早稲田の思い出の地を救え。老舗喫茶店のコロナ禍を支えた70年の絆

2021年7月26日

1950年の開店以降70年以上にわたって学生を見守り続けてきた早稲田の名物喫茶店「ぷらんたん」。2020年末にはコロナ禍により大打撃を受け、閉店しようかと考えた時期もあったそうです。

しかし、そんな中でクラウドファンディングのプロジェクトが立ち上がり、開始一週間で目標金額の500万円を達成。プロジェクト終了時には750万円を超える支援額を集め、ぷらんたん史上最大の危機を救うこととなりました。

このプロジェクトの大成功の裏にはどのようなストーリーがあったのでしょうか?ぷらんたんの店主・前田 広喜さん、クラウドファウンディングプロジェクトを陰で支えた早稲田大学学生有志チーム「Waseda Digital Support(WDS)の吉留 寛人さん、石川 真子さんにお話を聞きました。

学生街の名物喫茶に訪れたコロナの大打撃

戦後間もない1950年にオープンした喫茶店「ぷらんたん」は、4度のオーナーチェンジをしながら早稲田の地に70年の時を刻んできました。

「ぷらんたん」4代目オーナーの前田広喜さん

現オーナーは「マスター」として常連客から親しまれる4代目、前田広喜さん。前田さんは早稲田大学建築学科を卒業後、商社での勤務を経て東京都中野区でコーヒー豆の焙煎屋をオープン。経営を続けるうちに母校の近くで営まれていた「ぷらんたん」の物件が売りに出されていることを知り、すぐに購入を決意。歴史あるぷらんたんの暖簾を引き継ぎました。

ぷらんたんはこだわりのコーヒーはもちろん、昔ながらの喫茶店の雰囲気が魅力。何より大学の正門から目と鼻の先という立地もあり、学生客の憩いの場として長らく愛されてきました。

しかし2020年4月、コロナウイルスの感染拡大を受け早稲田大学は一部の授業を除きオンラインへの移行に踏み切ります。すると学生で賑わった街の活気はたちまち消え、学校近隣の飲食店は軒並み閑古鳥がなく事態に。例にもれず、ぷらんたんも大打撃を受けることとなります。

緊急事態宣言発令により夜間の営業や酒類の提供が禁止。日中の客足が遠のいたことに加え、サークルや部活の打ち上げ会場として夜間営業の需要が大きかった同店は、収入の大部分を失ってしまいます。

前田さん「正直なところ、オンライン授業が始まってからはまったく商売にならず、お店は瀕死の状況でした。元々学生さんや教員のお客さまが中心のお店だったので、売り上げは前年の20%を下回るまでになってしまいました。

早稲田大学近隣の歴史あるお店の多くも閉店してしまったんです。特に昔ながらの喫茶店はもうほとんど残っていない。なんとか存続させようと努力していたものの、お店を閉めるかどうか、選択を迫られている状態でした」

起死回生のクラウドファウンディングは学生たちの声がけから始まった

そんな経営の先行きが危ぶまれた2020年11月、救いの手は思わぬところから差し伸べられました。「何か支援できることはありませんか?」と早稲田大学のある学生団体からの連絡があったのです。

その連絡をしたのが政治経済学部3年(当時2年)の吉留寛人さん。吉留さんは早稲田大学の「大隈塾」(正式名「たくましい知性を鍛える」)という授業をきっかけに生まれた「Waseda Digital Support(WDS)」というプロジェクチームの代表を務めていました。

早稲田大学 吉留寛人さん

「大隈塾」とは座学だけではなく、プロジェクトの実践を通じて学びを深めるカリキュラム。ジャーナリスト田原総一郎氏が中心となり2002年にスタートした、同大学の名物授業です。この授業を履修した生徒たちは有志のチームを結成し、それぞれが社会課題の解決にあたっています。

吉留さんが所属するWDSは「デジタルデバイドの解消」をテーマに地域の個人店を支援するプロジェクトを運営していました。各店舗の持つ課題をヒアリングし、デジタルネイティブ世代の学生がサポートするというものです。

吉留さん「私たちWDSはコロナ禍で困っている人たちをどうにか支えられないかという問題意識のもとwebサイトの作成やSNSの運用、Zoomの使い方を学べるマニュアルの作成などを各店舗さんに向けて行っていました。その中で、以前から交流があった『ぷらんたん』さんにもお声がけさせていただいたんです」

WDSから支援の申し出を受けた前田さんは、店舗の運転資金を賄うためのクラウドファウンディングを実施したいとWDSに提案。両者の思いが重なり、ぷらんたんのクラウドファウンディングプロジェクトが動き出しました。

前田さん「コロナによって失った売上を補填するため、クラウドファウンディングをやりたいとは元々考えていたんです。しかし、初めてなので勝手がわからない。そんなときにご連絡をいただけたのは、渡に船でしたね。WDSの学生さんのほか、個人的に親しくさせていただいている大学OB・OGさんのお知恵を借りながら進めていくことにしました」

吉留さん「OB・OG先輩方を交えたミーティングの中で 『お店を改装し新しいぷらんたんにします』という大胆な企画が良いんじゃないかというご意見や、反対にこのレトロな雰囲気を残すべきだといった議論があったんです。話を伺う中で、ぷらんたんがいかに早稲田大学の学生に愛されてきたかということを感じましたね。そうした声を受け、これまでのお店のイメージを守りながら、内装のアップデートを行い、長期的にぷらんたんの経営を支えるようなプロジェクトにしようと考えがまとまっていきました」

開始1週間で500万円を達成。個人では過去に例を見ないほどの支援額に。

プロジェクトが動き出したのは2020年11月末。店舗の運転資金を考慮すると、2021年1月にはクラウドファウンディングをスタートさせなければなりませんでした。年末年始の休業期間を考えると、発案からプロジェクト開始までに残された時間は2ヵ月未満。

さらに、インターネットに親しい世代といえど、WDSチームがクラウドファウンディングを企画するのははじめてのこと。吉留さん自身は過去にプロジェクトを企画した経験があったものの、ここまで大規模なプロジェクトははじめてだったそうです。

そんな手探りの状態の中、まずWDSチームが取り組んだのは過去のクラウドファウンディングのデータを集め、プロジェクト成功に必要な要素を一つひとつ洗い出すことでした。どんな文章や写真ならば支援が集まるのか。リターンには何を設定するべきか。過去の成功例に学びながらプロジェクトを組み立てていきました。

加えて、WDSは著名な卒業生からの応援コメントをプロジェクトページに集めることで話題づくりを行うことを企画。コメント集めを担当したWDSの石川 真子さんは当時早稲田大学の一年生で、当初は「一学生の申し出に応えてもらえるだろうか」という不安もあったそうですが、真摯な学生の想いに対し、温かい声が返ってきました。

早稲田大学 石川真子さん

そして最終的にはジャーナリストの田原総一朗さん、落語家の立川談笑さん、起業家の前田祐二さんら10名に加え、早稲田大学のサークル7団体から応援のコメントが集まりました。そして、広報活動を続けるうちに新聞社やテレビ、大学広報部からの取材が舞い込み、支援の輪は着実に広がっていきます。

こうした話題づくりに取り組みながら、同時に吉留さんは地道な広報活動を進めていました。プロジェクト成功の鍵を握るのは、なにより開始後のスタートダッシュ。クラウドファウンディング開始の直前までOB・OGさんや関連団体への連絡を続けていたそうです。

吉留さん「いいスタートを切れるかどうかがプロジェクトの成否を分けるということは過去のデータからも明らかでした。なんとかプロジェクトを成功させるべく、できることはすべてやろうと、さまざまな手段でご支援をお願いしていました」

そうして万全の準備を整えて迎えた2021年1月30日、「創業70年、学生街の喫茶店『ぷらんたん』を未来に繋ぎたい」と題されたプロジェクトがスタートします。

蓋を開けてみれば、開始前の予想を大きく上回る支援が寄せられることとなりました。なんと開始後7日間で目標金額の500万円を達成。最終的にはネクストゴールとして設定した700万円を超え、累計753万4000円が集まったのです。この支援額には前田さんも驚いたそうです。

前田さん「500万という目標金額は、ほかのプロジェクトと比べると大幅に大きなものでした。実際、これほどの規模になるとクラウドファンディングの運営元のREADYFORのサポートのもとプロジェクトページ作成を行うケースが多いらしいのですが、学生たちは自分たちだけで作成し、成功に導いてくれました。これは稀に見る大成功だとREADYFORの方も仰ってましたね」

世代を超えた結びつきが生んだプロジェクトに成功をもたらした

WDSチームの地道な活動が功を奏したとはいえ、なぜ、ここまで多くの支援を集めることができたのでしょうか。それは早稲田という街で長くお店を続け、積み重ねてきたお客さまとの関係性に支えられたものだったのだと前田さん、WDSのメンバーは口を揃えます。そして、前田さんがそれを実感したのは、SNSを通じて集まった声を目の当たりにしたことでした。

前田さん「WDSに立ち上げてもらったぷらんたんのSNSアカウントへの反響がとにかくもの凄かった。Twitterで初めてプロジェクトの告知をした際に、1万を超えるいいねをいただいたんですよ。こんなに多くの方が当店を応援してくださっているという事実に支えられました。

当店は学生時代から通ってくれていたお客さまが卒業後にお見えになることも少なくありません。そういう方たちからもSNSを楽しみで見ていますというお話は伺うようになりました。継続は力なりとはいわれるんですけれども、これまで築いてきたお客さまとのその繋がりを感じることができました。みなさんには本当に感謝しかありません」

プロジェクト終了後、ぷらんたんはWDSと協力しながらクラウドファウンディングの成果報告、リターンの連絡を行ないながらお客さまへの感謝を伝えていきました。およそ半年にもわたる一大プロジェクトを経て、前田さん、吉留さんはその支援に匹敵するほどの大きな学びがあったと振り返ります。

前田さん「こうした地域に根ざしたお店の経営に立地が重要なのは言うまでもありません。しかし、オンラインの時代にあってはそれと同様に情報発信が重要なのだと、身をもって学ばせていただきました。また、支援をいただきながら学生たちが成長する姿を間近で見れたことも、何事にも変え難い経験でしたね」

吉留さん「クラウドファウンディングが成功したのは、ぷらんたんさんが積み重ねてきたものがあったからというのは間違いありません。私自身、この取り組みをを通して、何が必要かを考え、自らデータを集めて実務に当たっていくことの重要さを感じました。座学では経験することができない貴重な機会をいただいたと、私たちも感謝しています」

そんな言葉を耳にして「頼りになる後輩たちでしょう?」と、前田さんは照れ臭そうに、そして少し誇らしげに笑います。

前田さん「はめを外して大騒ぎする学生らしいところもあるけれど、みんな大きな可能性を秘めた子たちです。時に年長者としてアドバイスをしながらこれからもその成長を見守っていきたいですね」

そう語り合う前田さんと学生たちの間には、まるで親子のような温かな関係性が感じられます。歴史あるぷらんたんという喫茶店と若い世代が混じり合って花ひらいたこのプロジェクトは、どんなに時代が移り変わってもビジネスの基盤には常に人と人との繋がりあるのだと教えてくれます。

(文:高橋直貴 写真:小池大介)

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