「いのちの電話」相談員に話を聞いたら、「対話」に一番大切なことがわかった
「目の前の問題にどう向き合えばいいか分からない」「孤独がつらくて誰かと話したい」──。電話を通してこうした悩みを持つ人々の話に耳を傾け、対話する「いのちの電話」。1人で不安や悩みを抱えている人の思いを電話口で受け止めているのは、ボランティアの相談員です。
時には死を考えている人からの相談もある中で、相談員はどのように話を聞き出し、相談者の心を落ち着かせているのでしょうか。
社会福祉法人「いのちの電話」の事務局長の郡山 直さんと、20年近く相談員をしているAさんにお話を伺ってみると、日常や職場の人間関係にも役立つコミュニケーションのヒントがありました。
いつでも、どんな悩み事でも相談していい
──「いのちの電話」は自殺を考える人に思いとどまらせる最後の砦のようなイメージがあるのですが……。
郡山さん:「死にたい」という相談も寄せられますが、私達は自殺を考えている人に相談対象を限定はしていません。相談件数のうち、平均すると月の12〜13%くらいが自殺傾向のある方からの相談です。
まだ自殺を考えるまでではない悩みだとしても、それがいつ、どんなきっかけで最悪な状況になるか、誰にもわかりません。
24時間いつでもいいですし、名前を言う必要もありません。心に小さなわだかまりがあって誰かに話を聞いてほしいときに、「いのちの電話」に電話をしてもらえたらと思います。
──どれくらいの相談が寄せられるんですか?
郡山さん:2020年度は約1万6600件の相談がありました。東京で250名ほどの相談員がいるのですが、コロナの影響で多くの相談員が活動を自粛していまして……。そのため昨年は2019年の7割くらいになっていました。
慢性的に相談員が不足しているため、電話を置いたら、すぐに次の電話が鳴るというような状況なんです。
カウンセリングはしない。イメージは「親切な隣人」
──今回、相談員のAさんには匿名で取材を受けていただきます。お顔や名前を出せないのは理由があるのでしょうか?
Aさん:相談者の方が安心して電話をできるように、相談員はみんな顔や名前を明かさないようにしているんです。匿名同士だからこそ話せることってあるじゃないですか。
だから相談員をしていることは、友人にも秘密にしています。だって、その友人が電話をかけてくるかもしれないですから。
──相談員の方は特別な訓練を受けているのですか?
Aさん:相談員は電話相談を担当するほかに、月に1回小さなグループへの参加が義務付けられています。「こういう電話のときはどうしたらいいか」といったテーマでディスカッションをしたり、みんなで対処法を話し合ったりしています。
また、相談員になるために1年半の研修期間があります。そこでロールプレイなどをしながらいのちの電話の相談員として必要なことを学んでいきます。
──1年半も!? ぜひ、研修で教えている相談員のノウハウを伝授いただきたいです。
Aさん:相談員にはマニュアルはないんです。一人ひとり自分のイメージした相談員の姿があって、それを突き詰めていく感じですね。
よくお話させていただくのは、相談員はカウンセラーではないということです。カウンセラーは継続的に相談者と関係を築いていきますが、いのちの電話は違います。どなたにとっても一期一会。たまたま私が電話を取ってお話しますが、電話を切ればその人ともうお話する機会はありません。
あと、相談員は専門家でもありません。相談に対して私たちのほうから、「こうしたらいいんじゃないですか?」と解決方法を言うことは一切しません。良き隣人として一緒に時間を過ごして、「困ったね」「大変ですね」と相談者のお話に耳を傾けることが基本です。
──なるほど。「話を聞く」ということが大切なんですね。
Aさん:そうですね。といっても、その人が話している事柄ではなく、「今どういう気持ちで話しているのか」という「気持ちを聞く」んです。
よく、親子のやり取りで、「お母さん、今怒ってる?」「怒ってないわよ!」というやり取りがあるじゃないですか。お母さんは「怒ってない」と言いつつ、本当は怒ってますよね(笑)。
──「怒ってないわよ!」と言われて「じゃあ怒ってないんだ」とは思わないですね。
Aさん:そうなんです。言葉尻だけを捉えるのではなく、今相手がどういう気持ちかを考えなければいけません。
その上で、それを聞いた自分は今、どういう気持ちになっているかを手がかりにして、相手の方と対話をしていきます。
──相談員の方も自分の気持ちを相手に伝えるんですか?
Aさん:「今あなたの怒っている話を聴いて、私も怒りが湧いてきた」とか、「私は悲しい気持ちになった」とか、感じたことを率直に伝えます。自分を見つめる冷静な自分がもう一人いて「今私は怒っているな」と感じている、というか。それをきっかけに対話が生まれていくんです。
郡山さん:理屈ではなく、お互いに気持ちをぶつけ合うことが大切だと思いますね。
気持ちの寄り添い方は人によって違いますよね。相手の方が「さみしい」という話をしたときに、こちらもさみしい気持ちになるのか、怒りの気持ちになるのか。「なぜそう思ったのか」を突き詰めていくと、「自分ってなんだろう?」と考えるようになります。
そこまで辿り付くと、客観的な目が自分の中に出来上がって、相談事に冷静に対処できるようになるんです。
──対話をするためには、相談員の方も自分と向き合わないといけないんですね。
Aさん:一般社会だと気持ちを表に出す機会は少ないと思いますが、「いのちの電話」の研修では気持ちをぶつけて、お互いに揺さぶり揺さぶられ、というやり取りを積み重ねていきます。その中で「自分とは何か」を考え続けて、客観的な目を養っていくんです。
中にはこうした研修がつらくて相談員になることを断念する方もいます。一般的に若い方は気持ちが揺さぶられやすいですし、逆に人生経験を重ねてくると、何が来ても動じなくなってきます。違う価値観があることを認めるフレキシブルな気持ちがないと、難しいです。
相談者はお客さまではない。対等な関係から対話が生まれる
──悩みを抱えている人との対話を終えるタイミングって難しそうな気がしますが、相談員の方はどのように対応しているんでしょうか?
Aさん:本当に一期一会なので決まったパターンはないのですが、対話をしているうちに、最初は興奮していた人がだんだん落ち着いてきたり、落ち込んでいた人の声のトーンが明るくなってきたら、そろそろ大丈夫かなと思いますね。
「落ち着いたみたいね、声が明るくなってきましたよ」と声をかけると、「話を聴いてもらえて良かった、ラクになった」と言ってくれて、「では、熱中症に気をつけてくださいね」などと言って電話を終わらせることもあります。
あるいは、短い時間でも自分の気持ちを聴いてくれたという満足感があると、相談者のほうから「ありがとう」と言って電話を切ることもあります。
──お互いの気持ちをぶつけて対話をする中で、対立してしまうことはないんでしょうか?
Aさん:ありますよ。相談者が「もっと僕の話を聴いてほしい」と怒ることもありますし、私のほうから「あなたの話を聴いて腹が立った」と言うこともあります。
でも、それでいいんです。私たちはコールセンターではないし、相談者はお客さまではありません。相談員と相談者は対等なんです。フェアな立場で気持ちをぶつけ合うことが大事。だから、何度も同じことを言うこともあるし、ケンカのようになることもあります。
ただ、対等な関係だからこそ、専門家にもカウンセラーにも相談できない気持ちを吐き出せるのだと思うんです。
相手の気持ちを考える想像力が、コミュニケーションの溝を埋める
──相談員の活動をしていると、日常のコミュニケーションにも活きてきそうですね。
Aさん:そうですね。「この人は言葉でこう言っているけれど、本当の気持ちは違うんだろうな」と、想像できるようになりました。
もう1つ、自分の状況を客観視できるようになったのも大きいですね。相談員をしていますが、私自身も本業の仕事があってクタクタに疲れているときがあります。その日にあったことを引きずってイライラしてることもある。そういうときに、「なんでこんなにイライラしているんだっけ?」「あ、仕事が忙しかったからだな」とか、自分を客観的に考えられるようになり、気持ちに余裕が持てるようになりました。
──今、企業でも1on1など対話が重視されていますが、傾聴するためのアドバイスがあればお願いします。
Aさん:「いのちの電話」として大学で対話に関する講座を担当させていただくことがあるのですが、そこでまず学生さんに言うのが、「相手がどんなことを考えているかを考えて話をする」ということです。想像しながら話を聴くと、その人の本当の気持ちが見えてきます。
自分の立場だけで考えるのではなく相手の立場を考える、あるいは、相手がどうして自分に今こういうことを言うのかを想像する。
そうすると、相手の言葉が分かってきますし、相手に歩み寄ることができます。自分が変わらないと人を変えることはできないので、まずは自分が想像力を働かせることが大事だと思いますね。
(文:村上佳代 写真:河合信幸)
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