東京屈指の人気キッチンカー「くってけ亭」店主が語る「味」よりも大切なもの

2024年3月14日

サッカークラブFC東京が主催する「飲食総選挙2023」で1位に輝き、その味を求めて多くのお客さんが列をなす人気のキッチンカー「イタリア食堂くってけ亭」。

その料理を手がけるのは脱サラオーナーである、佐鳥さん。お弁当屋さんの激戦区・東京でほかのキッチンカーの2〜4倍もの食数を販売し、業界ではその存在が「伝説」とささやかれているそう。

東京都内でも屈指の人気を誇るキッチンカーはどのようにして生まれたのでしょうか? その経営の裏側と、人気店舗をつくる秘訣をうかがいました。

1日の売り上げは3,000円。フランチャイズ店舗でキッチンカーの現実を知る

──元々広告代理店に勤めていた佐鳥さんが、なぜキッチンカーを始めたのでしょうか?

広告という派手な業界が自分にほとほと合わないということに気がついて、大きい予算を動かすのではなく、「今日いくつ売れたからいくらになった」という規模の仕事がしたいと思ったんです。だったら自分で商売をやるしかないと思って、キッチンカーを始めました。

趣味レベルですけど料理は好きでしたし、人と一緒に食べて「おいしいね」と過ごす時間が好きだったんですよ。ぶっちゃけほかに好きだと思えるものがなかったので、消去法でした(笑)。もう少しのんびり仕事をしたいなあ、みたいな甘い気持ちもありましたね。

──数ある料理のお仕事の中でも、なぜキッチンカーだったのでしょう?

固定店舗だと開店までにすごく時間とお金がかかりますが、キッチンカーならば資金が安く手っ取り早く始められる。簡単に機材を揃えられるので、フランチャイズから始めました。最初に営業の人が、「これくらい稼働するとこれくらいの売り上げになりますよ」というチャートをもとに説明してくれたのですが、絶対に話通りにはいかないと思いました(笑)。自分もPRやマーケティングに関わる仕事をしていたので、営業文句はよく売れたケースを紹介しますから嘘か本当かっていうのはなんとなく分かるんですよね。

開業後のサポート体制について聞いたら「ばっちりフォローいたします!」と言われたのですが、ちょっと嘘っぽい目をしていて(笑)。ということは、逆にスタートさえしちゃえば、あとは自分の好きにできるってことだとぼくは理解したんですよ。

──普通なら不安に感じそうなところですが、ポジティブに捉えたんですね。実際始めてみていかがでしたか?

案の定、営業の人が言うとおりには売れませんでした(笑)。

フランチャイズだったのでメニューは焼き鳥かイカ焼きの二択。ぼくはイカ焼きを選択しました。朝7時にスーパーの軒先に行って、開店前にスーパーのレジをお借りして開店準備、営業開始後は22時くらいまで休みなく営業して、店じまい。それで1日2万円を売り上げたら良いほうでした。

ひどい日なんかは3,000円でしたね。でも、それで辞めるのは悔しかったので、イベント出店でドリンクやサイドメニューなしのイカ焼き一本で一日に20万円売り上げたら卒業しようと決めて、3年目の終わりくらいに卒業しました。

──目標を達成したんですね。

いや、実際は19万いくらだったんだけど、ここまでやればもう十分でしょと思って(笑)。イカ焼き販売をやっていて分かったのはスーパーに来るお客さまは、買い物のついでに小腹を満たすために買ってくださるぐらいで、そもそも「ご飯を食べよう」という目的じゃないんです。

なので卒業したらランチメニューを提供するお店をやろうということは1年目から決めていたんです。そして、3年でフランチャイズを辞めて、新たにランチ営業を中心としたキッチンカーを始めました。名前は異なりますが、「くってけ亭」の前身となるお店です。

1,000円では高い!キッチンカーランチの需要を見極めろ

──フランチャイズを卒業したあとはすぐに軌道に乗ったのでしょうか?

いえ、最初は散々でしたね。それこそ独立直後は「1回食べてもらえばわかるはず」と、自分がおいしいと思うものを出しては失敗していたんです。豚肉のそぼろを使った三食丼やリゾット、夏はねばねば系のどんぶりとか、いろいろつくりましたね。

うまくいかなかったのは、「うちは何屋です」っていうのがなかったから、お客さまもうちで何を買えば良いのかわからなかったのだと思います。そこで、イタリアンに絞って「イタリア食堂くってけ亭」を始めました。

──現在では「イタリア食堂くってけ亭」は出店場所めがけてわざわざお客さまが集まるほどの人気ぶりだそうですね。

キッチンカーって、お客さまからの期待値がそもそも低いんです。「今日時間ないな。じゃあキッチンカーでいいか」みたいなね。でも、期待値が低いぶん美味しかったら「結構うまいじゃん」って感動を与えやすい。つまり、ちゃんとやっていれば本来は失敗しづらいはずなんです。

それがわかってからは徐々にお客さまが来てくれるようになりました。期待値を確実に超えるように、ブイヨンから全部手づくりするなど、原価率が上がっても手間暇を惜しまない料理を提供することに決めたんです。

──でも、そうすると利益率は下がってしまうのではないですか?

飲食業界では「食材原価率は3割」が一般的といわれますが、うちは4.5割くらい。仕込み場の家賃や包材費、そのほかのコストを全部ひっくるめたら、利益率は2割程度。そうすると、100万円売り上げても手元に残るのは20万円くらい。昼夜問わず頑張ってもずっとカツカツです。飲食って高級店でもない限り、まじめにやればやるほどそんなものなのかもしれません。

そこで、利益率を改善するために「イタリア食堂くってけ亭」とは別に、「昭和食堂くってけ亭」という名前でカレーの販売を始めたんです。「イタリア食堂くってけ亭」で出している肉料理には、そのままでは提供できないような切れ端の素材が必ず出るので、それを全部カレーの材料として利用しています。要するに「昭和食堂くってけ亭」でかかる肉代は0円。今時のキッチンカーでは珍しい600円という価格で売っているんですけど、利益率は高いんです。

やっぱり人気店や繁盛店は原価率の計算をしっかりしている。キッチンカーを長く続けているところは何かしら知恵を絞って次の一手を考えているんですよ。
ですね。そのほかに人気の秘訣はありますか?

「しっかりした看板をつくる」「需要を見極める」。この2点ですね。

まず、ファンがつくまでは「うちは何屋です」という看板は必要かなと思います。先ほどお伝えした通り、イタリアンに絞ったことでお客さまに信頼をしてもらえたというのが「看板」ですね。

もう一点、キッチンカーに向けられた需要にハマる価格設定と、価格や期待を超える内容にすることが大切です。お昼にホテルのランチを食べる人もいれば、コンビニのおにぎりで済ませる人もいますよね。キッチンカーの需要の層はズバリ、ランチを「生活必需品」だと考えている人が多いのかなと思っています。

平日のランチでキッチンカーに求められるのは1,500円、2,000円の嗜好品ではないんですよ。1,000円でもやや高い。かといって、500円では商売が成り立たない。だから、800〜900円くらいが、今の東京では一番いい価格帯なんじゃないかなと思っています。


──常連客をつかむポイントはありますか?

キッチンカーって何人スタッフを抱えようが、平日ランチにおいてはお客さまと接するときはだいたい一対一。料理の腕ももちろん大事ですが、ぼくはそんなことでは全然足りないと思っていて。それよりも人間力を磨くことのほうがよっぽど大事だと感じています。空腹を満たすというニーズに応えることは誰でもできるけれど、その中で「あなたの料理が食べたいんです」と言ってもらえる「WANT」を満たせないとうまくいかない。

――味だけでは足りないんですね。

ぼくは商売に必要なのはお客さまではなくファンだと思っているんです。ファンになってくれたら雨が降ろうが槍が降ろうが来てくれる。恋愛と同じです(笑)。

商売で大切なのは「人」なんです。一番お客さまに振り向いてもらえるのは尊敬される人。その次は、応援してもらえる人。その両方が満たせる人はどこで何の商売をやっても成功できるんじゃないかなと思います。

うちが出店している曜日に、リモートワークではたらいている方がわざわざ出社して買いにきてくれたりすることがあります。また、FC東京さんのスタジアムグルメとしても出店しているのですが、サポーターの方々が別の通常のランチ営業の場所に来てくれたりすることもあります。お会計の時に「佐鳥さんと話したくて」と言ってくれる方もいて、それは本当にうれしいことですね。

「ファンになってもらうためにはどうしたらいいか」は常に考えています。

キッチンカーを「憧れの職業」にするために

──今後は、キッチンカー事業を拡大していく計画なのでしょうか?

事業拡大よりも、キッチンカー業界をもっとなんとかしたいという思いがあります。「昭和食堂くってけ亭」を始めたのも新人支援事業の一環でもあるんですよ。

──どういうことでしょう?

ぼくのところにはよく、開業前の方や恥またばかりの方、2、3年頑張っているけどなかなかうまくいかない方などが話を聞きに来てくださるんです。彼らによく質問されるのが「出店場所ってどうやって探すんですか?」ということ。それって「起業するんですけど、顧客はどこで見つけたらいいですか?」って聞いているようなもの。そんな基本的なこともあまり考えていない人が多い印象です。悩みや相談を聞いているうちに、そもそももっと商売における基本的なことをしっかりと伝えてあげる人がいないとダメなのかもと思ったんです。

だって飲食店経営どころか飲食業界の経験もなく、料理が「趣味」程度だった人間がなんとかやってこれているんですよ。くってけ亭の経営に前職で得たマーケティングの知識も役に立ってはいますが、本当に大事なことは基本的なことばかり。でも、その基本がすっぽり抜け落ちているためにうまくいかない人が多いような気がしています。逆に考えれば、誰かがそこさえ補ってあげさえすればうまくいくお店はたくさんあるはずなんです。

キッチンカーを始める人たちに対して、あまりいい顔をしない先輩キッチンカーもいます。新規参入者も競合ですから、当然といえば当然です。でも、せっかく夢を持って入ってきた若者を大切にしない業界なんて、やっぱり成長するはずがないんじゃないかなと感じていて、そういうところから変えていかなきゃいけないと思っているんです。

なので、利益率の高い「昭和食堂くってけ亭」で台数を増やして、将来キッチンカーで独立したい人を雇い入れようと思っています。現場に立ってもらいながら仕事を覚えてもらい、2年で独立していく仕組みです。それまでにうちのお金が潤沢になっていれば、開業支援金も出してあげられたらと思っています。

──なぜそこまでして新人支援を?

この業界ってまだまだ未熟なんですよ。いまだに「テキ屋にちょっと毛が生えたようなもの」って言われることがあって。テキ屋が胴元から仕事を割り振られるように、ほとんどのキッチンカーの人が、仲介業者に登録して、営業の人に気に入ってもらって、いい現場を回してもらおうと考えています。その構造を変えなきゃいけない。本来、仲介業者さんとは対等な立場でお互いをリスペクトしながら都合に合わせたお付き合いをするべきであって、おんぶに抱っこになるものじゃない。

なので、ぼくはどんどん新しい現場を開拓していって、お客さまがついたら、その出店場所を若い人たちに受け渡していくようなことができたらいいなと考えています。自分で開拓した場所であれば、必要最低限の事務手数料程度のもの以外は仲介業者のようにロイヤリティなどをもらう必要もありません。儲けることが目的ならばもらった方が良いのかもしれませんけどね。ぼく自身も出店料にはかなり苦しめられてきましたから(笑)。

みんなでシェアしてうまく使っていけば、良いものがさらに良くなっていく。そうやって新人支援事業を醸成させ、キッチンカー業界全体を変えていけたらいいなと思っています。

今は、「将来フードトラックをやりたい」と子どもが言っても、諸手を挙げて応援する親っていないと思うんですよ。それを変えていきたい。キッチンカーの仕事が「憧れ」になるように、頑張っていきたいですね。

(文:飯島藍子 写真:naive)

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