抱え込む」をやめたとき、仕事が生きがいに変わった

夜職時代を経て、もともと「人と話し、人を喜ばせることが好き」という自身の原点に立ち返った村田さん。子どものためにも日中の仕事に切り替えたいという想いが重なり、独学で磨いた料理の腕を活かして、2024年7月に「おばんざい 鈴」をオープンしました。

店主として理想のお店にしたいという強い責任感から、当初は「すべて自分の手で最高の料理を出さなければ」と考えていたと村田さんは語ります。

「オープン当初は、私がいないとお店は回らないと思い込んでいたんです。だから子どもが熱を出したとき、3日連続で店を閉めてしまって……。『お店が潰れたと思われるんじゃないか』と心配で、すごく苦しかったですね」

この経験を経て、村田さんは「自分がいなくてもお店を続けていける体制」の大切さを実感します。

スタッフにだし巻き卵の作り方を指導するなど、少しずつ現場のオペレーションを共有していきました。そうして1年をかけて一緒に練習を重ねた結果、村田さんが不在でもスタッフ同士が助け合ってお店を運営できるチームへと成長していったのです。

「一人でできることには限界がある。自分一人だけでは多くのお客さまを喜ばせてあげられないと気付きました。今は『私がいないとダメ』ではなく、『私がいなくてもみんながお客さまを笑顔にできている』という状況があることが、何よりもうれしいです」

孤立していた時間を乗り越え、周囲を頼ることを知った今、村田さんの毎日は「生きがい」に溢れています。お客さまの健康を意識しながら週替わりメニューを考える時間や、「笑顔になれたよ」「元気をもらえたよ」と言ってくれるお客さまとのふれあいは、日々の大きなやりがいです。さらに、一緒にはたらくスタッフの存在も生きがいの一つだと村田さんは語ります。

「自分だけでなく、スタッフも含めたみんなで誰かを笑顔にできている。そう実感できるからこそ、もっといいお店にして、全員が生き生きとはたらける場所にしたいと思えるようになりました」

生きるための手段だった仕事は、今やお客さまの笑顔と、かけがえのない仲間と一緒に育む生きがいへと変わっています。

「思い通りの人生じゃない」と立ち止まっている人へ

CAという夢が破れ、夜職での過酷な日々や孤独を経験してきた村田さん。さまざまな葛藤を経て、おばんざい屋という自分らしい居場所を見つけた今、自身の歩みを振り返ってこう語ります。

「お店を始める前の私は、どこか周囲を遮断して、一人で意地を張っていた時期がありました。でも、苦しいときこそ、助けてくれる人や心を許せる人が現れるもの。その存在を受け入れられるかどうかで、人生は大きく変わるのだと、今は強く実感しています」

人に頼る勇気を持てたからこそ、今の温かいチームがある。そして、かつての夢がかなわなかったことに対しても、今は穏やかな気持ちでふり返れるようになりました。

「もし夢がかなわなかったとしても、『その道に進まなかったこと自体に、きっと何か意味がある』と思うようにしています。私自身、『こうじゃなきゃダメだ』と頑固に思い込んでいた時期もありました。でも、そんな寄り道の先で今の自分にぴったりなこの場所にたどり着けました」

思い描いた通りのキャリアにならなくても、目の前の縁や仕事に向き合っていれば、必ず次の道が開ける。だからこそ、「はたらく」モヤモヤを抱える若者には、「はたらく」をもっと自分らしく楽しくするために、まずは小さな一歩を踏み出してほしいと力を込めます。

「なんでもいいから、やりたいことに近付くための具体的な行動を一つ起こしてほしいなと思います。いきなり環境を変えるのは難しくても、まずは小さな一歩を踏み出してみること。すべてを一度に変えようとしなくていいんです。少し行動してみるだけで、心がふわっと軽くなりますから」

※今回お伝えしきれなかったフルバージョンの動画はYouTube『スタジオパーソル』にて公開中

(「スタジオパーソル」編集部/文:間宮まさかず 編集:いしかわゆき、おのまり)

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ライター/作家間宮まさかず
1986年生まれ、2児の父、京都在住のライター・作家。同志社大学文学部卒。家族時間を大切にするため、脱サラしてフリーランスになる。最近の趣味は朝抹茶、娘とXGの推し活、息子と銭湯めぐり。
著書/しあわせな家族時間のための「親子の書く習慣」(Kindle新着24部門1位)

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