「物の価値」「仕事の価値」ってなんだろう?伝統工芸・南部鉄器の職人に聞いてみた
「あなたの仕事の価値は?」聞かれたら、頭の中にどんな言葉を想起しますか?おそらく、答えが浮かばないという人も少なくないはず。そもそも、「価値」とは何なのでしょうか。
今回お話を伺ったのは、創業173年の「南部鉄器工房 及富」の菊地海人さん。及富は7代目当主及川一郎(代表取締役社長)、菊地章(専務取締役)の兄弟で営まれています。
菊地さんは菊地専務の長男にあたり、家業を継ぐためにこの世界に入り、現在は製品の企画開発などを行っています。
南部鉄器は世界的に価値を認められている日本の伝統工芸品ですが、一方で、菊地さんのもとには海外の問屋から「中国製品と比べて、なぜそんなに高いのか?」という問い合わせもあります。先日、菊地さんはこの問い合わせについて自らの意見をツイートし、多くの共感を得て話題になりました。
SNSやクラウドファンディングで南部鉄器の魅力や携わる仕事の魅力を伝えるとともに、昨今問題になっている伝統工芸品の模倣品に対する注意喚起を発信している菊地さんに「物の価値」「仕事の価値」について、お話を伺いました。
100年後も続けていく“覚悟と責任”とは
──まず、3万件以上の「いいね」を集めた話題のツイートの経緯についてお聞かせください。
「南部鉄器工房 及富」は岩手県奥州市にある工房で、小さいながら173年の歴史があります。新しいデザインやカラーバリエーションを取り入れるなど、伝統と革新を繰り返して南部鉄器を継承していくブランドとして、多くのお客さまに愛されてきました。最近は30代以上の女性層からの支持が増えています。
1954年に初のアメリカ進出を果たし、世界展開を進めてきたのですが、ここ10年ほどから海外の展示会で南部鉄器のコピー製品の展示を目にするようになりました。さらに日本国内の通販サイトでも「メイドインジャパン」と産地を偽った模倣品が販売されるようになり、いろいろと対策しては真似されるというイタチごっこが続いています。
そんな中、ツイートで紹介した問い合わせが届いたんです。模倣品よりはるかに高い価格なので「どうしてこんなに高いのか」と聞かれ、「今後100年続けていく覚悟と責任があるからだ」と答えました。
──覚悟と責任とは具体的にどういったことなのか、もう少し詳しくお聞かせください。
模倣品を作っている店は「売れるから作っている」だけでもありますから、メイドインジャパンだと詐称して模倣品を売る行為は、南部鉄器が築き上げたブランドのうわべをなぞる行為でもあり、持続性を考えているとは思えませんし、作り手、売り手の理念に疑問があります。
一方、私たち及富が作る南部鉄器は173年の歴史があり、100年先も作り続ける覚悟があります。鉄瓶は買ってから50年は持つ道具で、それだけの品質を保つ責任があり、お客さまが長く愛せるようにサポートもします。
南部鉄器の文化や、物としての価値を守るということは、お求めいただいたお客さまに継続した満足をいただけることにもつながります。こうした歴史や取り組みこそがブランド力であり、価値を決める要素だと思っています。
──「似たような物なら安いほうがいいんじゃないか?」という意見もあったとのことですが、それについてはどうお考えですか?
私自身、安いから、コスパがいいからという理由で消費をすることに疲れているなと感じることがあります。情報過多の時代にある中で、何に信頼をおけるかはとても重要なテーマです。価格帯もそれぞれ、多様性に寄り添うことは必要であると考えます。ただ、お客さまの生活、ともにはたらく職人たち、取引先や関係者の未来、育んできた文化、歴史、という時間軸を考えた時に、私どもはできるだけ長い信頼関係を作って、長く愛用できる物を提供したいという価値観を持っているので、結果としてコストもかかっておりますし、美術的価値のある道具を作る仕事でもあるので、安ければいいとはなりません。
それを理解してくれる人がもっと増えたらいいなと思いますね。
──菊地さんにとって、物の本質的価値とは何でしょうか?
値段をつけて商いが行われる以上は、値段が一つの目安になることはありますが、まず、価値とは値段だけをさすことではない。これを意識しないといけません。
値段のつけようのないものはたくさんあります。
私が重視したいのは、新しい体験、さらには文化を生み出せるかどうかです。
単なる物質としての価値だけでなく、使う人たちにどんな時間が流れるか、どんな影響を与えるか、そして幸せになるかといった部分にこそ、物の本質的価値が宿っていると思います。
初めて「仕事が楽しい」と感じた瞬間
──少し話は変わりますが、「仕事の価値」についてはどうお考えでしょうか?
今となっては本当にお恥ずかしい話なのですが、もともと「アーティストになりたい!」と漠然と思っていた僕は、あらゆる仕事にまったく関心を持てない時期がありました。「自由と創造で自分の価値を認められたい」という若気の至りです(苦笑)。
社会人になりたてのころに牛丼屋でアルバイトをしていたのですが「何で自分がこんなことをやらなきゃいけないんだ」と思っていたんです。
この仕事に今自分が携わっているんだという覚悟も責任もありませんでした。
どうせバイトだから決められたことだけやればいい、どうしたら改善できるかなんて考えなくていい、お客さまが困っているか喜んでいるかなんて気にしなくていい、自分を切り売りしてなるものか。そう思って淡々と仕事をしていました。プロだという自覚もありませんでした。だから全然楽しくなくて、少しでも時給が高い仕事を見つけては転々としていましたね。行き当たりばったりの生活です。
──確かに、やらされ仕事だと受け身になりますよね。
しかし、25歳の時にリーマンショックの影響で職を失い、「俺には何もない」って気付いて、愕然としました。ずっと受け身で仕事をしていたから、何も任された経験がなく、実績も自信もない。「あなたは今まで何をやってきたの?」と聞かれても、これならできるって断言できる仕事が何もなくて、面接に行く度胸すら持てませんでした。
職を失ってしばらくしてから、そろそろ「やばいな」と思って立ち上がりました。そこで浮かんできたのは、「なあなあに仕事をしていた自分と決別して、自信をつけたい」という思いです。どんな仕事も、しっかり「やり切った」と思えるくらいまで、真剣に向き合おうと考えました。
そこで、それまで関心の持てていなかった世界に飛び込んでみようと、工場でいわゆる“単純作業”の仕事をしました。いざやってみたら全然できなくて、最初は怒鳴られながらはたらきましたが、不思議と楽しかったんです。できなかったことができるようになって、少しずつ成長を実感できるのがうれしくて。そのあとは、接客や販売なども経験しましたね。
──何か変化や気付きはありましたか?
自分が苦手だと思って避けていた物事を克服したら、自分にばかり向いていた目線が外側に向いて、視野が広くなりました。あらゆる仕事で創造的な価値は生み出せるのだと気づいたんです。
仕事に打ち込んでいる人、プロって素敵です。積み上げられてきたその人の歴史、洗練された仕事一つひとつに信頼、価値、かけがえのない魅力が生まれてきます。それはやがて、この人と一緒に仕事をしていきたいという気持ちにもなりますし、この人に仕事をお願いしたいとなります。信頼、すなわち仕事の価値となります。
私はいろいろな仕事を経験したのち、跡継ぎになることを決心して、2014年に及富に入社しました。今でこそものづくりの職には就いてはいますが、どんな仕事でも、自分なりに創意工夫して信頼いただけるプロの仕事ができたら、そこには価値があるのだと信じています。
ものをつくることがゴールではない
──及富に入社して7年になるかと思いますが、菊地さんは、どんな時にはたらく意味を感じますか?
実は、はたらく意味を実感できるようになったのは最近になってからです。お客さまと直接対面でお話をし、販売する時に「ああ、やっててよかったな」と手ごたえを感じるんですが、私を含め現場に携わる職人たちがその場に立ち会える機会は、実は年に数回ほどです。それだけでは足りないと感じ、不安になったこともあります。「お客さまにどう評価されているだろうか?」と。
──SNSでの積極的な発信も、その一環なのでしょうか。
そうですね。
もっと多くの方に伝えたい。承認欲求というものなのでしょうが、私たちが育んできた自慢のものをもっと伝えたい、魅力を伝えたいとがむしゃらに取り組んできました。
職人仕事というのは、お客さまと直接触れ合う機会がほとんどないため、職人たちも自分が作っているものが誰に届いているのか、満足していただけたのか、困っていないだろうか?とそれまでは知る機会が得られませんでした。
お客さまと直接コミュニケーションをとるキッカケを作ってくれたのがSNSでもあり、私を含め、会社の職人皆で仕事の意味を日々実感できるようになったと思います。最初にお話したツイートが盛り上がって賛否両論が出たことも、それだけ皆さんが考えるきっかけを提供できたわけで、これにだって、はたらく意味を感じます。プロとして価値を創造していく中で、その先にどんなことを達成したいのかを考え続けることこそが大切なのだと思います。
──ありがとうございました。最後に、菊地さんがこれから達成したいことや、展望を教えてください。
海外の方とコミュニケーションをとりながら、及富の製品を、もっと世界の人に使っていただきたいと考えています。南部鉄器本来の価値を伝えるには、歴史などのストーリーを含めて異文化交流をしながら輸出しなければなりません。ただし、日本文化について一方的に話してもすぐに理解いただけることは大変難しいので、相手の文化圏でも理解しやすいたとえ話をしながら説明することが大事です。
コミュニケーションを重ねて南部鉄器の価値が正しく伝え、海外に受け入れられるよう活動していくことで、日本文化と海外文化が真に融合した、新しい文化を生み出していきたいですね。
(文:秋カヲリ 写真提供:南部鉄器工房 及富)
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